〈発掘男〉ゼヴ・フェルドマン、Resonance Records、Reel to Realから貴重盤リリース

ERIC DOLPHY Musical Prophet: The Expanded 1963 New York Studio Sessions Resonance Records(2018)

 お店に来てくれたゼヴ・フェルドマンとは二度目の再会で、今回はドルフィーの新作を披露してくれた。1964年ドルフィーが亡くなり、67年コルトレーン、70年アイラーが亡くなった。そんなジャズの分岐点に残されたのが、今回未発表演奏が追加収録されて発売となった本作だ。しかも、ドルフィー客死の前に友人に預けられていたトランクにあった、ドルフィーの音源チェック用と思われる7時間半に及ぶテープからの音源だった。本誌出稿前に、数多くのレーベルから様々な形でリリースされている音源分に関して「Douglas盤のオリジナルLP」とのアナログ盤聴き較べを敢行し、その違いを確認した。オリジナルステレオ盤は左右にやや広がった印象の定位が明らかだった。それに対して今回のモノラル音源は、ブルーノート・ファンに受けそうな、中域が充実し、リチャード・デイヴィスのベースの音が腹に響く音に仕上がっている。定位はモノラルだけに厚い印象だ。聴いた印象からすると「別のアルバム」を見つけたという感じだった。改めてドルフィーの先見性と鋭角的なサックスの凄味、さらにバスクラ、フルートにおける他の追随を許さないオリジナリティを身近に感じさせるリリースだ。100頁に及ぶブックレットにも詳しいが、コルトレーンとの邂逅を経てドルフィーが辿りついた地平が、ジャズに大きな可能性をもたらしたことを確認させてくれる。

 また、従来も印象的だったリチャード・デイヴィスのベースの圧倒的な存在感、さらにアルコ演奏における独自性がさらに印象的に響く。《Alone Together》は、ジャズ史上至高のデュオ演奏であることをさらに印象付けた。

 近年、未発表ライヴ演奏が次々発掘されているウディ・ショウの若き感性が炸裂する曲もさらに迫ってくる。ジャズが先鋭的な輝きを放った時代のエネルギーの集積の濃度を集約したリリースだ。アナログ盤は三枚のLPが三つ折りに集積され、分厚いブックレットと共にコレクション的な満足感も大きい。

CANNONBALL ADDERLEY Swingin' in Seattle: Live at the Penthouse 1966-1967 Reel to Real(2018)

 ゼヴが関連するもう一つのレーベル〈Reel to Real〉は、Cellar Liveのコリー・ウィーズとの共同プロジェクトであり、ライヴ音源を発掘する。今回発売されたのが、キャノンボール・アダレイの1966年6月、1967年10月のシアトルの〈ザ・ペントハウス〉での演奏。ジョー・ザヴィヌル在籍時の演奏で彼らしい見事なウイットに富んだMCも含めてジャズファンが唸りたくなるホットなライヴだ。様々なライヴ演奏を残しているキャノンボールだが、本作での注目は、チャーリー・パーカー作《Back Home Blues》。1955年のパーカーの急逝と入れ替わるように現れたキャノンボールにとって“心の中のパーカー”が籠もった演奏だ。時期的には、キャノンボールが時代の趨勢を感じてエレクトリックに舵を切る直前の演奏で、そういった意味でもライヴでの彼の佇まいが感じられて楽しい。

ETTA JONES A Soulful Sunday: Live at the Left Bank Reel to Real (2018)

 そして、もう一つは、ブルージーな声と、若いころはビリー・ホリデイ直系を謳われたエタ・ジョーンズの1972年ボルティモアのジャズ・クラブでの演奏。バックにシダー・ウォルトン・トリオ。エタは、《Don’t Go To Strangers》が人気を呼んで次々とPrestigeでヒットを飛ばした後、65年のRouletteの『Etta Jones Sings』録音後、一時、録音から遠のいていた。したがって本作は73年の本格的なカムバックのきっかけとなったシダー・ウォルトンとの共演ライヴという意味合いがある。シングル盤さえ発売された《Don’t Go To Strangers》という名唱を持つエタ。その実力を再び発揮し始める貴重な時期の録音であり、ジャズヴォーカル・ファンにとっては、その後のヒューストン・パーソンとのコンビでの名演名唱の数々に繋がる嬉しい一枚となった。

 三者三様の未発表を含む3作品は、ジャズへの限りない敬愛と類まれなる探究心を持つゼブ・フェルドマンの成果の一つであり、マイケル・カスクーナに続く、現代の“発掘男”としてのゼヴへの期待をさらに高めさせてくれる発売となった。さらにドルフィー再評価への足音を感じる作品といえる。