〈電話してこないで〉とポジティヴに歌うトロピカルな“Don't Call Me Up”が全英TOP3まで上昇し、ストリーミングでの再生数は6億回以上を記録。このヒットで完全にブレイクしたメイベルは、現在のクロスオーヴァーな英国ポップ・シーンを代表する23歳のフレッシュな才能だ。

 もともと2015年にSoundCloudで公開した“Know Me Better”で注目を集め、すぐにメジャー契約も結んでいた彼女だが、その出自を知ればエクレクティックな素養にも合点が行くかもしれない。父親はマッシヴ・アタックやオール・セインツ、ユッスー・ンドゥール、シュガベイブスらを手掛けてきた大物プロデューサーのキャメロン・マクヴェイ(元ビム)で、母親は昨年もキーラン・ヘブデンと傑作『Broken Politics』を作り上げた現役バリバリなカリスマのネナ・チェリー。姉は地下シーンでディーン・ブラントらと活動を共にするレディTであり、ステップブラザーには“When The Beat Drops Out”(2014年)のヒットで知られるマーロン・ルーデットもいる(さらに言えば祖父はドン・チェリーで叔父はイーグル・アイ・チェリーで……)。こうした環境を単にサラブレッドと形容してしまうのも可能だが、各々がバラバラなスタイルを自由に追求してきた音楽一家から彼女が受け継いだものは、多様なジャンルやカルチャーを折衷して自身の表現へと昇華するセンスなのかもしれない。

 スペインのマラガで生まれた彼女は、両親の仕事もあってか姉妹たちと世界中を移動する環境で育った。母の故郷であるスウェーデンのストックホルムで暮らしていた頃には、ロビンやトーヴ・ローを輩出した名高い音楽学校で学んでいる。ただ、早熟なところがあったのか幼い頃から彼女は周囲に馴染めず(学校を退学になったこともあるそうだ)、そのことが音楽への没頭と能力の開花に繋がったという。

 「子どもの頃は友達があまりいなかった。他の子にあまり興味がなくて、周りの人たちと相性があまり良くないことに、私はすでに気付いていたんだと思う。大人たちに放っておかれるのも嫌だった。そういう意味では、子どもらしい無垢なところはなかったんじゃないかって気がする」。 

 ポリドールから“My Boy My Town”でデビューして数年、2017年にはコジョ・ファンズとのコラボ“Finders Keepers”(兄のマーロンも共作)が全英TOP10入りするスマッシュ・ヒットに。〈Diwali〉をネタ使いしたこの曲は以降のメイベルが進むスタイルを拓くことにもなった。同年にはドレイク“Passionfruit”のカヴァーも含むミックステープ『Ivy To Roses』が高評価を獲得。2018年には“Fine Line”や“One Shot”“Ring Ring”など自信に満ちた女性像をダンスホール・レゲエ~アフロ・フュージョン色の濃いビートで爽やかに表現してヒットを連発し、そうした一連の成果を踏まえて爆発したのが先述した年頭の特大ヒット“Don't Call Me Up”だったわけだ。

MABEL High Expectations Polydor/ユニバーサル(2019)

 そしてこのたび登場した待望のオリジナル・アルバム『High Expectations』は、ここまで彼女が育んできた持ち味を伸びやかに拡充する快作となった。“Don't Call Me Up”を手掛けた重鎮スティーヴ・マックをはじめ、フレイザーT・スミスやアル・シャックス、ドレー・スカル、MNEKら当代のUKポップに欠かせない大物たちが名を連ねた内容は、もともとのルーツだというデスティニーズ・チャイルドなど00年代R&Bのフレイヴァーをよりナチュラルに表出しつつ(その部分はアリアナ・グランデにも近い)、スティーヴィー・ワンダーやミニー・リパートンといったレジェンドたちの影響も窺わせるものだ。アルバムからは新たに“Mad Love”のヒットも生まれているが、コラボ歴のあるステフロン・ドンやバーナ・ボーイらと同様、多様なルーツとカルチャーが入り組んだ現行ブリティッシュ・ポップの新世代筆頭として、彼女の伝えるサウンドとストーリーはよりいっそう存在感を増していくに違いない。

 「〈自分探し〉って表現は嫌いだけど、私がしてきたことはそれかなって気がしてる。私は全員を喜ばせることはできないけど、自分自身をハッピーにさせるものを作り上げることはできる。それがいちばん大切なこと。まだ始まったばかりよ」。

 


メイベル
96年生まれ、スペイン出身のシンガー・ソングライター。ネナ・チェリーを母親に、プロデューサーのキャメロン・マクヴェイを父親に持ち、UKやスウェーデンなど世界各国を転々としながら育つ。音楽学校で学びながら楽曲制作を始め、2015年の“Know Me Better”からコンスタントにリリースを重ねていく。2017年にはコジョ・ファンズとの“Finders Keepers”が全英8位を記録して脚光を浴び、ミックステープ『Ivy To Roses』を発表。今年に入って“Don't Call Me Up”が全英3位を記録し、6億回以上のストリーミング再生数を記録する。続く“Mad Love”もヒットするなか、このたび初のフル・アルバム『High Expectations』(Polydor/ユニバーサル)をリリースしたばかり。