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インタビュー

Ahh! Folly Jet高井康生が見た90年代東京の混沌、2020年代の新たなヴィジョン

Ahh! Folly Jet『Abandoned Songs From The Limbo ~Remastered~』『Duck Float / HEF』

高井康生(Ahh! Folly Jet)

Asteroid Desert Songs、DCPRGの初代ギタリスト、カヒミ・カリィのプロデュース、salyu × salyuからEP-4まで幅広いアーティストのサポートや客演、あまちゃん“暦の上ではディセンバー”の共同作曲者……。

ギタリスト/エンジニアとして90年代から活動している高井康生のキャリアをまとめるのは難しい。しかし、何から聴けばいいかは簡単だ。彼がソロ・プロジェクト名義のAhh! Folly Jetとして2000年にリリースした唯一のミニ・アルバム『Abandoned Songs From The Limbo』だ。自らが作詞作曲し歌う、エロチックで密室的なジャケットのイメージそのままのAOR~シティ・ポップ調の楽曲の数々。20年前のリリースだが今聴いても、いや今聴いてこそ(リリース時にはまだ生まれていないリスナーもいるかも知れない)痛快かつフレッシュな仕上がりとなっている。

本作のリリース後、コンピレーションへの提供曲などはありつつも、Ahh! Folly Jetとしてのまとまった新作や目立った活動は無かった。その間にceroの髙城晶平や(((さらうんど)))など、他のミュージシャンからのカヴァーやサンプリングなど音楽的ラブコールを受けつつ、2017年にシングル“犬の日々”で17年ぶりの単独リリースを果たし、弾き語りやバンド編成でのライブ活動なども再開。じわじわと復活の気運を見せ、ついに今年『Abandoned Songs From The Limbo』のアナログ・リイシュー、そして完全新作の7インチ・シングル『Duck Float / HEF』をリリースする。

『Abandoned...』は当時、どのようなシーン、空気感の中で制作されたのか? 一部では〈最後の渋谷系〉とも評されているが、本当に〈渋谷系〉なのか? 20年ぶりの新曲では何を歌うのか? 延長される緊急事態宣言下の日曜日、高井氏本人と、当時からの盟友にして『Abandoned...』のリリース元である〈Hot-Cha〉や〈夢音(Mu-On)〉などのレーベルをプロデュースしてきた小林弘幸氏にインタビューを行った。


 

渋谷系もヒップホップもテクノもアヴァンギャルドも交錯していた90年代の東京

――高井さんの出身は神奈川と伺っていますが、東京にはいつから?

高井康生(Ahh! Folly Jet)「90年に大学に入って上京して、それからずっと東京にいますね」

――『Abandoned Songs From The Limbo』のスペシャル・サンクス欄には、MOODMANさん、中原昌也さん、DMBQの増子真二さん、カジヒデキさん、杉村ルイさん、サニーデイ・サービスなどの名前がありますね。皆さんとは90年代に出会ったのでしょうか?

高井「MOODMANに関しては同郷だったので上京する前から交流があって、同い年で同時期に東京の大学に二人とも進学したんです。彼はその頃にはもうDJ活動を始めてて、彼がDJをするっていう事で、初めてクラブに行きました。

今回の再発では、スペースが無くてスペシャル・サンクス欄はカットしてしまったんですけど、当時対バンした人たちとかの名前をとにかく沢山入れてましたね」

Ahh! Folly Jet 『Abandoned Songs From The Limbo ~Remastered~』 Hot-Cha/Musicmine(2021)

――90年代当時の空気みたいなものが、このクレジットからちょっと分かるような気がします。

高井「これは僕の主観ですが、90年代はいろんな人やシーンが近接していた気がします。KEN ISHIIさん所属のレーベル・Sublimeなど日本のテクノも盛り上がりつつありましたし、ヒップホップや、後に渋谷系と呼ばれるようなシーンもありました。

その辺が一番交錯してたのが、下北沢のZOO、後にSLITSという名前に改名するクラブなんですけど。そこが一番、さまざまな人が入り混じってた印象があります。それと、今、横にいる小林弘幸は当時〈FREE FORM FREAKOUT〉というイベントを主催していて、彼は(『Abandoned...』をリリースした)Hot-Chaの運営者でもあったんですけど、コネクターとして最重要人物だったと思いますね。小林とは新宿にあった頃のLOS APSON?(現在は高円寺にあるレコード・ショップ)で出会ったんですけど、彼を介して加速度的に、いろんな横の繋がりが増えましたね」

小林弘幸(Hot-Cha)「ハブ的な人は僕以外にも結構いたんです。UNKNOWNMIXの佐々木敦さん、TRANSONICの永田一直くん、LOS APSON?の山辺圭司さん、あと今はDOMMUNEをやっている宇川直宏くんもそうだと思うし。その繋がりの中で、TRANSONICっぽくないもの、LOS APSON?っぽくないもの……他じゃ出さないものをHot-Chaで出してた、って感じですね。ちなみに、〈Hot-Cha〉という名前は、高井が名付けました」

※高井氏が在籍していたエレクトロ・ユニットのAsteroid Desert Songsは唯一のアルバム『’Till Your Dog Come To Be Feed』(96年)をUNKNOWNMIXからリリースしている

高井「当時も今も、僕はデューク・エリントンをはじめとしたいわゆるモダン・ジャズ以前のジャズが好きで、当時、キャブ・キャロウェイが昔のジャズのシーンを振り返って案内する『ミニー・ザ・ムーチャー』(86年)っていう映画を観たんですね。その映画に、1927年から31年までエリントン楽団が専属バンドを務めていた、NYのハーレムにあったコットン・クラブという有名なジャズ・クラブが出てきて。そのコットン・クラブも載っている当時のハーレムの地図が一瞬、映るんですけど、コットン・クラブのはす向かいに〈クラブ・ホッチャ(Club Hot-Cha)〉というのがあって、そこから取ったんです。語感が気に入ってね」

――Hot-Chaのカタログを見ると、ASA-CHANG&巡礼、CICADA、パードン木村……と、幅広くも絶妙なアーティストの作品がラインナップされていますよね。Ahh! Folly Jetは、この中だとかなりポップですよね。

高井「A.D.S.(Asteroid Desert Songs)がいたシーン、つまり当時自分を取り巻いてた状況っていうのは、オルタナティヴというか実験的というか……とにかく、ポップスっぽくは無かった。そこから急に『Abandoned...』のようなポップスのアルバムを出すというのは、流れとしてはたしかにおかしいですよね。リリース当時の周囲の反応は、冷ややかというか、あきらかに困惑の色が濃かったのを憶えています」

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