稀代のキーボーディスト、佐藤博のアウェイクニングな足跡
ミュージシャンズ・ミュージシャンとして数多くのアーティストからリスペクトされたキーボード奏者、佐藤博。彼が突然この世を去ってから2年が経とうとしているが(2012年10月26日死去)、不在を惜しむ声が止むことはない。名盤の影に佐藤博あり、と言われるほどの働きを見せた人で、アメージングな名演はさまざまな場所で耳に入ってくるのだから、忘れられるはずがないのだけど。このところ旧作の復刻が続き、入手可能なアルバムも増えつつある。彼の音楽が若いリスナーの耳にも届けられ、新たな評価を獲得しているのは喜ばしいことだ。
20歳でピアノを始めた変わり種の佐藤のキャリアは、関西のブルース・シーンからスタートした。フォーク系の人脈とも交流があり、加川良の『アウト・オブ・マインド』に参加した際に、鈴木茂と知り合う。やがて鈴木らとハックルバックを組むために上京。そのグループでオリジナル作品を残すことはなかったが、鈴木がメンバーだったティン・パン・アレーとの関わりを通じ、セッション・プレイヤーとして瞬く間にひっぱりだことなる。細野晴臣のトロピカル3部作への関わりを経て、彼からYMOへの参加を打診されるも、アメリカを活動拠点とするため79年、佐藤は日本を離れてしまう。約3年間の武者修行を終えて帰国してからはソロ・アーティストとしてのみならず、プロデューサーやアレンジャーなどマルチな活動を展開した。
生涯で10数枚のソロ作を残している佐藤だが、その多くから浮かび上がってくるのは、飽くなき探求心と尽きせぬ好奇心を燃やし続けたクリエイターとしての姿だ。理想の音世界を作り上げるべく積極的に新しいテクノロジーを採り込み、ひとり多重録音を駆使しながら作り上げた作品群は、天才肌である彼の多彩な音楽性を物語るものとなり、いまなお刺激的だったりする。
そんな佐藤博の新しい編集盤『UNDERCOVER』が届いた。DREAMS COME TRUEのライヴの音楽監督や青山テルマ“そばにいるね”のサウンド・プロデュースなど裏方仕事が多かった2000年代の楽曲が中心に並んでおり、インディーズ時代のベスト集といった内容に。晩年に出会ったマリエ・ディグビーとの共演曲“Sweet Lullaby”やふくい舞への提供曲のインスト版“いくたびの櫻(Ver. Last)”から、代表作『awakening』がリリースされた82年に六本木ピットインのライヴで披露した実験的なピアノの即興などの未発表音源まで、雑多な楽曲が一堂に集められた本作。上田正樹とサウス・トゥ・サウスの持ち歌だった“Bad Junky Blues”のアップデート版などに耳を傾けていると、晩年も彼のなかではずっと探求心や好奇心がザワザワと音を立てていたのだろうと思えて少し切なくなる。いずれにせよ、いまこそしっかり耳を傾けたい作品だ。
▼関連作品
左から、加川良の74年作『アウト・オブ・マインド』(ベルウッド)、ティン・パン・アレーの77年作『TIN PAN ALLEY 2』(PANAM)、細野晴臣の78年作『はらいそ』(クラウン)、DREAMS COME TRUEの2008年のDVD「史上最強の移動遊園地 DREAMS COME TRUE WONDERLAND 2007」(DCT/ユニバーサル)、青山テルマのベスト盤『SINGLES BEST』(ユニバーサル)、マリエ・ディグビーの2011年作『Your Love』(Star)
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