〈どこへでも 飛び立てる〉という彼女の新しい旅の始まりを告げるアルバム

昨年、デビュー35周年という節目を迎えた原田知世。その記念すべき年にリリースされたセルフ・カヴァー・アルバム『音楽と私』は、これまでの彼女の軌跡を振り返りながら、ひとりのアーティストとしての成長を伝える作品だった。女優、シンガー、人によって彼女に対するイメージは違うかもしれないが、彼女はデビューした時から、その2つの活動を両立させてきた。そして、それぞれのキャリアで得たものを融合させたのがカヴァー・アルバム三部作だった。洋楽カヴァー『恋愛小説』、邦楽カヴァー『恋愛小説2〜若葉のころ』、そして、『音楽と私』の3作を通じて、様々な作詞家が手掛けた歌詞を歌った彼女は、そこで〈演じるように歌う〉ことに開眼したという。彼女にとって歌詞は脚本であり、監督はアレンジャー/プロデューサーとして10年以上の付き合いとなる伊藤ゴロー。もちろん、主演は彼女自身。そんなカヴァー・アルバムを通じて磨き上げたアプローチを、オリジナル・アルバムで試したのが新作『L'Heure Bleue(ルール・ブルー)』だ。

原田知世 L'Heure Bleue ユニバーサルミュージック(2018)

今回のアルバムでの大きな特徴は、多彩なアーティストが作詞を提供していること。堀込高樹(KIRINJI)、土岐麻子、高橋久美子(元・チャットモンチー)、辻村豪文(キセル)、角田隆太(ものんくる)、角銅真美と、ジャンルも世代も越えたアーティストたちが、それぞれに原田知世に宛書きした物語を提供している。

辻村は以前、“くちなしの丘”を提供しているが、この曲は『音楽と私』に収録されているほど原田にとって重要な曲。今回、再び辻村が起用されたのは自然な成り行きだろう。また、洗練された大人のポップ・ソングを書く堀込、土岐といった人選も、『恋愛小説2〜若葉のころ』で竹内まりやや松任谷由実などをカヴァーしてきた彼女らしいところ。そんななかで興味深いのが若手勢だ。高橋との顔合わせも意外だが、角田、角銅といった、インディー・シーンで注目を集めるアーティストの起用に、新しい歌に挑戦しようとする原田の気持ちが伝わってくる。そんな原田自身も2曲、歌詞を書き下ろしていて、“わたしの夢”を除く全曲の作曲とアレンジ、そして、アルバムのプロデュースを手掛けるのは伊藤ゴローだ。

カヴァー三部作では、ストリングスを盛り込むなど生楽器を中心にしたアコースティックなサウンドでまとめあげられていたが、今回はエレクトロニックなサウンドも大胆に取り入れていて、プログラミングされた力強いビートが曲をタイトに引き締めている。オリジナル・アルバムとしては前作にあたる『noon moon』のオーガニックなムードとも違う、モダンで鋭さを感じさせるサウンドだ。さらに様々なアーティストが提供した歌詞が短編小説のように連なって、これまでとは違った歌の風景を垣間見せてくれる。

例えば土岐麻子が歌詞を提供した“ping-pong”では、ヒロインは〈あなた〉との関係をピンポンのラリーに例えながら、〈あなたをいつも笑わせたいの〉と相手への想いをスパッと伝える。そんなキリリとした大人の女性像は、これまでの原田の曲にはあまりなかったが、伊藤は軽快なビートで弾むようなシティ・ポップに仕上げている。その一方で、堀込高樹が歌詞を提供した〈風邪の薬〉では、ヒロインは子供の頃に感じた不安や心細さを回想。歌詞に〈おかあさん〉という単語が出て来るのも異色だが、ストリングスのざわめきが曲に陰影を与えていて、“ping-pong”とは反対に繊細な女性像を浮かび上がらせている。

また、本作でとりわけインパクトが強いのが、アルバムの後半に置かれた“ショート トリップ”〜“Hi”の流れだ。“ショート トリップ”はテクノなビートが疾走。シンセとピアノで作り上げられた幻想的な音響空間のなか、原田の感情を抑えた歌声は素材のひとつのように散りばめられている。そして、気だるいムードに包まれた“Hi”のサビでは、炸裂するギター・ノイズに原田の声が浮遊する。どちらも作詞を手掛けたのは角銅真美。ストーリーを綴るというより、イメージを連鎖していくような歌詞も新鮮だ。

そんななか、従来の原田の歌の世界のイメージを受け継いでいるのが、高橋久美子が歌詞を手掛けた“銀河絵日記”だ。ジョバンニという友人との旅の思い出が綴られていく歌詞は、宮沢賢治の小説「銀河鉄道の夜」を連想させて、同じく小説を題材にした原田の初期名曲“地下鉄のザジ”を思い出させたりもする。そこで印象的なのは、〈消えていくから美しい〉〈辿り着くだけが旅じゃない〉という大人になった主人公の視線だ。初期の原田の曲のファンタジックな世界観をベースにしながらも、大人になった主人公が子供時代を、人生を振り返る視線が入ることで、今の原田の歌になっている。そんな歌詞を、伊藤は列車の動きを思わせる反復するリズムと軽やかなストリングスをアクセントにして、目の前に次々と風景が広がっていくような軽やかなポップ・ソングに仕上げている。

アルバム・タイトルになった〈L'Heure Bleue〉とは、日の出や日没後に空が美しい青色に染まるひと時のことらしい。角田隆太が歌詞を書いた“名もなき青”では、日の出前のルール・ブルーを背景にしたドラマが綴られているが、〈青〉という色は、原田が歌詞を手掛けた2曲、“Hello”(〈青く透き通る空と海にとけて〉)、“夢の途中”(〈この空はあの日と 同じ眩しい青で〉)にも登場する。なかでも、印象的なのは、pupaを思わせる叙情的なエレクトロ・ポップ“夢の途中”だ。ヒロインは過去の思い出に想いを馳せながらも、〈どこへでも 飛び立てる〉〈僕らはまだ 夢の途中〉と未来へ目を向ける。思えば日の出や日没は昼と夜の境目。35周年という節目を迎えた原田の今の心境が、この歌に反映されているような気がした。

そして、アルバムのラストを締めくくるのは、辻村豪文が作詞作曲を手掛け、ドラムも担当した“わたしの夢”だ。〈燃える 海に/暮れる 空/永い 日々も/尽きる 頃〉という人生の黄昏を思わせる歌詞を、原田は少女のように澄んだ声で歌い、ゆったりとしたグルーヴに陽炎のように優しい歌声が揺れている。この曲が代表するように、透明感のある歌声は10代の頃から変わらないが、35年というキャリアを通じて、よりきめ細やかで、深いニュアンスを感じさせるようになった。なかでも、『恋愛小説』シリーズを通じてスタンダードに挑戦したことは、様々な歌い方を吸収する重要な経験になったに違いない。そのうえで、歌詞の面でもサウンドの面でも、新しい試みに挑戦した本作からは、〈どこへでも 飛び立てる〉という彼女の自信と開放感が伝わってくる。原田知世の新しい旅の始まりを告げるアルバムだ。

●タワーレコードが取り組む大人世代の方に向けた企画〈オトナタワー〉、11月度のプッシュアーティストは原田知世。詳細はコチラ。