COLUMN

浅井直樹『アバ・ハイジ』 30年遅れて届いた音楽

浅井直樹『アバ・ハイジ』 30年遅れて届いた音楽

[English Translation]

30年遅れて届いた音楽

 忘れることはないだろうが、いまでは思い出すこともほとんどなくなっていた。しかし、それは簡単に忘れていいものでも、忘れられるものでもなかったし、僕自身の記憶にしっかりと刻み込まれているものでもある。だから、それが知らぬところで少しずつ注目を集め、やがて世界中の地下音楽マニアが探し求める「究極的レア盤」になっていたと知ってとても驚いた。もちろん、もっと驚いたのは、それがCDでリイシューされるということだった。

 それは、1988年に、200枚だけプレスされた自主制作のレコードだった。当時どのくらいの人に聴かれたのだろう。完売したとして200枚だが、当時は貸レコード屋にも置いてあったりしたらしいから、それなりに聴かれてもいたのかもしれない。しかし、それについての話もほとんど聞いたことがなかった。そんな、とても長いあいだ忘却されていたレコードの話。

浅井直樹 アバ・ハイジ P-VINE(2019)

 1987年か88年、僕が19か20のころ、MTRで多重録音された、歌、ギター、ベース、キーボード、リズムボックスによる、S/Nの悪いカセットを大学の同級生からもらった。全曲、彼が作詞、作曲、演奏しているのだという。しかして、そこから流れてきたのは、囁くような、子供が歌っているような歌、風変わりな歌詞、変わったコード進行、引きつけられるメロディ、リヴァーブの彼方から聴こえてくる幽かな独特の雰囲気を持った音楽だった。その後、彼が作ったのがこのアルバムで、ドゥルッティ・コラムや初期ベン・ワットが怪奇骨董音楽箱から出て来たような、WOOの『Whichever Way You Are Going, You Are Going Wrong』にも似たような雰囲気と感触を持っているように感じたが、それは誰にも似ていない音楽だった。

 こんなふうに30年前のほんの少しの人しか聴き得なかった音楽が、いまようやく人の耳に届く。とんでもない時間の遅延だ。そんなこと自体がサイケデリックでもある。そして、30年を経過しても、それに似たものを聴くことはこれまで一度もなかったと、あらためて思うのだった。  

 

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