コラム

ティコ(Tycho)『Simulcast』息を呑むほど美麗で艶やかなテクスチャーの傑作インスト・アルバム

Photo by Misha Vladimirskiy

美麗なテクスチャーが光るインスト・アルバム

 サンフランシスコを拠点とするTYCHO(ティコ)の前作『Weather』(2019年)は、彼が初めて大々的にヴォーカルをフィーチャーしたアルバムとして記憶に新しい。8曲中5曲でセイント・シナーという女性ヴォーカリストが美声を聴かせた同作は、これまでの彼のキャリアの中で最もポップな作品に仕上がっていた。そして、その『Weather』から約半年で届けられた新作『Simulcast』は、前作と双子の関係にあるというインストゥルメンタル・アルバム。前作に収録されていたインスト・ナンバー3曲に未発表曲を加え、新たなストーリーを孕んだ作品となっている。

TYCHO Simulcast Ninja Tune/BEAT (2020)

 音楽面で顕著なのは、息を呑むほど美麗で艶やかなサウンド・テクスチャーだ。ロウファイでくぐもった音像を指向していた初期作品に比べると、圧倒的にクリアでハイファイなサウンドが展開されており、官能的なノイズやコズミックなシンセサイザーの響きには幾度となくうっとりさせられた。

 分かりやすくダンサブルなビートが減って、ダウンテンポ的な曲が増えたのは前作同様。だが、アンビエント、チル・ウェイヴ、ポスト・ロック、エレクトロニカなどの要素が折衷的に組み込まれたモザイク状のサウンドは、前作以上に多彩で乱脈。多様なエレメントが有機的に結合されているという意味では、グラミー賞にノミネートされた前作『Weather』、前々作『Epoch』(2016年)を凌いでいる。

 アルバム後半ではダイナミックなバンド・サウンドも堪能できる。『Dive』(2011年)、『Awake』(2014年)、『Epoch』(2016年)という3部作で徐々にバンド化してきた彼らのひとつの到達点。本作をそう位置づけることもできるのではないか。その一方で、ボーズ・オブ・カナダから触発されていた初期作品に通じるサイケデリック色が戻ってきているのも、古くからのファンには嬉しいところ。これまで研磨してきた持ち札を惜しげもなく投入したような傑作であり、名門ニンジャ・チューンからリリースされるに相応しいアルバムである。

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