ECMサウンドにも通じる、凛とした美しさを湛えた傑作

 いきなり個人的な話で恐縮だけど、自分の音楽人生・音楽観に決定的な影響を与えたアコースティックギターの名盤がいくつかあって、それは言わずと知れたラルフ・タウナーやエグベルト・ジスモンチによるECMの諸作であったり、タッピング奏法の鬼才マイケル・ヘッジスによるものであったり。ややマイナーなところでは、フランスのシルヴァン・リュック、セルビアのデューシャン・ボグダノビッチといった、ヨーロッパ的な個性と民俗性を垣間見せるものであったり。クラシック・現代音楽も入れるなら、イェラン・セルシェルのバッハとシュテファン・シュミットのオアナ作品集も外せない。まだ30代半ばの笹久保伸による、29枚目(!)のアルバム『パースペクティビスム』は、そんな傑作達と並び称したくなるような、凛とした美しさを湛えた、精神の深い部分を震わせる一枚だ。

笹久保伸 パースペクティビスムCHICHIBU LABEL(2020)

 ペルーから帰国後間もない笹久保伸の演奏を、初めて目の当たりにしたときの衝撃は忘れられない。伝統的なアンデス音楽をベースにしつつ、〈伝統音楽演奏家〉とはまったく異なる、斬新なアプローチ。ギターにはまだ、こんな可能性があったのか、と目から鱗が落ちる思いだった。あれから10年ほどが過ぎて、高橋悠治、藤倉大といった最先端の現代音楽作曲家達とのコラボレーション、美術家・写真家・映画監督としての活動でも成果を見せつけながら、(ギタリストとして)直球ど真ん中のオリジナル・ギター作品集によってこれほどの感動を与えてくれる笹久保は、紛れもなく真の天才だ。

 ペルー渡航直後、10代で作られた名曲“月の花(La flor de la luna)”の仲野麻紀のサックスを加えた再演はタウナー&ガルバレクを彷彿とさせ、“Valle”では高岡大祐のチューバが異次元の渓谷に吹く風となる。冒頭のタイトル曲がラストでmarucoporoporoの多重録音コーラスと共にリプライズされ、〈持って行かれる〉感覚を味わったら、誰しも最初から聴き返したくなるはずだ。