旅するサックス奏者の孤独と希望

 仲野麻紀をひとことで形容すれば“旅するサックス吹き”である。名古屋で生まれ2002年からパリ市立音楽院ジャズ科で学んだ仲野は、この16年間ずっとフランスを拠点に活動してきた。しかしその多くは旅と共にあった。モロッコでスーフィー楽団と共演し、ブルキナファソでバンドを作り、アラブ系音楽家たちとレバノンをツアーし、盲目のエジプト人ウード奏者と共に震災後の福島で慰問公演をおこない…といった具合に、様々な異文化と積極的に触れ合う旅の中で“異邦人”としての自分ならではの表現を探ってきた。日本でも毎年ツアーしている。彼女が16年に出した哲学的ロード・エッセイ本「旅する音楽~サックス奏者と音の経験」(せりか書房)を読むと、音楽と旅と思索がいかに分かちがたく彼女の中で一体化しているのかが、よくわかる。人はなぜ音を発する(音楽する)のか、その音はどこから来るのか、私は何者なのか…仲野の表現活動はことごとくそういった問題に真正面から向き合い、リスナーにも思索を強く促す。

 そんなことを改めて実感させてくれるのが、今回リリースされるベスト盤的自選集『アンソロジー vol.1~月の裏側』だ。

仲野麻紀 アンソロジーvol.1~月の裏側 PLANKTON(2018)

 仲野は音楽院で出会った仏人ギター/ウード奏者ヤン・ピタールと05年に Ky(キィ)というユニットを組み、今日まで音楽活動の柱にしてきた。今回のアルバムに収録された計15曲も Ky のアルバム(これまでに5枚発表)の楽曲を中心に選ばれており、その他、仲野とギリシャ系フランス人ピアニストとのデュオや、ブルキナファソのバラフォン奏者他と組んだユニット(バラ・デー)の作品などから採られている。また日本民謡「大漁歌い込み」やヤン・ピタールがサントラを担当した映画の主題歌など、6曲では仲野の歌も聴ける。

 仲野のサックスは紛れもなくジャズ・マナーではあるが、激しくブロウすることは稀で、クールというか内省的というか、常に一定のほのぐらいトーンで貫かれている。その室内楽的アンサンブルが醸し出す美は、たとえばチコ・ハミルトン・クインテットの50年代の作品などを思い出させたりもする。共演者の音によく耳を澄まし、水平的対話の中で自身の音を誠実に探ってゆくような演奏が、いかにも彼女らしい。

 「結局、私がずっと考え、実践してきたことは“他者への理解”ということだと思う。あと“いかに肯定できるか”ということ。否定的な姿勢や考え方は今世の中に溢れている。それをどうやってポジティヴに変換できるか、ということがいつも頭にあるんです」

 異邦人としての孤独を愉しみながら、希望の種をひと粒ずつ蒔き続ける、そんな音楽家である。

 


LIVE INFORMATION

Ky(仲野麻紀&ヤン・ピタール)LIVE
○10/13(土)京都 rondokreanto「姜信子×仲野麻紀 -水の風のアナーキズム-」
10/19(金)諏訪湖 諏訪国際交流協会 諏訪湖ホテル
10/21(日)東京 恵比寿ザ・ガーデンプレイス「Peter Barakan's LIVE MAGIC!」
10/27(土)三島 ベルナール・ビュフェ美術館
10/28(土)京都 高島屋 天野 喜孝・叶 松谷・夢枕 獏展『バロルの晩餐会 ハロウィンと五つの謎々』
○11/3(土)山梨 Mt. Fuji河口湖ジャズフェスティバル
11/4(日)秋田 大龍寺

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