100億年の彼方から刻々と色を変え続ける宇宙の庭園――そこに広がるのは粗削りなブレイクビーツの山水と咲き誇る和の彩り。孤高の探求者が軌跡の先で拓く道とは
視点を変えたかった
昨年、ソロ活動25周年を初のラップ・アルバム『軌跡』で飾ったDJ KRUSHが、本来のインストの世界に戻って早くも新作を完成させた。約11年ぶりのアルバムとなった前々作『Butterfly Effect』(2015年)は、震災を機におのずと変わったマインドに突き動かされた一枚でもあったようだが、今回のニュー・アルバム『Cosmic Yard』は一転、タイトルから窺える通り、〈宇宙〉に着想を得たものに。結果、ほとんどの曲名にもそれは反映されている。「いままで地球目線でいろいろ言ってもきたから、視点を変えたかった」とはKRUSH自身の弁。
「〈宇宙〉って言っても、すごく広くてクリアに抜けきった宇宙じゃなくて、隕石のようなざらっとした感じ。そこに〈和〉のテイストをプラスして、未来的、カオス的なものに落としこみたかった。〈3.11〉からまた時が経って、世界でもいろんなことがあって、その目線で見ると腹立つことも多いけど、宇宙全体から見れば地球って海岸にある砂の一粒一粒のようなもんじゃないですか。そう思って宇宙に関していろんなものを見たり調べたりすると、知ってるようで知らないことも意外と多くて宇宙にどんどん興味が湧いてきたし、発見もあったんですよね」。
サウンド面では、指が真っ黒になるまでサンプリングのネタを探し、アナログ盤を掘って歩いた90年代を思い返し、「あえてブレイクビーツを中心に作った」のだという。
「ブレイクビーツ中心の音って最近あまりないけど、それがもともとの自分の持ち味でもあるので、もう一回やってみようかなって。ドラムをガッチリいいグルーヴにするのは基本なんですけど、スネアひとつ差し替えるだけでも全然ノリが変わってくるし、ネタを弾いて展開を作ったりだとか、その上にシンセを被せたり、何種類かキックを重ねることもあったし、そういうレイヤーにはこだわりましたね。音もちょっとレートを落として粗い感じの仕上がりにしました」。
海外勢との絡みは今回、オランダのパーカッショニスト/トラックメイカーであるビンクビーツのみにとどめ、要所に和を採り入れた音作りは、ここでもKRUSHならではのカラーに結実している。日本から3人のゲスト演奏家を交えつつもアルバム全体を物語と捉え、楽曲構成を紡いでいく手捌きはDJのそれに他ならない。
「今回は特に一曲一曲物語のある短編集だと思ってるし、ゲストとの曲はそれぞれ第一幕、第二幕みたいに曲調が切り替わる転換になってると思う」。
KRUSHの言葉を借りれば、幕開けに続くアルバム最初の場面転換となる曲が、ギタリストの渥美幸裕を迎えた“DIVINE PROTECTION”だ。〈邦楽2.0〉をコンセプトに活動する渥美のフレージングは、〈和〉なるものの源流を問い直すかのようにさまざまな音楽をも想起させる、ふくよかなもの。その音に誘われてか、KRUSHのビートも曲を追うごとにグルーヴを増す。KRUSHの口から聞く共演までのいきさつと、楽曲の仕上がりを見るにつけ、2人は出会うべくして出会ったと言えるのかもしれない。
「ギターを探してYouTubeか何かで観てたら渥美さんのセッションがパッと出てきて、すごいカッコ良かったんですよ。で、その後に和歌山のクラブでショウがあって、たまたまその時呼ばれてたのがチプルソ(『軌跡』で共演)と渥美さんと俺で。せっかく3人いるからセッションしてみたらそれも良くて、今回オファーしました。渥美さんが西洋の楽器で日本の伝統的なものを追求するスタイルには共感したし、俺との共通点もある。実際に彼のショウでも尺八の人とやってたり、常に自分と向き合っててすごいなと思ったし、この“DIVINE PROTECTION”もフレーズがすごい。聴いたことがないような、おもしろい曲になってます」。
作って終わりじゃない
本作の次なるゲストとの一幕は、デュオ作『記憶 Ki-Oku』(96年)から実に20余年ぶりのコラボレーションとなる近藤等則と、『寂』(2004年)以来となる森田柊山を揃ってフィーチャーした“LAW OF HARMONY”。寂寥感を湛えるトラックの上で優美に合わさった近藤のトランペットと森田の尺八が、ダイナミックに加速していくトラックと共に目映い光を放つ。「今回のお題の上で近藤さんと森田さんを同じトラックにぶつけたらどうなるかな?っていう楽しみがあった」と、KRUSHはその共演を語る。
「久々に近藤さんに連絡取ったら、近藤さんは近藤さんで〈地球を吹く〉っていう、山のてっぺんや、めちゃくちゃ寒いところに行って吹いてたりとか、地球と音楽を共振させるみたいなことをやってて、それもおもしろいなと思ったし、久々に一緒にやったらどうなるかなって。森田さんはもう先生ですからね。一つのことを極めた人が欲しかったから森田さんしかいないと思ったし、森田さんも僕の音をすごく理解してくれているので頼みやすかった。俺にしかできない曲になったと思う」。
アルバムにはさらに、エレクトリックな音塊がビートに飛び交う様に、「行き先のわからない隕石をイメージした」というKRUSH本人の言葉も然りな“IGNITION”や、サンプリングでバンド・サウンド的な聴こえにこだわって作ったという“HABITABLE ZONE(Chapter 1)”のような曲も。ふたたび近藤等則を交えて迎えるラスト“SPORADIC METEOR”まで全12曲、職人のような手つきでKRUSHが作り上げた宇宙がここに。
「宇宙、宇宙って言ってるけど、電車に乗ってる時に聴いても全然いいと思う(笑)。いろんな聴き方ができるんで、自分なりの宇宙を感じてくれればいいし、自由に浴びてくれればいいと思います」。
なお、海外リリースも決まっている本作の発表を控え、KRUSHにはEUツアーが予定されている。一人孤独に世界を切り開いてきた彼の後ろに、いまは確かな道がある。今後もそうして彼の歩みは続いていく。
「このアルバムにもちゃんとDJ KRUSHはいるんじゃないかなと思ってて、また次に行きたいっていうのはありますけど。やっぱり一曲一曲100%をめざして作ってるけど、少し時間が経つと、ここでこういう展開をすれば色が変わってくるのかなとか、これをヒントに全然違う音色を使ったらどうなるかなとかいろいろ課題が出てくるんですね。そういう課題を次に実現させようと思って、いままでアルバムを作ってきた。だからアルバムは〈作って終わり〉じゃないんです。次に繋がっていくし、まだまだ未完成でずっと追い続けていくんだろうなって思うし、それこそ宇宙じゃないけどどこまで行けるかなあっていう。そう思うと、自分で歩く道を自分で作ってきた結果、それが無駄にはなってなかったのかな。まだまだ歩いてるけどね。まだまだ行かなきゃいけないところもあるし」。
関連盤を紹介。
DJ KRUSHのアルバムを一部紹介。