猪爪東風によるソロ・プロジェクト、ayU tokiOのニュー・アルバム『遊撃手』と、ayU tokiOプロデュースによるやなぎさわまちこのミニ・アルバム『回転画』のリリースを記念し、Ahh! Folly Jet=高井康生を迎えた鼎談記事の後編。3人の出会いや、やなぎさわまちこの新作などについて語った前編に続き、後編はayU tokiOの新作や主宰レーベルであるCOMPLEXにフォーカスした内容となった。
17年ぶりとなるシングル“犬の日々”のリリース、サニーデイ・サービスのリミックス・プロジェクト『the SEA』への参加、ceroの主催イヴェント〈Traffic〉への出演など、話題に事欠かないAhh! Folly Jetこと高井だが、ayU tokiOのレコーディングや制作手法に惹かれるところがあるようで、猪爪を質問攻めにする場面も……。
Ahh! Folly Jetの『Abandoned Songs From The Limbo』にはアナログ・テープならではの音が記録されてるのかもね(高井)
――東風さんとまちこさんは、『Abandoned Songs From The Limbo』(2000年)など、Ahh! Folly Jetの音楽を以前から聴かれていたんですか?
猪爪東風(ayU tokiO)「きちんと聴いたのは、高井さんをご紹介していただいてからですね。Apple Musicを使うようになって、ようやく聴いて」
高井康生(Ahh! Folly Jet)「ずっと廃盤でしたからね」
猪爪「『Abandoned Songs~』のリリースは2000年ですよね。録音やサウンドの質感が、すごく不思議なバランスだと思いました。Pro Tools以降なのかな?とか、マンチェスター的なサンプリング・サウンドとも違うし、とか、いわゆる〈音響派〉の流れが関係してるのかな?とか……。情報がないので、全部憶測なんですが」
高井「その感じ、すごくわかる。過去の音楽って、想像力がたくましくなりますよね」
猪爪「そういう想像をさせてくれる素敵な作品だと思います」
高井「『Abandoned Songs』は、レコーディング・フォーマット的にはアナログとデジタルの過渡期の作品なんです。ベーシックな録音は24トラックの、たしかOTARIのレコーダーで録って、クリックを入れ直すためだけに一部Pro Toolsを使っています」
――そうだったんですね。
高井「Pro Toolsは編集には一切使用していないので、基本的にはアナログ作品ですね。もしあのときPro Toolsがあったら、あそこを直して、ここも直して!……って思いますけど。でも、演奏や心持ちも含めて、(アナログ・)テープならではの音が記録されてるのかもね。……って僕のインタヴューになってるけど(笑)」
猪爪「いや~、おもしろくて。大橋(信行)さんに訊いても、(モノマネをしながら)〈高井はさあ……音響派だからさあ……〉としか言わないんですよ!」
高井「あっ、似てる(笑)。まあ、今日は東風くんとまちこさんがメインだから、詳しくはプライヴェートでゆっくり話そうよ」
猪爪「ぜひ!」
――まちこさんはAhh! Folly Jetについて、いかがですか?
やなぎさわまちこ「私は去年、“犬の日々”がリリースされたのをきっかけにAhh! Folly Jetを聴いたんです。ちょうど小川美潮さんの音楽にハマってて」
――“犬の日々”は、小川美潮さんと山村哲也さんの97年の楽曲のカヴァーなんですよね。
猪爪「小川さんのことをずっと調べてたんだよね。まちこはひとりのアーティストにハマることってあんまりないんだけど、ハマるとすっごく掘るんです。そのときは小川さんのソロもチャクラも全部CDやレコードで揃えて」
まちこ「うん。それで小川さんの“犬の日々”を知ったんです」
――そんな小川美潮さんのファンのまちこさんですが、Ahh! Folly Jetの“犬の日々”をお聴きになって、どうでした?
高井「(小声で)ちょっと聞かせてもらえますか……(笑)?」
まちこ「最初、ギターと打ち込みから始まるんですけど、ずっとベースが入ってこないんです。でも途中からベースが〈♪チャッチャッチャッ〉って入ってきて、その後のフレーズがすごくかわいくて好きです」
高井「フフフ(笑)。最高のコメントをもらいましたね。具体的に〈あそこがいいです!〉って初めて言われたので、すごく嬉しいです。ありがとうございます」
まちこ「コア過ぎですね(笑)」
ayU tokiOの『遊撃手』は音像がホントに独特で、でもすごく正統派な感じもするし、不思議に思ってたんです(高井)
高井「ところで、ayU tokiOの新作(『遊撃手』)は全曲、自分で録ってるの?」
猪爪「データでやり取りした音もありますが、録音は僕がほぼ全部やってますね」
高井「この間、ダイナミック・マイクのみで録音してるっていうのを聞いて、ちょっとびっくりしたんですよ※。でも、ミックスも上手いから、高価なマイクを使ってない感じがしなくて。……ごめん、これ、長くなっちゃうかも! いまから〈サンレコタイム〉に入りますので(笑)」
――ちょうどいいところで戻ってきてください(笑)。
高井「東風くんはレコーディングのテクニックをどこで覚えたの?」
猪爪「誰にも教わってはいないですね。今回、ミックスしてくれた佐藤清喜さんとか、そういう先輩に訊くことはあるんですけど」
高井「そうなんだ!? ほぼ独学で録音とミックスを学んだっていうのは、すごくいい話だなあ。今回は音像がホントに独特で、でもすごく正統派な感じもするし、不思議に思ってたんです。そしたら、ダイナミックだけで録ったっていうことで、感銘を受けましたよ」
猪爪「ダイナミックで録ると500ヘルツから5キロヘルツぐらいに楽器自体の音の他にもいろんな要素がひしめき合って、独特のクセを醸してくる感じがします。そういう意味では、特にドラムの録音にややその特徴が出ているんじゃないかなあって思います」
高井「東風くんは、いつから宅録をしてるの?」
猪爪「高校生の頃からですね」
高井「最初のMTRは?」
猪爪「FOSTEX X-12っていう4トラックのですね。その次が、TASCAM 424のMkIII。3曲目の“hi-beam”のドラムはそれで一点ずつ録音したものをパソコンに取り込んで、プラグインのサンプラーに入れて打ち込んで、組み上げて。それをそれぞれのパーツごとにパラ(データ)で出力して、そのデータをエンジニアさんにミックスしてもらってます」
高井「すごく手間がかかってるね!」
猪爪「そうですね。今回、ドラムの音とリズムに関してはこだわりたいっていうのがテーマのひとつとしてあったので」
――“hi-beam”のビート、ホントに独特ですよね。
高井「バランスを見るために小さい音にして、スピーカーから離れて聴いてみたんだけど、歌とドラムが聴こえてきたんです。〈ああ、良いなあ〉って思いましたよ」
猪爪「ありがとうございます! エンジニアさんたちも意図を汲んでくれて、欲しい音を大きい音で出してくれてるんです。特に“hi-beam”はすごく丁寧にミックスしていただけたと思ってます」
東風くんはすごくプロデューサーに向いてる感じがしますね(高井)
高井「東風くんの音楽を聴いてると、すごくカラフルだなって思うんですよ。アレンジもそうだし、展開もすごく多くて。それで訊きたいんだけど、デモって作るんですか?」
猪爪「めっちゃ作ります! しかも、一曲に対してすっごい量になることもあります。何回も何回も練って、歌詞もメロディーも変えたり。ギター1本入れただけでムードが変わりますし、それでベースラインを変えたくなったり……〈ああだこうだ〉がありますね」
高井「すごくわかる。そこが楽しいよね。僕は最近集中力が衰えてきて途中でやめちゃうけど(笑)」
猪爪「なんとなくまとまっていくから、終わりが見えなくても最終的にはうまい具合にいくだろうって僕は思ってて、かなり楽観的なんです(笑)」
高井「何を入れたら据わりが良くなります?」
猪爪「歌ですね」
高井「やっぱりそうだよね!」
猪爪「歌詞とメロディーに自分が歌いたい感じの歌が乗った瞬間に、最終的なアレンジと音像が見えるんです」
高井「なるほどね。というのも、作曲とアレンジの境界線についてお訊きしたかったんです」
猪爪「今回は、その境界線がまったくなかったんですよね。曲が出来ていく過程で、そのままアレンジやレコーディングに雪崩れ込んでいくっていうのを意識的にやってみようと思って。一度寝かせたり、既存の曲をアレンジし直すんじゃなくて、もっとこう、直感的にやろうと」
高井「〈添削〉しないってことですね。それで何かが真空パックできました?」
猪爪「そうですね……。演奏して慣れていくうちに、曲のイメージが変わってしまうのが僕は好きじゃないんです。以前は、曲を他人に委ねた瞬間にその曲を嫌いになっちゃったこともあったりして。でも、今回は開き直って、自分の好きなようにやって、すっごくハッピーにできましたね(笑)。
ただ、6曲目の“大ばか”は苦労しました。最初、GEN(原“GEN”秀樹)さんにドラムをお願いしてたんですけど、曲のイメージが変わりそうになったので、竹田憲司さんに叩き直してもらったんです」
高井「差し替えるっていうジャッジをちゃんとするところがすごいよね」
猪爪「いままでは〈これは違うかもな〉って思っても、ミックスやアレンジでごまかしてたりもして。今回もそうやってごまかしたら、GENさんにも失礼にあたるだろうと。なので、〈遠慮はせず、使わない〉という判断をさせてもらいました」
高井「うんうん。すごくいいと思う。話を聞いてると、東風くんは判断が的確で早そうだし、すごくプロデューサーに向いてる感じがしますね」
COMPLEXレーベルは〈多様性の集合〉がテーマなんです(猪爪)
高井「ちなみに、いま東風くんたちが着てるのは、ご自身のレーベルのTシャツなんだよね?」
猪爪「そうです! COMPLEXっていうレーベルで」
高井「お2人以外のミュージシャンの作品もリリースされてるんですか?」
猪爪「sing on the pole(シンガポール)っていう、僕と同い年の奴らのバンドのカセットを出してます(『sing on the pole』)。あと、僕より若い、内村イタルくんの〈ゆうらん船〉ってバンドもカセットでリリースしてますね(『Hello,Goodbye』『山』)」
高井「じゃあ、プライヴェート・レーベルではないんだ」
猪爪「そうですね。この先も予定があって、ノアルイズ・マーロン・タイツの森田文哉さんの作品も出したいなとか」
高井「そうなんだ! 僕、森田くんといつか〈ポルタメンツ〉ってバンドをやろうと思ってるんです。彼がノコギリ(ミュージカル・ソー)で、僕は短波ラジオ。あと、トロンボーンのメンバーとかを入れて」
まちこ「あっ、〈ポルタメント〉ってことですね(笑)」
高井「そうそう。ポルタメントの利く楽器だけで“We Are The World”とか、『未知との遭遇』のテーマとかを演奏する、音程がぜんぜん定まらないバンド(笑)。もし実現したら、東風くんのレーベルから出してください」
猪爪「ぜひぜひ(笑)!」
高井「東風くんとまちこさんも入る? ポルタメンツ」
猪爪「何かある? そういう楽器」
まちこ「テルミンとか?」
猪爪「じゃあ、僕はすっごく長いラップ・スティール・ギターをやろうかな(笑)」
――ここでバンドが結成されました(笑)。
猪爪「やっぱり、ベースを担当しようかな」
高井「フレットレス・ベース限定ね。……何の話だっけ(笑)?」
猪爪「僕のレーベルの話ですね(笑)。いろいろなアーティストの作品を出していきたいと思ってます。〈COMPLEX〉は〈集合体〉〈集積〉っていう意味で、〈多様性の集合〉がテーマなんです」
高井「じゃあ、いつか〈COMPLEXフェス〉をやりましょう」
猪爪「フェスのことは〈カーニバル〉と呼ぼうと思ってて」
まちこ「アハハ(笑)!」
――〈COMPLEXカーニバル〉には高井さんにも出ていただいて。
高井「ポルタメンツでね(笑)」
優れたミュージシャンが作品をリリースする場所を作るべく、僕は頑張ろうと思ってます(猪爪)
高井「僕が初めてayU tokiOのライヴを観たときは、ステージ上に弦がいて、〈なんだこいつら!? あっ、これが東風くんか!〉ってびっくりしたんです。あの日は何人いたの?」
猪爪「10人ですね」
高井「大変でしょう……ギャラとか。それはもう、バンドの宿命だけどね」
猪爪「そうですね。なんで自分から辛いほうに行くんだろう?って思います(笑)。でも、インディーズでお金がなくてもバンドに弦を入れるんだ!ぐらいの気合いでやったほうがいいだろうって思ってayU tokiOを始めたので。
楽をするのは簡単じゃないですか、テクノロジーもありますし。でも、それだと本来、演奏するはずだった人たちが演奏する機会もなくなってしまう。そうすると、音楽をめぐる動きもなくなってしまう様に思うし、音楽に関する技術も腐ってしまう――そんな想像をしてしまうんです」
高井「なるほどね」
猪爪「だったら、そういう危惧をしてる僕自身が働きかければいいんだって。で、不幸な人たちを巻き込んでるっていう(笑)。そんな僕のアイデアにノってくれる、おもしろがってくれる人たちと一緒に辛い思いをしている最中って感じですね。めちゃくちゃ売れたら、協力してくれた人たちみんなを〈かに道楽〉へ連れて行くって目標が昔からあるんですけど」
まちこ「やった~!」
高井「売れましょう! できれば若いうちに。ポップス、というか大衆音楽のミュージシャンはグラビアアイドルと同じで、若くてナンボ、といった側面があるのは無視できなくなってきますよ、そのうち。内容がいくら向上しても、加齢と共に商品価値が下がりかねないといった呪いのかかった領域ですからね」
猪爪「良いモノが作れる、力のあるミュージシャンの作品が商品にならないっていうことは本当に残念だと思ってて。そういう状況に対して〈それでいいのか?〉っていうカウンターのひとつが、レーベル運営だったりするんです。優れたミュージシャンが作品をリリースする場所を作るべく、僕は頑張ろうと思ってます」
高井「東風くんは背負ってるものがたくさんあるね」
猪爪「たまに脱ぎ捨てますけどね(笑)」
高井「フフフ(笑)」
猪爪「〈僕がなんとかせねば〉ってなり過ぎてもしょうがないですし、バランスを考えないと続かないですし」
高井「息を抜くこともちゃんとわかってるから、大丈夫そうだね」
猪爪「そうですか? でも、すでに一回、息切れ起こしてるんですよね」
高井「そうなんだ。あとさ、ひとつ思ったんだけど、東風くん、年寄り臭いって言われない?」
猪爪「どうかな~?」
まちこ「よく言われてるよね(笑)」
高井「〈共通項がまったくなかったらどうしよう?〉って不安に思いながら今日、来たんだけど、すっごく話が合うし、古い音楽の話題もわかってくれるから、ほっとしてます。若者の音楽もちゃんと聴いてる(笑)?」
猪爪「嗜む程度には(笑)。今日は楽しかったです!」
まちこ「うれしかったです!」
高井「こちらこそ! 仲良くしてください、友達が少ないので(笑)」
猪爪「いや~、こちらこそ!」
Live Information
やなぎさわまちこ
〈Mikiki Pit Vol. 5〉
日時/会場:2018年9月8日(土) 東京・下北沢 BASEMENT BAR
出演:やなぎさわまちことまちこの恐竜/石指拓朗/阿佐ヶ谷ロマンティクス/福田喜充(すばらしか)
開場/開演:12:00/12:30
終演:15:05(予定)
料金:前売り 1,500円/当日 2,000円/学割 1,000円
※いずれもドリンク代別。学割ご利用の方は、入場時に学生証をご提示ください
※すばらしかの出演はバンドの都合により中止となりました。代わりにヴォーカル/ギターの福田喜充が弾き語りで出演いたします。誠に申し訳ございませんが、ご了承のほどよろしくお願いいたします
>>チケットのご予約は
LINE@:
Facebook Messenger:m.me/mikiki.tokyo.jp
メール:mikiki@tower.co.jp もしくは ticket3@toos.co.jp まで
※各出演者でもご予約を承っております
ayU tokiO
〈ex POP!! 112〉
8月30日(木) 東京・渋谷 O-nest
出演:ayU tokiO/TAMTAM/中村佳穂/Dos Monos 他
〈new solution 6〉
9月15日(土) 東京・下北沢 THREE
出演:ayU tokiO
Ahh! Folly Jet
〈SUMMER MADNESS 2018〉
8月19日(日) 神奈川・江の島 OPPA-LA
出演:sugar plant/Ahh! Folly Jet/JAPPERS
DJ:YODA/田中 the record