今夏はソロピアノの帆を張り、千里流の海開きを。

 ポップなSSW時代のセルフカバー曲(歌唱なし)と、NYで耕した自作のジャズピアノ作品を織り交ぜて次々と弾きまくる、という大胆で果敢な注目企画〈『BIG SOLO』-SENRI OE PIANO CONCERT 2024-〉の3公演め(@紀尾井ホール:7月5日)を観た。昨夏から今年1月までのデビュー40周年記念全国縦断コンサートを大盛況で終えた勢いのまま、〈炎天下と思いますがお気をつけていらしてください!〉との主役自身の当日ポストを読んでから足を運んだ会場は満席。国内主要都市のクラシック専用ホールを選定して〈BIG SOLO〉と名乗った理由を、彼は「その名の通り〈大胆不敵でいながら繊細なピアノコンサート!〉 ホールいっぱいに進化する大江千里の〈現在〉を響かせます」とパンフで書いていたが、看板に偽りなしの、色々な意味でレンジの広い公演だった。

 19時開演。2日連続で35℃超えした都心の不快指数を吹き飛ばすかの如く、爽やかな夏模様の帽子/半袖/ハーフーパンツ姿で喝采を浴びながら登場した主役は“夏の決心”で今季の扉を開けた。曲目を認知した途端、そこかしこで伝播してゆく首や肩の揺れ具合で、各々が(胸中で)想い出の詞を重ねているのが解かる。〈まだ誰も知らない/まぶしい時を/ぼくがきみに見せてあげる〉の内容どおり、最初のMCで「みんなの人生に影響を与えただろうと思われる数々の作品を今夜は次々演りますので」と約束して、2曲めの“Stella’s Cough”へ(註:実際は知人アーティストに臨時発注したという件の帽子の制作秘話が長めに明かされたのだが……残り2公演の観衆の為に内容は伏せよう)。

 流れるように“10 people 10 colors”“Poetic Justice”と淀みなく奏でられると〈歌のない千里作品〉に多少不慣れだったじぶんも、徐々に肩の力が解れていくのを実感する。〈歌〉との別れは、〈9番目の音を探して〉とジャズ留学した彼の決意そのものを物語っていたが、その詩の天才性に魅せられた者の一人としては正直解せない想いも長らく引き摺ってきた。が、ピアノの調べに素直な揺れで応える人々と同席してみたら、初めて気づいた。心の中で諳んじられるまで千里詩が染み込んでいる彼女(そして彼)らには確実に〈歌〉が聴こえている事に……そして大江千里の筆による独自の旋律自体がどれほど多彩に歌っているか、その響きと世界観の幅広さに改めて感心した。

 明後日に都知事選を控えた夜に〈この国に夏が来る/変わらずの夏が来る〉と約10年前に描いた“夏渡し”を、さり気なく差しはさむ何とも粋な演出もあった。おそらく観衆の多くは〈長雨にぬれた少女〉や〈バスを追いかけるバイクの少年〉あるいは〈WIFEを連れて遊びに来よう〉と、“WE ARE TRAVELLIN’ BAND”で描かれたいつかの少女や少年たちだろう。“エールをおくろう”のイントロを弾く本人の口の動きと満面の笑顔で〈合唱〉を誘われた彼らの、(やや遠慮気味ながらも)堰を切ったような反応ぶりが何とも微笑ましかった。

 6月の大阪公演(@箕面市立文化芸能劇場大ホール)では特別出演の関西学院ウィメンズ・グリークラブが“Rain”を、宝塚少年少女合唱団が“ありがとう”を披露。来たる7月21日の公演(@東京オペラシティコンサートホール)では横浜少年少女合唱団による“夏の決心”が聴けるそうだから、こちらも注目したい。また、先立つ7月12日の名古屋公演(@Nitterra日本特殊陶業市民会館ビレッジホール)では一体、巧みなコンダクトによってどんな曲が聴衆の唇にのせられるのだろうか。千里号の旋律に揺られ導かれて、過去と未来を架ける虹が見渡せる沖まで出たような、そんな印象を抱いた音響体験だった。

 


LIVE INFORMATION
『BIG SOLO』-SENRI OE PIANO CONCERT 2024-

2024年7月12日(金)愛知・名古屋 Niterra日本特殊陶業市民会館ビレッジホール
2024年7月21日(日)東京・初台 東京オペラシティ コンサートホール
https://classics-festival.com/rc/performance/senri-oe-piano-concert-2024/