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映画「グリーンブック」 の魅力を大江千里が解説! 心に〈光が灯る〉黒人ピアニストと白人ドライバーの旅

(c)2018 UNIVERSAL STUDIOS AND STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC. All Rights Reserved.

 

1962年。アフロ=アメリカンのジャズ・ミュージシャンがなぜ、人種差別が続く南部にツアーしたのか?

 『グリーンブック』はマフィアの生き証人として知られる実在の人物トニー・バレロンガと、天才ピアニスト〈ドクター・シャーリー〉の友情を描いた実話の映画化。ドクター・シャーリー、こと、ドナルド・シャーリーの音楽はジャズでもポップスでもクラシックでもなく、ジャズでもポップスでもクラシックでもある。一言でいうと、彼の音楽は他に類を見ない「ドクター・シャーリーの音楽」としか言いようがない。その根底には特にハーモニーやリズム、フレージングに小さい頃からやっていたオルガン奏者としての音の解釈の影響が色濃く出ている。非常にダウンビートを重んじる明快なイメージ。映画ではちょっとだけ触れられているが彼のゲイネスは彼のカラードという人種のことと同じくらい彼の芸術性に「実験的であること」を導き出している。ガーシュウィンなどをアレンジしても普通じゃない。ビートルズよりも前の時代に片チャンネルずつ音を分けて、いろんな楽器にユニゾンをやらせつつ、不思議なホーンのフレーズを入れている。心理学、典礼芸術の博士号をとっていて、絵も上手だったようだ。全方位のアーテイストって素敵だなあと尊敬している。また、本作の音楽を担当したのは、クリス・バワーズ。短い映画の尺の中でドクターの音楽、存在を際立たせ、わかりやすく作っていたのが印象的だ。ジャズ、クラシック、ラップ、ヒップホップ、非常に伝統的なトライヴミュージックに根を持ちつつ、非常にオープンに全方向の音楽に開いた印象を受けるのが彼の音楽。ポップスのほとんどがジャズから生まれたものという事実を最も顕著に体現しているアーテイストだと思う。

 主人公トニーはマンハッタンに隣接するブロンクスで生まれる。この地区はイタリア系移民の多いことでも知られ、ミートボールの乗ったトマトパスタなどを出す下町風情のトラットリアが多い。環境は決して上品とは言えないが、陽気で荒々しい気質のイタリア男達が満面の笑みで夕方からワイングラスを重ねているのを見るのは楽しい。そんなともすればマフィアや暴力が当たり前の世界に育ったトニー。7年生(日本でいうところの中学一年)まで学校に行き、そのあとは持ち前の器用さと口も達者で睨みもきくことからそのカリスマ性を買われてナイトクラブに勤めていたが、改装による閉店で仕事を失う。「貧すりゃ鈍する」でなかなか新しい職も見つからず焦り気味のトニーに不意に湧いて出たのがカーネギーホール専属ピアニスト〈ドクター・シャーリー〉の南部へのツアーの同行だ。カーネギーホールの上層階に住むシャーリーは既に成功した才能のあるエスタブリッシュアーテイストである。しかし案の定トニーはそれを全く知らないし興味もない。

 ブロンクス育ちでマンハッタンには数える程しか出て行かないようなトニーは「肌が黒い人間が裕福な暮らしをしている」「高価な調度品に囲まれてカーネギーホールの上層階に住んでいる」想像を超えた成功したアフロ=アメリカンの生活に目を白黒させる。ましてや仕事依頼は「南部ツアーのドライバーとしてクリスマスまで家族をおいてNYを離れるうえに、彼の身の回りの世話をする」という内容だった。会話は噛み合わず一旦交渉決裂に終わるが、トニーのどんなトラブルも解決する腕に魅力を感じたシャーリーは改めてツアーへの同行を今度はトニーの妻に直談判する。

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 トニーは〈ドクター・シャーリー〉とバンドのメンバー達と共に1962年の秋、ツアーに出ることになる。最初の中西部はまだいい。しかし南部に入った途端にアフロ=アメリカンへのありえない非常識な扱いや、屈辱的な差別を目の当たりにし、愕然とする。「グリーンブック」という1938年ヴィクター・ヒューゴグリーンが調査、自主出版した「アフロ=アメリカンが利用できる施設のリスト」を片手に、シャーリーを街から街へ、ステージからステージへ、無事に送り届けるのが仕事だが、ひどい扱いや差別で時間通りにことが進まない。奴隷は南北戦争で解放されたはずなのに、以前として南部では黒人は畑で働き、白人とは別のトイレを使い、白人のレストランにエスタブリッシュアーテイストだろうが、入れない。

 そんな現実と向き合いつつも、アフロ=アメリカンなのにソウル・フードであるフライド・チキンさえ食べたことがないシャーリー。「食べなよ、美味しいから」とトニー。「手が油で汚れる」シャーリーが返す。道中の会話はお互いがクロスオーバーする鉄板シーンだ。「食べ終わったら骨はどうする?」「窓からこうして」と捨て去るトニー。「そんなことできない」とシャーリー。でもトニーに習って捨ててみる。「そうだよ!」二人の中に友情が芽生えるシーンだ。

 違う価値観の二人が、お互いの間の壁をコツコツ打ち破るエピソードがストーリーの肝になるが、さすが『メリーに首ったけ』のピーター・ファレリー監督。繊細で丁寧で感受性豊かな描き方は最高だ。特に旅先からトニーが妻に手紙を書くのをシャーリーが手伝い、それを素直に文章に書き始めるトニー。このシーンにはやられた。

 やがてシャーリーの“孤独”を理解し始めるトニー。トニーの粗野な中にも「人としての素晴らしさ」に惹かれるシャーリー。ストーリーが後半に近づくと「この素晴らしい友情の映画が永遠に続きますように」と願わずにいられなくなる。

 見終わった後、しばらく誰とも話したくない。心に「光が灯る」映画である。

 

 


映画「グリーンブック」
監督:ピーター・ファレリー『愛しのローズマリー』『メリーに首ったけ』
音楽監修:トム・ウルフ/マニシュ・ラヴァル
音楽:クリス・バワーズ
出演:ヴィゴ・モーテンセン(『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズ、『はじまりへの旅』)/マハーシャラ・アリ(『ムーンライト』 『ドリーム』)
提供:ギャガ、カルチュア・パブリッシャーズ
配給:ギャガ GAGA★(2018年 アメリカ 130分)
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寄稿者プロフィール
大江千里(Senri Oe)

1983年にシンガーソングライターとしてデビュー。2008年ジャズピアニストを目指し、NYのTHE NEW SCHOOL FOR JAZZ AND CONTEMPORARY MUSICへ入学。2012年7月、ジャズピアニストとしてデビュー。2013年には自身が率いるビックバンドで東京JAZZに初参加。2016年夏、4枚目にして初の全曲ヴォーカルアルバム『answer july』を発表。2018年夏、5枚目のアルバム『Boys & Girls』を。2019年1月に、完全生産限定盤のアナログ盤『Boys & Girls』をリリース。アルバムを引っさげてのJAPAN TOURは大成功を収めた。5月にはブルーノート(東京・名古屋)でライヴを行うことが決定している。現在、ベースとなるNYのみならず、アメリカ各地、南米、ヨーロッパでライヴを行いながら、アーティストへの楽曲提供や、NY在住のジャズアーティストの発掘にも乗り出している。

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