天野龍太郎「Mikiki編集部の田中と天野が海外シーンで発表された楽曲から必聴の5曲を紹介する週刊連載〈Pop Style Now〉。この導入部は毎回、訃報かカニエ・ウェストの動向を紹介するコーナーになってしまっています……。10月6日にジンジャー・ベイカーが80歳で亡くなりました」
田中亮太「エリック・クラプトン、そしてジャック・ブルースと共に活躍した60年代のロック・トリオ、クリームのドラマーです。フェラ・クティと共演したり、ジャズメンと演奏したり、単なるロック・ドラマーに留まらない高いミュージシャンシップがリスペクトされていました。ポール・マッカートニーやミック・ジャガー、ブライアン・ウィルソンといった仲間たちから追悼コメントが発表されていますね」
天野「クラプトンはいま、どんな気持ちなんでしょうか? ジンジャー・ベイカーって言ったらツーバスで、ちょっとドタバタしていてトライバルな彼のプレイは大好きでした。さらに、先週はマフスのキム・シャタックが亡くなったことも多くのファンやミュージシャンが話題にしていましたね……。Rolling Stone Japanの〈追悼キム・シャタック ザ・マフスで歌い続けた『一人ぼっちだけど構わない』という強さ〉という記事が感動的でした」
田中「90年代のオルタナティヴ・ロックを代表するガールズ・アイコンで、ポップなメロディーセンスと、少しししゃがれたキュートな歌声が多くの少年少女を魅了してきました。まだ56歳と若いのに……。ショックでしたし、やっぱり悲しいです。では、今週のプレイリストと〈Song Of The Week〉から」
1. Travis Scott “HIGHEST IN THE ROOM”
Song Of The Week
天野「トラヴィス・スコット、超待望の新曲“HIGHEST IN THE ROOM”が〈SOTW〉! 2018年の特大ヒット“SICKO MODE”と傑作アルバム『ASTROWORLD』以来のニュー・シングルです」
田中「いまやアメリカを代表するポップ・アーティストで、とんでもなくビッグなラッパーですけど、念のためプロフィールをご紹介します。テキサス州ヒューストン出身の彼は、カニエ・ウェストのGOODミュージックとサインした後にT.I.主宰のグランド・ハッスルへ移籍。その後、ファースト・アルバム『Rodeo』やシングル“Antidote”(2015年)、セカンド・アルバム『Birds In The Trap Sing McKnight』やケンドリック・ラマーとの共演曲“goosebumps”(2016年)で高い評価を受けます。私生活では、リアリティーTVのスターで億万長者のカイリー・ジェンナーがパートナー。娘もいるのですが、つい先週破局したとの報道が……」
天野「あのニュース、びっくりしましたよ! それはともかく、トラヴィスは音楽家であると同時にファッション・アイコンでもあって、時代とぴったり合った表現者だと思うんです。〈ロックスター〉とも形容されますが、ダークなイメージを常にまとっていて、〈グランジ・ロッカー〉って感じ。音楽的にはヴォーカルにオートチューンを過剰にかけまくったり、ディレイでトばしたり、エコーを深くかけたりと、ドープでダウナーな音響が独特。あと、〈it's lit〉〈yeah〉〈straight up〉といった掛け声(アドリブ)は、一発でそれとわかる特徴的なものです。そんな彼の〈作家性〉は、この新曲でもばっちり聴けます」
田中「ダーティー・サウスを代表するプロデューサー、マイク・ディーンたちが作り上げた音はかなりサイケデリック。アウトロで、それまでとまったく異なるサウンドになだれ込む展開など、音楽的にプログレッシヴな志向を貫いていますね。またリリックは、元恋人のジェンナーへの言及が目立ちます。〈彼女は俺の心をアイデアで満たしてくれる〉〈君といると生きてるって感じがするんだ〉などなど。破局報道の数日後に発表されたこの曲、トラヴィスはどんな心境だったんでしょう? 彼女に捧げた曲にも思えるのですが……」
2. Thyla “Two Sense”
天野「2位はサイラの“Two Sense”。彼女たちは英ブライトンを拠点に活動する4人組ですね。〈ドリーム・ポップ〉と形容されることが多いんですが、彼女たちの音楽からはシューゲイズやグランジも聴こえてきます」
田中「基本的にパワフルなロックを演奏しているんですよね。この新曲もドライヴィンなギター・サウンドと豪快な8ビート、突き抜けるようなメロディーが魅力。チープ・トリックやホールといったパワー・ポップとハード・ロックの間をいくバンドの系譜に連なる存在な気がします」
天野「たしかに! フロントに立つミリー・デュシーは、歌声も含めてすごく魅力的ですし、ポップ・アイコンになりそうですよね。これからペール・ウェーヴスのヘザーみたいなカリスマになっていくんじゃないかなって思います。サイラは、これから日本でも人気が出そう。ちなみに、この曲では自分で決定する権利を守ることが歌われていて、テーマもアクチュアルなのがかっこいいです!」
田中「なので、パラモアに対抗しうるバンドがついにイギリスから出てきたなーと、自分は盛り上がっています。“Two Sense”は来年初頭にリリース予定のEP『Everything At Once』収録曲とのこと。2020年の注目すべきニューカマー筆頭。サイラ、この名前は覚えておいて!」
3. Juice WRLD feat. YoungBoy Never Broke Again “Bandit”
天野「3位はジュース・ワールドとヤングボーイ・ネヴァー・ブローク・アゲインの共演曲“Bandit”。ジュース・ワールドは、この連載で何度か名前が挙がっている米シカゴの若手ラッパーです。2018年のシングル“Lucid Dreams”などで名を馳せ、同年フューチャーとのコラボレーション・アルバム『WRLD On Drugs』を発表。そして『Death Race For Love』(2019年)では全米1位を獲得しました」
田中「一方のヤングボーイ・ネヴァー・ブローク・アゲインは、米南部のラッパーです。ルイジアナ州バトンルージュで活動していて、シングル“Outside Today”とメジャー・デビュー作『Until Death Call My Name』(2018年)のヒットによって、一気にアンダーグラウンドから飛び出します。〈NBA YoungBoy〉という名前でも活動しているんですよね」
天野「バスケット・ボールのNBAから怒られそう(笑)。ちなみに、ジュース・ワールドは20歳でヤングボーイは19歳と、2人は同世代。北と南で同じ時期に注目を集め始めた、いまをときめく若手ラッパーのコラボ・ソングがこの“Bandit”、というわけですね」
田中「〈savage(残忍なやつ)〉〈bad bitch(悪い女)〉〈bandit(盗賊)〉とリズミカルに韻を踏むサビのフレーズは、口ずさみたくはないけど軽快です(笑)。ピアノの旋律から哀愁が漂っているトラックも耳に残りますし、トラップ/エモ・ラップの最前線を感じる一曲ですね」
4. Pop Smoke feat. Lil Tjay “War”
天野「4位は、ポップ・スモークがブロンクスのラッパーであるリル・ティージェイをフィーチャーした“War”。ポップ・スモークは米NY、ブルックリンのラッパーで、4月に発表したシングル“Welcome To The Party”がヒットしました。いま、ぜひチェックしてほしい新星です」
田中「ニッキー・ミナージュが参加したリミックスも発表されるなど、話題を呼んでいるみたいですね。でも、音やビートの感じはあきらかにUKのもの。〈どうしてなんだろう?〉と思ったら、808メロやリコ・ビーツといった、英イースト・ロンドンのプロデューサーたちと楽曲を制作しているんだとか」
天野「そうなんですよ。シカゴで生まれたドリルというスタイルがUKに飛び火して、UKドリルという独自のシーンが形作られているのは有名だと思うんです。でもどうやら、いまUKドリルはNYのアーティストたちに影響を与えていて、そこから逆輸入的にブルックリン・ドリルのシーンが生まれているようで。この“War”は、今年を代表するドリル・アンセムになった“Welcome To The Party”と同じく808メロが制作しています。チャントっぽい〈Woo! Woo!〉というフレーズやポップ・スモークの太い声がクールですね」
田中「以前からドレイクがUKのラッパーたちと交流していることもありますが、北米と英国のラップ・シーンは急速に交わり始めていますよね。その最先端と言っていいブルックリン・ドリルのスタイルやビートは、現在のトラップのようにこの先アメリカを席巻するかもしれませんね! 21世紀版ブリティッシュ・インヴェイジョンが起きるかも?」
5. Barrie “Drag”
田中「最後はブルックリンのポップ・アーティスト、バリーがリリースした新曲“Drag”。もともとフロントウーマンのバリー・リンジー率いる5人組だったんですが、今年の5月に初作『Happy To Be Here』をリリースした直後、彼女以外のメンバーが脱退。ソロ・プロジェクトに切り替わりました」
天野「みんな〈happy to be here〉って感じじゃなかったんでしょうね……(笑)。もともと、ソロ・ミュージシャンの集合体だったみたいですし、いわゆる〈バンド〉とは在り方や成り立ち方がちがったんじゃないかと」
田中「なので、10月18日(金)にリリースされるEP『Happy To Be Here (Ext)』に収録されるこの曲も基本的な路線は変わらず、リンジーのウィスパー・ヴォィスを活かしたソフトなポップ・サウンド。ドリーミーな好曲に仕上がっています。メン・アイ・トラストのファンなどにはど真ん中なんじゃないでしょうか。う~……来日延期(涙)」
天野「メン・アイ・トラストの来日延期はバリーとなんの関係もないんですけど……。泣いている亮太さんはほっとくとして、EPのタイトルやアートワークから考えると、新作やこの曲はソロ・プロジェクトになる前の録音なのかもしれませんね。収録曲も被っていますし。バリーというアーティストが今後、どう変化していくのかも楽しみです」