近田春夫が新作をリリースする。しかも、あの『星くず兄弟の伝説』(80年)から38年ぶりのソロ・アルバムを。これは事件だ。タイトルは『超冗談だから』。作詞作曲陣には、秋元康、楳図かずお、AxSxE、のん、SOLEIL……と、錚々たる面々が名を連ね、J-Pop界のレジェンドの帰還を祝っている。

70年代にはハルヲフォンを率い、80年代半ばからはPresident BPM名義とバンド、ビブラストーンで日本語ラップの黎明期を支えた近田。音楽家として、作曲家として、プロデューサーとして、評論家として、現在のJ-Popの礎を築いたと言っても過言ではない。近田という巨人の歩みを辿ろうとすれば、本が一冊書けてしまうほどだろう。

そんな近田春夫から、新作『超冗談だから』が届けられた。本作のリリースに際し、Mikikiは安田謙一にアルバムの全曲解説を依頼。愛にあふれるオマージュが散りばめられた軽妙洒脱なロック漫筆と共に、ぜひアルバムを楽しんでもらいたい。 *Mikiki編集部

近田春夫 超冗談だから Victor Entertainment(2018)

 

近田春夫が歌いまくる新作『超冗談だから』

 俺のアイドル、アイドルのなかのアイドル、最初で最後のアイドル、近田春夫が帰ってきた。
 さて、どこから帰ってきたのか。そんでまた、どこへ帰ってきたのか。
 アルバム『超冗談だから』はソロ名義の作品としては『星くず兄弟の伝説』から、なんと38年ぶり。収録された10曲のうち、本人が作詞と作曲を手掛けているのはわずか2曲、しかも、そのうちの1曲はセルフ・カヴァー。編曲もすべて作家に委ねている。そんな情報だけで、物足りないな、とがっかりしちゃう近田マニアもきっといるだろう。僕だって正直、聴く前はそういうところがあった。
 でもね、そのぶん、歌っている。歌って、歌って、歌いまくっている。これまでの近田春夫の音楽に何を聴いていたのか、と自分に問えば、なにより、この歌だったんじゃないか、という気になってきた。とにかく近田さんの新しい歌に、いまの歌に、猛烈に感動している。常に、本質的に〈新しいもの〉を実践してきた音楽家が、このたび、歌うことで示そうとするものは一体なんなのか。
 ということで、まずは全曲紹介します。ここは敬称略で。

1. ご機嫌カブリオレ
 作詞は秋元康。職業作詞家としてブレイクするきっかけとなった稲垣潤一“ドラマティック・レイン”(82年)が〈ロマンティック・レイン〉に。コンバーチブルにちょっとの雨ならがまんのダンディズムを讃える。作曲の大河原昇はNGT48“青春時計”ですでに秋元と組んでいる。編曲は乃木坂46“インフルエンサー”のAPAZZI。底抜けにオプティミスティックでバブリーなユーロビート歌謡。DJするなら、バナナラマ“I Heard A Rumour(噂)”と円広志“ハートスランプ二人ぼっち”からつなげたい。

2. 超冗談だから
 作詞は児玉雨子。ハロプロ楽曲で才気を発揮し、近田からは以前から高い評価を受けていた。アルバムにはこの曲を含む6曲で起用されている。作・編曲はAxSxE(NATSUMEN、元BOAT)。ハルヲフォンからビブラトーンズで近田が一貫して描き続けた、都会で暮らす軽めの男の、吹けば飛ぶような言葉がキレッキレのオルタナ歌謡で斬りこんでくる。姫乃たまのコーラスも光る。AxSxEのギター・ソロで鮮やかに幕を引く。タイトル・チューンはキラー・チューン。何度聴いても聴き飽きない。

『超冗談だから』収録曲“超冗談だから”
 

3. 0発100中
 作詞は児玉雨子。作・編曲は“海雪”のジェロの多くの作品で編曲を手掛けている鈴木豪。リボルバー、マシンガン、撃鉄、火薬のにおい……と大藪春彦ばりに銃器を歌い込み、歌謡曲のワイルドネスが火を噴く。必殺のビブラートがエグ目に炸裂。

4. ミス・ミラーボール
 作詞は児玉雨子。作・編曲は秋山奈々(秋山依里)へ曲提供した山本健太郎。本来のメロをオクターブ下げて歌ってみたのがおもしろかったので採用した……という結果、漆黒のサングラスをかけてミラーボールを見つめるような不健康で不道徳なディスコ歌謡が誕生した。低音は低温の魅力。ロック・バンドが演奏するディスコ感がたまんない。

5. ラニーニャ 情熱のエルニーニョ
 近田が34年ぶりとなるジューシィ・フルーツのアルバム『BITTERSWEET』(2018年)に書き下ろした(作詞・曲)楽曲のセルフ・カヴァー。編曲は鈴木豪。そもそも、近田によるデモ歌唱を担当ディレクター(ビクターの川口法博)が気に入ったことから、このアルバムが生まれた。本盤には天候ソングが頻出する。異常気象で当たり前の時代に放つ哀愁のラテン・ロック歌謡。ファルセットとビブラートで秘められていたムード歌謡がデロリとむき出しになる。

6. 途端・途端・途端
 作詞は児玉雨子。作・編曲の禎清宏はゲーム音楽を本業とする筒美京平研究者。ここで本領を発揮する。受難、予感、油断、不安、ノックダウン……と音韻だらけの飛び石を器用に踏み歩くアクロバティックな譜割りがスリリング。74年ごろの郷ひろみに似合いそう。

7. 夢見るベッドタウン
 作詞は児玉雨子。作曲は葉山博貴。編曲は坂東邑真。人懐っこいAメロから高い歌謡度に身をゆだねっぱなし。クレージーキャッツ“これが男の生きる道”に通じるアーバン・ブルース。いや、サバービア・ブルース。

8. ああ、レディハリケーン
 79年のシングル曲(ソロ3作目)のセルフ・カヴァー。アルバムには初収録となった。楳図かずお作詞、近田春夫作曲、編曲はWIDESHOT。基本的にオリジナルに準じたつくりで蘇る。ちなみに楳図も歌手として2011年のシングル“新宿烏”のカップリング曲として取り上げている。私もまたカラオケに行くたびに歌っている。

9. 今夜もテンテテン
 作詞は児玉雨子。作・編曲は坂東邑真。せつないメロディとドリーミーなストリングスが綾なすディスコ歌謡。大都会の夜空の下、男と女のかけひき。21世紀の恋のTPO。

10. ゆっくり飛んでけ
 作詞・作曲はのん。編曲は岡田ユミ & SOLEIL。のんには近田のリクエストで曲提供を依頼、ギターも弾いている。ドラムスは15歳のそれいゆ。近田のハモンド・オルガンを注入。どうひっくり返して、どこから眺めてみてもロックとしか呼びようのないロックが生まれた。

 

近田さんは作曲せずに作曲したのだ

 「ミュージック・マガジン」2018年11月号には近田さんと川口ディレクターへのインタビューが掲載されている。そこには、川口さんが用意した65曲のデモから選曲されたとある。特に興味深かったのは「イントロとAメロをサビよりも重視」という発注だ。こうして近田さんに〈あてがき〉された曲からさらに厳選された曲がとても近田さんらしいのは当然のこと。それ以上に、歌手それぞれの歌唱もまた作曲の大きな要素なのだ、と本盤は証明している。
 同時に、以前、近田さんが筒美京平について書かれていた「頭の中で作曲しているのではなく、声を出して、歌って作曲しているのだ」という指摘もここに来て思い出さずにはいられない。
 ブルース・リーは「燃えよドラゴン」で戦わずして勝つ極意を披露したが、本盤で近田さんは作曲せずに作曲したのだ。
 なんて理屈以前に、〈飲めと言われて素直に飲んだ〉を実践しただけなのかもしれない。『超冗談だから』は、なにより素直であることが大事であることを、近田さんなりに示してくれる名盤なのです。
 イカシたスリーヴ写真にブレントン・ウッド“Gimme Little Sign”(日本盤7インチ)を思い出した。とにかく粋ですね。

 


Event Information
〈近田春夫「昼の雑談&サイン会」〉

11月3日(土) タワーレコード渋谷店 4Fイベントスペース
開演:16:00
イヴェント内容:雑談&ジャケットサイン会

予約者優先で、タワーレコード渋谷店にて10月31日(水)発売の近田春夫『超冗談だから』をご購入頂きましたお客様に、先着で〈サイン会参加券〉をお渡しいたします。
イヴェントは観覧フリーとなりますが、〈サイン会参加券〉をお持ちの方は、雑談終了後のサイン会にご参加頂けます。サインはご購入頂いたたCD、もしくはお客様の私物にお書きします。サイン会参加券1枚につき1箇所サイン致します。イヴェント当日は必ずお持ちください。
https://tower.jp/store/event/2018/11/003035