「ビルの演奏には、これぞピアノというような、静かな炎のようなものがあった」。マイルス・デイヴィスは自伝のなかでビル・エヴァンスをこう評している。

今年で没後40年を迎えたジャズ・ピアノの詩人、ビル・エヴァンス。彼は、酒場やクラブでの演奏を通し、叩き上げで自己のスタイルを確立してきた、それまでの多くのジャズ・ピアニストとは違い、幼少期からクラシック音楽の教育を受けてきた学究肌だ。彼のプレイに特徴的な、機能和声にとらわれぬハーモニーは、ドビュッシーやラヴェルといった近代クラシックの作曲家に学んで身につけたものだろう。

このようにクラシックの素養を持っていたエヴァンスだが、一方で彼は聴く者の身体を揺らさずにはいないスウィンギンなリズム感の持ち主、つまり極めて〈ジャズ的〉なプレイヤーでもあった。彼のリズム・アプローチの卓越性については、音楽学者の岡田暁生とジャズ・ピアニストのフィリップ・ストレンジによるこちらの動画が参考になる。

エヴァンスのプレイには、室内楽に通ずる優美さとダンス音楽由来のスウィング感が見事に同居している。このバランスは先人にも後進にも見られぬ、彼に固有のものと言えるだろう。タワーレコードが企画・選曲したコンピレーションである本作には、そんな彼の魅力が凝縮されている。

本作の面白い点としてまずあげられるのは、エヴァンスが残した録音を〈オリジナル曲/スタンダード曲〉という軸で切り分けたところだ。この編集により、彼のなかでの〈作曲〉と〈編曲・即興演奏〉の関係や、それらの相互浸潤のありようが明瞭にわかるようになった。

オリジナル、スタンダードを問わず、どの曲も言わずもがなの素晴らしさだが、なかでもやはり自身の筆になる代表曲“Waltz For Debby”が白眉である。同曲については、アルバム『Waltz For Debby』に収録されたオリジナル・テイクをはじめ、オスカー・ピーターソンによるカヴァー、モニカ・ゼタールンドによるヴォーカル・ヴァージョン、そしてエヴァンス自身による生涯最後のレコーディングとなったライブ録音と、4つのヴァージョンが収められており、聴き比べができるようになっているところも楽しい。

また“Waltz For Debby”以外にも、スタン・ゲッツや小曽根真らがエヴァンスのオリジナル曲をカヴァーした音源がいくつか収められており、これによって自身が演奏するときとは異なる角度から、エヴァンスの作曲家としての個性に光が投げかけられている。

初心者もマニアも本作を機に、ビル・エヴァンスが遺した〈静かな炎〉のような音楽とじっくり向き合ってみてはいかがだろうか。