解き放たれて人生の美しさを歌えるようになり、自分自身の愛し方を知った――大胆な表現へ踏み出した『Gloria』にはさらに成長を遂げたサム・スミスがいる!
やりたい音楽が何なのか
ここにきて、このような形でサム・スミスの新たな代表曲が生まれようとは想像もしていなかった人が多いのではないだろうか。キム・ペトラスとのタッグで昨年9月にリリースされたシングル“Unholy”は、TikTokのプラットフォームに合ったプロモーションも功を奏して世界的なヒットを記録し、あの“Stay With Me”(2014年)でも届かなかった全米シングル・チャート1位を初めて獲得するという快挙になった。また、それぞれノンバイナリー(男性/女性という性別二元論に当てはめない性自認)とトランスジェンダーを公言するアーティストが同チャートで首位に輝くのも史上初の出来事だという。
サムは2019年にノンバイナリーであることを公表し、ドイツ出身のシンガー・ソングライターであるキム・ペトラスは10代で手術したトランスジェンダー。とはいえ、そうした記録をさほどセンセーショナルにも感じないくらいに、もはや受け手はさほどアーティストの性的アイデンティティについて気にしていないのではないか、と思う。そうでなくても、実際にサムは“Stay With Me”の頃から普遍的に受け止められるものとして恋愛や性愛の表現を続けてきたわけだし、特に“Unholy”に関しては楽曲それ自体のエグい下世話さや悪趣味なおもしろさがウケたのだろうことは疑いない。
“Unholy”のプロデュースはサム自身と盟友ジミー・ネイプス、そしてヒットメイカーのイリヤとサーカット、さらに新進気鋭のブレイク・スラットキン、オマール・フェディという6名。船頭多くして楽曲が個性的な歪さを獲得したというか、妖しい歌唱と壮麗なコーラス、キャッチーなフックがハイブリッドになったハイパーポップ構造の曲は、サムにとっても新鮮な出来となった。もちろんそのフリーキーなメロディーやサウンドにシンクロする〈ママは知らない パパがボディ・ショップでアツくなって いかがわしい(Unholy)ことをしてるって〉という不道徳なストーリーや、妖しいキャバレーを舞台に妖しい現代舞踊が繰り広げられるMVもヒットに寄与したのは言うまでもない。ここまでの振り切れた表現は本人にとっても挑戦だったはずだが、哀しい失恋の歌をドラマティックに創作してきた20代を終え、30代になったサムは「自分がやりたい音楽が何なのか自問するようになった」のだという。その結果が“Unholy”の表現であり、本人が〈個人的革命〉と呼ぶ今回のニュー・アルバム『Gloria』というわけだ。