
シンセやドラム・マシンを演奏し、エレクトロニック・ポップを披露した驚きの2019年作『Groove Denied』から約1年。早くもスティーヴン・マルクマスの新作が到着した。『Traditional Techniques』と名付けられたアルバムは、〈新たなステージにあるフォーク・ミュージック〉がテーマ。その言葉通りに、本作で彼は12弦のアコースティック・ギターを中心に据え、土臭いフォーク・ロックを奏でている。
とはいえ、彼の音楽特有の愛すべき歪さも健在で、世界各地の楽器を使ったストレンジなサウンドは、古くはアモン・デュールからボニー・プリンス・ビリーまで、サイケデリック/ウィアード・フォークの文脈でも聴けよう。音楽評論家の高橋健太郎が、『Traditional Techniques』で歌われた〈新たなフォーク〉の背景を考察した。 *Mikiki編集部

マルクマスにはアメリカのレコ屋の音がする
ペイヴメント解散後のスティーヴン・マルクマスの活動をそれほど熱心に追ってきた訳でないけれど、ぱらぱらと届けられるソロ名義やバンド名義(スティーヴン・マルクマス&ジックス)のアルバムを耳にする度に思ってきたのは、〈ああ、アメリカのレコ屋の音がするなあ〉ってことだった。ロスアンジェルスのエイロンズ(Aron’s)とか、サンフランシスコのアメーバ(Amoeba)とか、テキサス州オースティンのウォータールー(
Waterloo)とか、長らく行ってない各地のレコ屋を思い出す。行ったらこれ、かかってそうだなと。マルクマスのアルバムに注入されたロック・ヒストリーのいろんな要素が、レコ屋の壁に並ぶあれやこれやの名盤や珍盤を彷彿させるせいもあるだろう。
66年生まれのマルクマスは今年で54歳。2010年代になってからはベルリンで何年かを過ごしていたようで、2014年のバンド名義の『Wig Out At Jagbags』はベルギーやオランダで録音されていた。2018年の『Sparkle Hard』ではアメリカに戻り、オレゴン州ポートランドのディセンバリスツのスタジオで録音。ここから急に制作意欲に火がついたようで、2019年にはソロ名義でアルバム『Groove Denied』を発表した。これはベルリン在住時に受けた影響を反映したと思われる作品で、ノイジーでリズミックなエレクトロ・サウンドに彩られていた。往年のD.A.F.を思い起こすような妖しさも漂う。でも、置かれる売り場が少し移動しただけで、やはりアンダーグラウンド系の品揃え豊富なレコ屋で聴こえてきそうな音だった。
1曲目から100本くらいの弦が鳴り響く
そして、2020年には再びソロ名義のアルバム『Traditional Techniques』が到着。これがまた面白い。サウンドは一転、アコースティックに。サイケ〜アシッド的なムードもあるフォーク・ロック作品だが、60年代風のそれを奏でるだけのレトロスペクティヴなものではない。踏み込みの深い、マルクマスの新しいチャレンジを感じさせる仕上がりだ。
冒頭から何種類もの弦楽器が鳴り響く。ギター、12弦ギター、レゾネイター・ギター、ペダル・スティール・ギター。シタールのようなサウンドはアフガニスタンの伝統楽器、ルバーブだと思われる。この“ACC Kirtan”という1曲だけで、全部で100本くらいの弦が鳴っていそうだ。
中近東、東欧、北アフリカなどの音楽要素が交錯
レコーディングは『Sparkle Hard』と同じくディセンバリスツの本拠であるポートランドのハーフィング・スタジオで行われているが、今回はバンドを伴わないソロ・アルバム制作。重要なパートーナーは3人いる。ディセンバリスツのマルチ・インストゥルメンタリスト、クリス・ファンク、ボニー・プリンス・ビリーなどと活動するギタリストのマット・スウィーニー、そして、アフガン系アメリカ人のルバーブ奏者、カイス・エサーだ。
アルバムのアイデアはたぶん、『Sparkle Hard』の制作中に生まれたのだろう。マルクマスはディセンバリスツのスタジオに置いてある数多くのアコースティックな弦楽器に興味を惹かれた。さらに、そこでカイス・エサーが率いるアフガン系のグループとも出会ったようだ。
カイス・エサーのルバーブの響きに象徴されるように、このアルバムでマルクマスが追求するフォーク・ロック・サウンドは、60年代的なアシッド〜サイケの再現だけでは終らない。その背景にあった民俗音楽への憧憬をより深化させていく試みにも思える。あるいは、ベルリン滞在経験が中近東、東欧、北アフリカなどの音楽要素が交錯するこの『Traditional Techniques』にも作用しているのかもしれない。
フォーク・ロックが民俗音楽を探求してきた歴史
歴史を辿ってみると、1950年代から60年代にかけてのアメリカのフォーク・ブームは、世界の民俗音楽を知ろうという動きと隣り合わせだった。フォーク系のアーティストの拠点のひとつとなったエレクトラ・レコードの総帥、ジャック・ホルツマンは、クラシックや民俗音楽にも強い興味を持っていた。そのホルツマンが64年に民俗音楽や現代音楽のレーベルとして設立したのが現在のノンサッチ・レコードだ。
もっと歴史を遡ると、フォークという言葉の背景には、ヨーロッパのクラシック音楽における国民学派の存在も浮かび上がる。採集した民衆歌などの中に作曲の素材を求めたブラームスやドヴォルザークやバルトークはアメリカ音楽にも強い影響を与えた。ベラ・バルトークは1940年にナチスの台頭を嫌って、ハンガリーからアメリカに移住するが、初期のエレクトラ・レコードではその息子のピーター・バルトークがエンジニアとしてホルツマンを助けていた。
『Traditional Techniques』のフォーク・ロック・サウンドを彩るヘヴィーなエスニック性は、そんな歴史を思い起こさせるものでもある。サイケデリックももともとはロック・ミュージシャンの民俗音楽への興味から生まれたものだった。ディセンバリスツのスタジオで各種の伝統的な弦楽器に触れる中で、マルクマスにもそんな歴史と交差する啓示が訪れたのかもしれない。クリス・ファンク、マット・スウィーニーとともに〈オレはこれを弾く、じゃあ、オレはこれを弾いてみる〉みたいに弦楽器をとっかえひっかえしたレコーディング風景が目に浮かぶ。
やっぱりレコ屋の似合う音
ただし、『Traditional Techniques』のトラディショナルは別の伝統を意味していそうでもある。2曲目の“Xian Man”は北アフリカっぽいギター・リフを持つワンコードの曲だが、うねりまくるソロ・ギターはバッファロー・スプリングフィールド時代のニール・ヤングのよう。そして、〈オレはマイルス・デイヴィス、オマエラの誰よりもイカシテル〉なんて歌詞が出て来たかと思えば、ダブ的なエコー・サウンドの飽和が訪れる。前作『Groove Denied』のひりひりするようなエレクトロ・サウンドの残り香も感じられて、このアルバムもまたレコ屋の一角で耳にしたら、めちゃめちゃ似合いそうな音だ。
ダルな歌い口の中に壊れたユーモアとセンチメントをちりばめるマルクマスのソングライティングを含めて、すべてはオレ達の世代の伝統技術。アルバムを聴き進むにつれ、そういうニュアンスも増してくる。8曲目の“Brainwashed”にはブレイク・ミルズとスプーナー・オールダムも参加。渋いブルーズ・フィーリングを放ったかと思えば、10曲目の“Amberjack”はディープにニューエイジっぽい。マルクマスにはこんな引き出しもあったかのかと驚嘆する。こんな意欲作を3年連続でリリースしている同世代のロック・ミュージシャンが他にいるだろうか。ペイヴメント時代からのファンにも、まったく知らないという若い人にも、これは強いインパクトを持ちそうなアルバムだと思う。
