孤高の境地に至ってなお、求道者はビートの深淵の奥深くへと突き進んでいく。多様な刺激を貪欲に反映して構築されたダークな音世界は、DJ KRUSHのDJ KRUSHでしかない美意識をまたしても更新する!

目と耳を細くして

 毎月の配信リリースに費やした一年ほどの制作の末に、新作『TRICKSTER』を完成させたDJ KRUSH。短期集中型のこれまでと違う今回のアルバム制作は、長いキャリアを誇る彼にとっても楽なものではなかった。

 「一年間ほとんど家に引きこもってて毎月追い詰められてたし、その月に選ばれずに残った曲を置いといて、新たに次の月に作った曲とかと並べて聴いた時にどっちがいい?みたいなこともやってたから、常に作ってる感じでしたね」。

 加えて本作では曲作りのみならず、全編のミックスもKRUSH自身が手掛けることに。彼の言う〈音漬け〉の日々は、おのずとその密度を濃くしていった。

 「いままでミックスはエンジニアさんに委ねてたからトラックの制作だけに集中できたけど、今回は一発目のドラムがどうかっていう入口のインパクトから全体の手触りまで、目と耳を細くして隅々まで見なきゃいけなかった。コンプのかけ方ひとつでもノリが変わっちゃうし、リヴァーブの深さだけで音の距離感も変わっちゃうからね。それを一個一個ミリ単位で見て、何十回、何百回聴いてやっと最終的に曲がOKになるんだけど、時間をかければいいってもんでもないんですよ。エンジニア的な考えでいじりすぎちゃうと、音はキレイで整ってるけどグッとこないみたいなこともあるし。その両立が思ってた以上にキツかった」。

DJ KRUSH TRICKSTER Es・U・Es Corporation(2020)

 そうして完成した『TRICKSTER』は、そもそも全体を一本の映画に見立てて作っていくことがアイデアの始まりだそう。彼にその着想を与えたのもやはり映画で、愛してやまない「ブレードランナー」の新旧2作品、とりわけ「ブレードランナー2049」(2017年)の視覚的なイメージが出発になったようだ。

 「『ブレードランナー』の世界観に近いものを想像しつつ、砂混じりの大気に包まれる中を歩いていくイメージ。一回世界が終わったみたいなところから1曲目の“Incarnation”を作って、そこから廃墟の中を動き回ってる時に変な占い師に会って、みたいなことを想像したり、自分が旅していくような感じで作っていったし、先に考えた曲のタイトルからイメージして作ったようなトラックもありますね」。