ペイヴメントがプロデューサーのナイジェル・ゴドリッチと作り上げた5作目にして、現状最後のアルバム『Terror Twilight』(99年)。リリースから23年後のいま、本作がついに『Terror Twilight: Farewell Horizontal』としてリイシューされた。

スティーヴン・マルクマスの洗練の域に達したソングライティングとウェルメイドな仕上がりによって特に後追い世代から高く評価されている『Terror Twilight』だが、今回収録された数多くのデモやライブ音源などと併せて聴くことで、作品の背景や制作過程がが浮き彫りになってくるのが生々しい。さらに、2023年の来日公演の開催も発表されたこともあって、ペイヴメントというバンドを振り返るにはいまが絶好のタイミングだと言えるだろう。

そこで、今回はこの『Terror Twilight: Farewell Horizontal』のリリースを記念して、音楽評論家の岡村詩野と音楽ライター/編集者の小熊俊哉の対談をお届けする。ファーストアルバム『Slanted & Enchanted』(92年)の頃からバンドを知る岡村と、後追いで彼らの音楽を聴いた小熊。99年当時のムードから再評価の視点まで、『Terror Twilight』という作品と稀有なバンドの在り様について、2人が多角的に語った。

PAVEMENT 『Terror Twilight: Farewell Horizontal』 Matador/BEAT(2022)

 

ペイヴメントは試金石だった

――『Terror Twilight』がリリースされた99年、岡村さんは「ミュージック・マガジン」でスティーヴン・マルクマスにインタビューされたそうですね。

小熊俊哉「昔どこかで読んだのを思い出して、この対談のために99年6月号を入手したんですが、リード文の出だしから興味深かったです。〈またナイジェル・ゴドリッチか。と、正直、ちょっとうざったく思っていた〉っていう」

岡村詩野「ナイジェル、売れっ子でしたからね」

小熊「もちろん、ここを後追いがツッコむのは野暮ですよ。そうではなく、99年当時のリアルな感覚が反映されたテキストだと思ったんです。たとえば、ナイジェルの音作りについても、当時の岡村さんは〈主張や個性がなさ過ぎる〉と書かれていますが、『Terror Twilight』以前のプロデュース作だけを聴いて、彼の個性を論じるのは難しそうな気がします」

岡村「その頃彼が手がけた作品は、レディオヘッドの『OK Computer』(97年)、ベックの『Mutations』(98年)、あとはR.E.M.の『Up』(98年)※とかですよね。これらの作品を聴くと〈職業プロデューサーなんだな〉と思いますし、私の周囲では〈オーバープロデュースをする人〉という評価もあった。

とはいえ、ナイジェルがプロデュースしたことによって、レディオヘッドのファンがペイヴメントを聴く流れが明確にあったんですよね。なので、この後ペイヴメントは解散しますが、レーベルのマタドールの思惑はある程度叶えられたんじゃないかなと」

※ナイジェル・ゴドリッチはR.E.M.『Up』ではエンジニアリングを担当した

『Terror Twilight: Farewell Horizontal』収録曲“Major Leagues”

小熊「99年の空気がよくわかりますね。それこそ、このインタビューで、マルクマスは『OK Computer』について〈みんなが騒ぐほど素晴らしいものでもないって思っていたんだ〉とも話していますし、当時はまだいろいろと評価が定まっていなかったのは前提として大事かなと。

ペイヴメントって、岡村さんのようにリアルタイムで聴いた世代、僕のように最初の再結成(2010年)に間に合った後追い世代、それからもっと若い10~20代のファンがいて――スーパーオーガニズムの今度出る新作『World Wide Pop』にマルクマスが参加していたり、ビーバドゥービーが”I Wish I Was Stephen Malkmus”(2019年)なんて曲を作っていたりもする。おそらくですが、それぞれの世代が抱いているペイヴメント像や彼らに期待しているものが、全然ちがうんじゃないかなと」

スーパーオーガニズムの2022年作『World Wide Pop』収録曲“It’s Raining (feat. Stephen Malkmus & Dylan Cartlidge)”

ビーバドゥービーの2019年のEP『Space Cadet』収録曲“I Wish I Was Stephen Malkmus”

岡村「そうですね。私、93年に渋谷のCLUB QUATTROでの初来日公演を観たんですけど、そのライブがものすごく賛否両論だったんですね。当時はギャリー・ヤングっていう一人だけ年齢が上のドラマーがいて、彼はステージ上で花をバッと撒き散らすだけとか、とにかくやる気がない感じなんですよ(笑)。それ以外のメンバーも上手いのか下手なのかさえもわからないくらい、ハチャメチャな演奏だった。〈ローファイ〉と言えば聞こえは良いけど、そういうものに免疫がない人が圧倒的に多くて、〈ちゃんとやれ!〉と本気で怒っていたお客さんもいたんです。私は面白いと思ったし、〈新しい時代が確実に来ている〉と感じたので、時代の分岐点だと思いましたよ。それくらい、ペイヴメントは試金石のようなバンドだった」

小熊「羨ましい! そのライブを目撃しているかどうかで、印象が大きく変わりそうですね」

岡村「そう。その後、どんどん普通のバンドらしくなっていったから」

 

『Terror Twilight』こそ最高傑作?

小熊「そういった変化をどう捉えるかが、ポイントなのかもしれないです。ペイヴメントには、〈ちょっと捻くれた、良い曲を書くバンド〉という側面もあるはずで。その魅力がわかりやすい形で表れたのが、この『Terror Twilight』なのかなって。ペイヴメントらしさが失われたという意見が根強くある一方で、このアルバムがいちばん好きという人も少なくないですよね」

――Homecomingsの福富優樹さんは、『Terror Twilight』がフェイバリットだと言っていますね。

小熊「スカートの澤部渡さんも、他の作品はよくわからなかったけど、『Terror Twilight』で初めて良さがわかったとOTOTOYのインタビューで話していました。岡村さんはどうですか?」

岡村「当時もいまも、悪いアルバムだとは思っていないんです。最初に聴いたときは、ポール・マッカートニーの初期作品みたいだと思いました。スティーヴンのソングライティングが洗練されていて、ポップソングをちゃんと書ける人なんだと思ったし、その魅力が出ているアルバムだなと。

ただ、実は、そのときにやったインタビューって、私自身あまり記憶にないんです(笑)。でも、初来日時に『DOLL』でやったインタビューはすごく面白い内容で、いまでも印象に残っています。気の赴くまま演奏することについて、〈何かに従ってしまうことはロックでもなんでもない〉と言っていて、すごくかっこよかったんですね。

それが、『Brighten The Corners』(97年)の辺りから整然としたサウンドになってきて、物足りなく感じたファンは多いと思います。私も、やっぱり『Slanted & Enchanted』が大好きですからね」

92年作『Slanted & Enchanted』収録曲“Here”

 

バンドの苦悩が生んだ傑作

岡村「ただ、90年代後半って、ペイヴメントと比較されることが多いセバドーを含めて、多くのバンドがメロディックなアプローチをした時代でした。好き放題に感情の赴くまま自由にやっていたバンドが、産業化されたオルタナティブロックのフォーミュラに従わざるをえなくなって、窮屈になった時代ですよね。ペイヴメントにはスティーヴン、セバドーにはルー・バーロウという優れたソングライターがいたので作品性の高いものを残せましたが、一方でそれ以前のガレージバンド的な面白さはどんどん失われていった。90年代後半は、そうしたインディーバンドにとって、大概が悩ましい時期だったんじゃないかなと思います」

セバドーの99年作『The Sebadoh』収録曲“Flame”

小熊「スラッカー(無気力)世代などと呼ばれたアーティストが、成熟していくか、もしくは第一線からフェードアウトしていった時期でもありますよね。たとえば、ベックが『Mutations』でタッグを組んだナイジェルとともに『Sea Change』(2002年)で円熟期を迎えたのは象徴的だし、ドキュメンタリー(『ビースティ・ボーイズ・ストーリー』)でも描かれていたように、ビースティ・ボーイズが悪ガキから大人になっていったのも無関係な話ではない気がします。

ベックの98年作『Mutations』収録曲“Cold Brains”

ただ、そこから音楽的に面白くなったかどうかは、人によってさまざまですよね。ペイヴメントの場合、はたしてどうだったのか」

――今回のリイシューのライナーノーツに収録されたメンバーのボブ・ナスタノビッチ、マーク・イボルド、スティーヴ・ウエストによる鼎談を読むと、バンドとしてあまりうまくいっていなかったことを感じます。

小熊「しかも、マルクマスは『Terror Twilight』を気に入ってなくて、〈10万ドルを費やしたオーバープロデュースのレコード〉とまで言っている(笑)。なぜか『Terror Twilight』だけリリースから10周年のタイミングではリイシューされなかったことも、バンド内の評価を物語っていますよね。岡村さんが先ほど指摘した〈窮屈さ〉は、この時期のペイヴメントに思いっきり反映されている。

ただ、僕としては、その窮屈さが逆に心地よかったりもするんですよ。悶々としていて煮え切らない、不思議なフィーリングがありますから」

――スパイラル・ステアーズことスコット・カンバーグがこのアルバムだけ曲を書いていない、というメンバーの対立を感じさせるエピソードもありますね。

岡村「スコットにとって、いちばんつまらなかったアルバムでしょうね。

多くのアーティストを商業的に成功させてきたナイジェル・ゴドリッチという外部プロデューサーを呼んで、お金をかけて、ちゃんとしたものを作らなきゃいけない、という制約のなかでバンドはもがいていたわけです。メンバーにとっては思い出したくもない作品かもしれないけれども、ただダメなアルバムなのかと言ったらまったくそんなことはない。本人たちの思惑とはちがうけど、出来上がったものが非常に良いというのはありがちですよね。すべてがうまくいっている状態で良いものが作れた試しはない、とも言われるじゃないですか」

 

ナイジェル・ゴドリッチが考えた曲順の是非

小熊「あと、今回のリイシューを語るうえで避けて通れないのが、曲順ですよね。1曲目に“Spit On A Stranger”という名曲があることでこのアルバムは〈メロウな作品〉として認識されてきたと思うんですけど、これはスコットが後から考えた曲順で、元々ナイジェルはまったく別のトラックリストを用意していた、という」

『Terror Twilight: Farewell Horizontal』収録曲“Spit On A Stranger”

――アナログ盤と配信は、ナイジェル案の曲順になっています。〈冒頭に力強い曲を配置してリスナーを引き込みたかった〉と、ライナーノーツのインタビューで語っていますね。

小熊「ここも意見が割れそう(笑)」

岡村「全然話が逸れますけど、先日リリースされた『NIAGARA TRIANGLE Vol. 2』の40周年盤に、『EACH TRIANGLE 2』という大滝詠一さんが当初考えていた内容のディスクが収録されているんですね。で、『ミュージック・マガジン』2022年4月号のレビューでは、そういう〈本来はこの曲順だった〉というのを知ることができて面白い、という趣旨のことを書いたんです。

でも、結局のところ、オリジナルの曲順がやっぱり最終的には良いって思っちゃうんですよね。レコード会社の意向を汲んでこの曲順になったとか、そういういきさつがあろうと、最初に出たものがすべてだ、という思いがあります。というのも、その時代にその作品が産み落とされたことは必然で、ドキュメントとして重要だからなんですよね」

小熊「そうですよね。メロウな“Spit On A Stranger”で始まって、緩くてファニーな“Carrot Rope”で終わるスコット案は、実にペイヴメントらしい物語だなと。かたやナイジェル案は、『OK Computer』的な発想だと思いました。前半はヘビーで混沌としていて、後半にメロディアスな曲を配置するっていう」

『Terror Twilight: Farewell Horizontal』収録曲“Carrot Rope”

――聴き比べると、全然印象がちがいますよね。

小熊「そう思います。ナイジェル案で1曲目になっている“Platform Blues”は、元々“Ground Beefheart”というタイトルで、元ネタはキャプテン・ビーフハートですよね。彼らは、最後の最後までアバンギャルドで屈折した側面とメランコリックで叙情的な側面を持ち合わせていて、そのどちらを重要視したのかという話なのかなと」

『Terror Twilight: Farewell Horizontal』収録曲“Carrot Rope”

 

オルタナバンドが商業化の波に飲まれた90年代後半

岡村「『Terror Twilight』は、当時は何枚くらい売れたんでしょう?」

――ウィキペディアによると、ビルボードチャートで95位、UKチャートで19位、14万枚売れています。アメリカのチャート成績は『Brighten The Corners』の70位が最高で、売上枚数は『Crooked Rain, Crooked Rain』の33万枚が最大。『Terror Twilight』は全5作のなかで、累計でもっとも売れていないアルバムですね。とはいえ、ナイジェルが〈とっつきにくいバンドだから間口を広くしたかった〉と語っているとおり、後追い世代にも受け入れられる懐の深さがあると思うんです。

岡村「そうですよね。実際、“Spit On A Stranger”は多くのバンドがカバーしていますしね。ニッケル・クリークとか」

小熊「パンチ・ブラザーズのクリス・シーリーも在籍していたブルーグラスバンドですよね」

ニッケル・クリークの2002年作『This Side』収録曲“Spit On A Stranger”

岡村「そういうところにリーチしたという意味では、成功したと思うんです。それが最後の作品になったことは、なんとも皮肉ではあるんですけど。予算をかけて、プレッシャーのなかで制作した作品が全米95位だったら、続けていく理由がなかったのかもしれませんね」

――90年代後半から2000年代前半といえば、メインストリームではニューメタルやラップメタル、いま再評価されているポップパンクが売れていた時期ですよね。それもあって、90年代前半までにそれぞれのやり方で活動していたオルタナバンドの今後が問われた、とも言えます。

岡村「さっき言ったとおり、80年代や90年代前半からDIYでやってきたバンドが、90年代後半に、オルタナの商業化の波に飲み込まれていったわけですよね。〈オルタナが売れる、金になる〉と気づいたレコード会社は、〈どうすればもっと売れるのか〉って考えた。そうなると、サウンドを整えてわかりやすいプロダクションにするとか、メロウにするとか、そういう工夫が求められるようになる。

でも、それによってアーティスト自身にも気づきが生じて、音楽性の裾野が広がっていく結果がついてくることもある。ベックが、その最たる例かもしれません。だから、90年代は、みんなが試されたところはあったと思いますよ」

 

プロになりきれなかった愛すべきダメなバンド

小熊「99年の重要作も振り返ってみましょうか。まず、ビルト・トゥ・スピルの『Keep It Like A Secret』。ペイヴメント以降に出てきたUSインディーバンドの最高傑作でしょうね」

岡村「リリースはメジャーのワーナーからでしたよね。一度メジャーから切られて、最近はダニエル・ジョンストンのカバー集(2020年作『Built To Spill Plays The Songs Of Daniel Johnston』)を出したりしていましたけど、先頃ニューアルバム『When The Wind Forgets Your Name』がサブ・ポップからリリースされるとアナウンスがありました」

ビルト・トゥ・スピルの99年作『Keep It Like A Secret』収録曲“Carry The Zero”

小熊「そうですね。あと、ウィルコの『Summer Teeth』」

岡村「ウィルコは……ちょっと別枠ですよね(笑)。その後の音作りや作品への挑戦、その成功と発展、影響力の規模が桁違いだと思います」

ウィルコの99年作『Summer Teeth』収録曲“How To Fight Loneliness”

小熊「そして、ホワイト・ストライプスのデビュー作『The White Stripes』。あとは、フレーミング・リップスの『The Soft Bulletin』とステレオラブの『Cobra And Phases Group Play Voltage In The Milky Night』も」

岡村「初期のホワイト・ストライプスは日本ではまだほとんど知られていなかったので比較は難しいんですけど、フレーミング・リップスも実は『The Soft Bulletin』以前はそこまで日本で認知されていませんでした。

ホワイト・ストライプスの99年作『The White Stripes』収録曲“The Big Three Killed My Baby”

フレーミング・リップスの99年作『The Soft Bulletin』収録曲“Race For The Prize”

ステレオラブの99年作『Cobra And Phases Group Play Voltage In The Milky Night』収録曲“The Free Design”

同時代性ということで言うと、『Terror Twilight』にはハイ・ラマズのメンバーが参加していますよね」

――ドラマーのドミニク・マーコットですね。

岡村「さらに、レディオヘッドのジョニー・グリーンウッドも参加しています。当時は、フレーミング・リップスやマーキュリー・レヴのように、サイケデリックで密室的かつ音響的で、オーケストラルなニュアンスの音作りで、立体的で室内楽的な作品を作るバンドが増えていた印象です。

マーキュリー・レヴの98年作『Deserter’s Songs』収録曲“Goddess On A Highway”

あとは、サウンドにもう少しおもちゃっぽい面白さがあったバンドたちがいて――アップルズ・イン・ステレオとかオリヴィア・トレマー・コントロールとか、エレファント6周辺のインディーバンドですね。そういう状況が並行してあって、主役が移り変わっていく時代だったのかなという気がしますね」

アップルズ・イン・ステレオの99年作『Her Wallpaper Reverie』収録曲“Strawberryfire”

オリヴィア・トレマー・コントロールの99年作『Black Foliage: Animation Music Volume One』収録曲“Hideaway”

小熊「初期作はローファイやノイズの文脈で語られていたフレーミング・リップスやマーキュリー・レヴが、この時期に新たな方向性を確立したのもペイヴメントと対照的ですね」

岡村「さらに、レディオヘッドとナイジェル・ゴドリッチ、フレーミング・リップスやマーキュリー・レヴとデイヴ・フリッドマン、ステレオラブとジョン・マッケンタイアのように、バンドがプロデューサーと一緒に成長したり変化を遂げたりしていった時代でもあった。当時は、いま以上にガレージから出てきた右も左もわからないロックバンドがプロフェッショナルのプロデューサーと組んで、作品性の高いものを生み出していた時代だとも言えます。

そういう時代に、『Terror Twilight』ではスティーヴンのソングライターとしてのポテンシャルの高さが良い形で引き出されたけれども、一方でバンドサウンドのハチャメチャな面白さを形にするのは難しくなっていった。一つの部分を伸ばしたら他の部分が失われるというのは、難しい問題ですよね」

小熊「ここでドミニク・マーコットが助太刀しているのは、何もかもがデタラメだった初代ドラマー、ギャリー・ヤングの代わりに入ったスティーヴ・ウェストですら、ナイジェルから見たら厳しいものがあった、ということでもありますよね。

意地悪な言い方をすると、ペイヴメントは結局、プロにはなれなかった。だからこそ、ペイヴメントはいまもアイコンとして愛され続けている。愛すべきダメなバンドのまま終わったからこそ、伝説になったのかもしれないですよね」

 

家族のようなバンドにして独立独歩の存在、ヨ・ラ・テンゴとの対比

岡村「それと対比するわけでもないですけど、同じ時期にマタドールに所属していたヨ・ラ・テンゴとのキャリアの分岐がありますよね。そのヨ・ラ・テンゴは、この時代に非常に重要な作品を多く残し、その存在感を揺るぎないものにしました」

小熊「しかも、実験精神を忘れることなく、創作ペースをずっとキープしてますよね」

岡村「ええ。ヨ・ラ・テンゴって、人気が衰えないし駄作もないですし、メンバーは家族みたいな関係性ですけど、その当たり前の安定感に安住せず、常に新しいこともやりつづけて、ちゃんと成功しているバンドですよね。

ヨ・ラ・テンゴの97年作『I Can Hear The Heart Beating As One』収録曲“Autumn Sweater”

これは穿った見方ですけど、当時レーベルのマタドールは、ペイヴメントにもそういう成長を期待していたのかな、という気もします。つまり、商業的な成功以外の付加価値や一味違うバンドになることを望んでいた、という」

小熊「それは面白い視点ですね。ヨ・ラ・テンゴを見ていると、独立独歩で続けることの大切さを痛感させられますから。ペイヴメントは、明らかにそういうバンドとはちがう」

――ヨ・ラ・テンゴとは対象的な、悪ガキどもって感じがしますね(笑)。

岡村「初来日のときは、まさに悪ガキどもでしたよ(笑)。

でも、最初からスティーヴンはちゃんとした美学を持ったミュージシャンという印象でした。だから、ヨ・ラ・テンゴと少し重なるようにも感じるんです。ヨ・ラ・テンゴには〈大人のバンド〉というイメージがあるけど、それはキャリアがそうさせているだけであって、彼ら自身は、心意気はずっとやんちゃなままなんですよ。独立独歩ではあっても、いつも時代にちゃんと沿った音作りをしている。奇跡的な存在とも言えますよね。ペイヴメントも、そうなっていく可能性があったと思います」

 

ブラーとの蜜月

――当時のペイヴメントといえば、ブラーに影響を与えた、というポイントもあります。

岡村「スティーヴンは、ブラーと仲が良かったですよね。ライナーノーツで〈スティーヴンはレコーディングでロンドンに行ったとき、エラスティカのジャスティーン・フリッシュマンのところに滞在していた〉とナイジェルが語っていて、〈ええっ〉と思いました(笑)。

当時のブラーは、特にギターのグレアム・コクソンがアメリカンオルタナからかなり影響を受けていて、ペイヴメントにものすごくシンパシーを感じていたようですね。そういう相思相愛の状況が、この時期にあったと」

ブラーの97年作『Blur』収録曲“Beetlebum”

小熊「ブラーの『13』がリリースされたのも、99年ですね。あれは、ある意味でペイヴメント的なサウンドの発展型だと思うんです」

ブラーの99年作『13』収録曲“Coffee And TV”

 

エリオット・スミスと並ぶ影響力の鍵はソングライティング

小熊「そういうふうに当時のペイヴメントにはかなり影響力があったと思うんですけど、たぶん当時のシーンに与えた影響と、いまのシーンに与えている影響もだいぶ異なるのかなって」

――昔の音楽誌を読むと、ペイヴメントについては演奏のヘロヘロさの話が多いんですよね。一方、最近は、マルクマスのソングライティングが評価されることが多い印象です。

岡村「その点でいくと、90年代に活動して一定の評価を得たアーティストで、いまだに圧倒的な影響力を持っているアーティストといえば、ペイヴメントと並んでエリオット・スミスなんじゃないかと思うんです。その2組に共通するものが何かと言ったら、やっぱりソングライティングですよね。つまり、結局のところ、良い曲を書ける人だという、それに尽きるんです。『Terror Twilight』のリリースから20年以上経って、ペイヴメントが良い曲を書く人がいたバンドだと評価されるのは、すごく自然なことです」

エリオット・スミスの97年作『Either/Or』収録曲“Between The Bars”

小熊「エリオット・スミスの音楽が現代にも受け継がれているというのは、すごくわかります。実際、フランク・オーシャンから現代ジャズのミュージシャンまで、いろいろな人が彼からの影響を語っていたりするので。でも、R.E.M.やソニック・ユースよりもペイヴメントのほうが影響力を持っている未来は、きっと90年代には想像できなかったと思います」

岡村「そうですね。あと、エモの文脈も、プラスにはたらいているんじゃないでしょうか。彼がやっていたヒートマイザーがエモ的なバンドだったことが、いまの時代における、共振できるポイントになっているというか」

ヒートマイザーの96年のシングル“Everybody Has It”

――それは、ジュリアン・ベイカーやフィービー・ブリジャーズのような現代のシンガーソングライターに通じる話ですよね。

岡村「本当にそうですね。『Terror Twilight』には、エモっぽさもありますから」

小熊「たしかに! いまの耳にはエモっぽく聞こえるかもしれない。ちなみに、ペイヴメントの曲でもダントツで再生回数が多いのは、“Harness Your Hopes”というこの時期のB面曲なんですよね。なぜかTikTokでバズったという。その辺も、エモや現代性の話と紐づけられそう。

99年のEP『Spit On A Stranger』収録曲“Harness Your Hopes”

 

『Terror Twilight』は90年代ロックの終着駅

小熊「あと、『Terror Twilight』を聴いて思い浮かべるのはXTCの『Skylarking』(86年)なんですけど、それも岡村さんの〈ポール・マッカートニー的〉という話と繋がってきますね。XTCもそうだし、エリオット・スミスもビートルズ直系のソングライターですからね」

XTCの86年作『Skylarking』収録曲“Dear God”

岡村「小熊さんが『Skylarking』を挙げたのは、プロデューサーとバンドの関係がもつれたからですか? 『Skylarking』は、XTCがトッド・ラングレンと揉めて物別れに終わったアルバムですし」

小熊「そうそう。もちろん、セールス的にV字回復したXTCに対して、ペイヴメントは解散していますし、リーダーの曲を多く採用したかしなかったかなど、明確なちがいもあるんですが」

岡村「でも、『Skylarking』って良いアルバムですから。そういうことですよね。さっきも言いましたけど、現場が良い雰囲気で、メンバーが満足して作り上げたアルバムが、必ずしも良いアルバムになるわけではない。現場が疲弊して、揉めに揉めて、みんながうんざりして、〈こんなのもう二度と聴きたくない〉って放り投げたアルバムが名盤になる。よくある話ですけど、だから面白いですよね、聴く側としては」

小熊「『Terror Twilight』は、その疲労感が歌詞にまで滲み出ていて、それがむしろ内省的でエモいという普遍性に繋がったのかもしれない。本人たちは、そんなアルバムを作ろうだなんて思っていなかっただろうけど(笑)」

岡村「スティーヴンに詩人としての感覚が芽生えてきていることを感じられますよね。初期の歌詞なんてかなり適当で、それは本人も認めていました」

――そうですね(笑)。初期の間の抜けたユーモアは、なくなっちゃいましたね。

岡村「初期の危うい面白さがなくなっていくのはどのバンドにも訪れる宿命で、『Terror Twilight』はそういうことを表しているアルバムだとも言えますよね」

小熊「それを乗り越えるバンドもいれば、乗り越えられないバンドもいる。ペイヴメントは乗り越えられなかったバンドですけど、ある意味、良かったのかもしれない。そこを乗り越えてしまったら、もはやペイヴメントではないですよ(笑)」

――バンドの物語としては、美しい5枚のディスコグラフィーではありますね。

小熊「本当に良い終わり方だと思いますし、いまこそ話したいと思わせる要素がたくさんあるアルバムだなって」

岡村「それはやっぱり、スタジオレコーディング作品としての面白さが、いちばんはっきり出ているアルバムだからじゃないですかね。評価が分かれている点を含めて、語るべきポイントが非常に多いわけです」

小熊「こうやって考えると、『Terror Twilight』は90年代ロックの終着駅なのかもしれないですね。時代の変わり目で居場所がなくなったバンドの最後の輝き、みたいな。だからこそ、意味のある作品とも言えるのかな」

記事で言及されたアーティストの楽曲+αを選曲したSpotifyプレイリスト

 


RELEASE INFORMATION

PAVEMENT 『Terror Twilight: Farewell Horizontal』 Matador/BEAT(2022)

リリース日:2022年4月8日
配信リンク:https://pavement.ffm.to/terrordeluxe

■国内仕様盤2CD
品番:OLE1799CDJP
価格:2,860円(税込)
解説/海外ブックレット翻訳付

■輸入盤2CD
品番:OLE1799CD
価格:2,650円(税込)

■輸入盤LP Box Set
品番:OLE1799LP(4LP)
価格:14,790円(税込)

TRACKLIST
CD
Disc 1
1. Spit On A Stranger – 2022 Remaster
2. Folk Jam – 2022 Remaster
3. You Are A Light – 2022 Remaster
4. Cream Of Gold – 2022 Remaster
5. Major Leagues – 2022 Remaster
6. Platform Blues – 2022 Remaster
7. Ann Don’t Cry – 2022 Remaster
8. Billie – 2022 Remaster
9. Speak, See, Remember – 2022 Remaster
10. The Hexx – 2022 Remaster
11. Carrot Rope – 2022 Remaster
12. Shagbag *
13. Be The Hook *
14. Spit On A Stranger – Echo Canyon *
15. Folk Jam – Echo Canyon *
16. You Are A Light – Echo Canyon *
17. Jesus In Harlem (Cream of Gold) – Echo Canyon *
18. Ground Beefheart (Platform Blues) – Echo Canyon *
19. The Porpoise And The Hand Grenade – Echo Canyon *
20. Rooftop Gambler – Jessamine *
21. Terror Twilight (Speak, See, Remember) – RPM *

Disc 2
1. Folk Jam Moog – SM Demo *
2. Rooftop Gambler – 2022 Remaster
3. Billy – SM Demo *
4. Spit On A Stranger – SM Demo *
5. You Are A Light – SM Demo *
6. Carrot Rope – SM Demo *
7. Decouvert De Soleil – 2022 Remaster
8. Cream Of Gold Intro – Jessamine *
9. Cream Of Gold – SM Demo *
10. Major Leagues – Demo Version – 2022 Remaster
11. Terror Twilight (Speak, See, Remember) – SM Demo *
12. Folk Jam Guitar – SM Demo *
13. The Porpoise And The Hand Grenade – 2022 Remaster
14. You Are A Light – Jackpot! *
15. Stub Your Toe – 2022 Remaster
16. Your Time To Change – 2022 Remaster
17. For Sale! The Preston School Of Industry – Jessamine *
18. Frontwards – Live *
19. Platform Blues – Live *
20. The Hexx – Live *
21. You Are A Light – Live *
22. Folk Jam – Live *
23. Sinister Purpose – Live *

*未発表音源

LP
A1. Platform Blues – 2022 Remaster
A2. The Hexx – 2022 Remaster
A3. You Are A Light – 2022 Remaster
A4. Cream Of Gold – 2022 Remaster
A5. Ann Don’t Cry – 2022 Remaster

B1. Billie – 2022 Remaster
B2. Folk Jam – 2022 Remaster
B3. Major Leagues – 2022 Remaster
B4. Carrot Rope – 2022 Remaster
B5. Shagbag *
B6. Speak, See, Remember – 2022 Remaster
B7. Spit On A Stranger – 2022 Remaster

C1. The Porpoise And The Hand Grenade – 2022 Remaster
C2. Rooftop Gambler – 2022 Remaster
C3. Your Time to Change – 2022 Remaster
C4. Stub Your Toe – 2022 Remaster
C5. Major Leagues – Demo Version – 2022 Remaster
C6. Decouvert de Soleil – 2022 Remaster

D1. Carrot Rope – SM Demo *
D2. Folk Jam Moog – SM Demo *
D3. Billy – SM Demo *
D4. Terror Twilight (Speak, See, Remember) – SM Demo *
D5. You Are A Light – SM Demo *
D6. Cream Of Gold Intro – Jessamine *
D7. Cream Of Gold – SM Demo *

E1. Spit On A Stranger – SM Demo *
E2. Folk Jam Guitar – SM Demo *
E3. You Are A Light – Echo Canyon *
E4. Ground Beefheart (Platform Blues) – Echo Canyon *
E5. Folk Jam – Echo Canyon *

F1. Ann Don’t Cry – Echo Canyon */#
F2. Jesus In Harlem (Cream of Gold) – Echo Canyon *
F3. The Porpoise And The Hand Grenade – Echo Canyon *
F4. Spit On A Stranger – Echo Canyon *
F5. Be the Hook *

G1. You Are a Light – Jackpot! *
G2. Terror Twilight (Speak, See, Remember) – RPM *
G3. Rooftop Gambler – Jessamine *
G4. For Sale! The Preston School Of Industry – Jessamine *
G5. Frontwards – Live *

H1. Platform Blues – Live *
H2. The Hexx – Live *
H3. You Are A Light – Live *
H4. Folk Jam – Live *
H5. Sinister Purpose – Live *

*未発表音源
#アナログ盤ボーナストラック

 

LIVE INFORMATION
PAVEMENT
JAPAN TOUR 2023

■大阪
2023年2月18日(土)大阪・難波 なんばHatch
開場/開演:17:00/18:00
スタンディング/2F指定:8,500円/9,500円(いずれも税込/ドリンク代別)
※未就学児入場不可
一般プレイガイド発売日:2022年4月30(土)
お問い合わせ(キョードーインフォメーション):0570-200-888

■東京
2023年2月15日(水)東京・後楽園 TOKYO DOME CITY HALL
2023年2月16日(木)東京・後楽園 TOKYO DOME CITY HALL
開場/開演:18:00/19:00
SS席/S席:9,500円/8,500円(いずれも税込/ドリンク代別)
※未就学児入場不可
一般プレイガイド発売日:2022年4月30(土)
お問い合わせ(クリエイティブマン):03-3499-6669

協力:ビートインク
制作・招聘:クリエイティブマン

https://www.creativeman.co.jp/event/pavement23/

 


PROFILE: PAVEMENT
ペイヴメントはマーク・イボルド、スコット・“スパイラル・ステアーズ”・カンバーグ、スティーヴン・マルクマス、ボブ・ナスタノビッチ、スティーヴ・ウエストからなる90年代USオルタナ、ローファイ・シーンを代表する伝説的5人組バンド。99年に解散するまで、『Slanted & Enchanted』(92年)、『Crooked Rain, Crooked Rain』(94年)、『Wowee Zowee』(95年)、『Brighten The Corners』(97年)、そして『Terror Twilight』(99年)という時代を代表する5枚のアルバムを発表。2010年には期間限定で再結成を果たし、ワールドツアーでは米セントラル・パークでの4公演がソールドアウトとなり、〈コーチェラ〉〈プリマヴェーラ・サウンド〉〈ピッチフォーク・ミュージック・フェスティバル〉など世界中のフェスティバルのトップバッターを飾るなど、時代を超えてなお90年代USアンダーグラウンドでもっとも愛されたバンドであることを証明した。そして2022年、長年待ち望まれてきたラストアルバム『Terror Twilight』のデラックスリイシューとともに、再び再結成ツアーで世界を回ることが発表されている。