ペイヴメントがプロデューサーのナイジェル・ゴドリッチと作り上げた5作目にして、現状最後のアルバム『Terror Twilight』(99年)。リリースから23年後のいま、本作がついに『Terror Twilight: Farewell Horizontal』としてリイシューされた。

スティーヴン・マルクマスの洗練の域に達したソングライティングとウェルメイドな仕上がりによって特に後追い世代から高く評価されている『Terror Twilight』だが、今回収録された数多くのデモやライブ音源などと併せて聴くことで、作品の背景や制作過程がが浮き彫りになってくるのが生々しい。さらに、2023年の来日公演の開催も発表されたこともあって、ペイヴメントというバンドを振り返るにはいまが絶好のタイミングだと言えるだろう。

そこで、今回はこの『Terror Twilight: Farewell Horizontal』のリリースを記念して、音楽評論家の岡村詩野と音楽ライター/編集者の小熊俊哉の対談をお届けする。ファーストアルバム『Slanted & Enchanted』(92年)の頃からバンドを知る岡村と、後追いで彼らの音楽を聴いた小熊。99年当時のムードから再評価の視点まで、『Terror Twilight』という作品と稀有なバンドの在り様について、2人が多角的に語った。

PAVEMENT 『Terror Twilight: Farewell Horizontal』 Matador/BEAT(2022)

 

ペイヴメントは試金石だった

――『Terror Twilight』がリリースされた99年、岡村さんは「ミュージック・マガジン」でスティーヴン・マルクマスにインタビューされたそうですね。

小熊俊哉「昔どこかで読んだのを思い出して、この対談のために99年6月号を入手したんですが、リード文の出だしから興味深かったです。〈またナイジェル・ゴドリッチか。と、正直、ちょっとうざったく思っていた〉っていう」

岡村詩野「ナイジェル、売れっ子でしたからね」

小熊「もちろん、ここを後追いがツッコむのは野暮ですよ。そうではなく、99年当時のリアルな感覚が反映されたテキストだと思ったんです。たとえば、ナイジェルの音作りについても、当時の岡村さんは〈主張や個性がなさ過ぎる〉と書かれていますが、『Terror Twilight』以前のプロデュース作だけを聴いて、彼の個性を論じるのは難しそうな気がします」

岡村「その頃彼が手がけた作品は、レディオヘッドの『OK Computer』(97年)、ベックの『Mutations』(98年)、あとはR.E.M.の『Up』(98年)とかですよね。これらの作品を聴くと〈職業プロデューサーなんだな〉と思いますし、私の周囲では〈オーバープロデュースをする人〉という評価もあった。

とはいえ、ナイジェルがプロデュースしたことによって、レディオヘッドのファンがペイヴメントを聴く流れが明確にあったんですよね。なので、この後ペイヴメントは解散しますが、レーベルのマタドールの思惑はある程度叶えられたんじゃないかなと」

※ナイジェル・ゴドリッチはR.E.M.『Up』ではエンジニアリングを担当した

『Terror Twilight: Farewell Horizontal』収録曲“Major Leagues”

小熊「99年の空気がよくわかりますね。それこそ、このインタビューで、マルクマスは『OK Computer』について〈みんなが騒ぐほど素晴らしいものでもないって思っていたんだ〉とも話していますし、当時はまだいろいろと評価が定まっていなかったのは前提として大事かなと。

ペイヴメントって、岡村さんのようにリアルタイムで聴いた世代、僕のように最初の再結成(2010年)に間に合った後追い世代、それからもっと若い10~20代のファンがいて――スーパーオーガニズムの今度出る新作『World Wide Pop』にマルクマスが参加していたり、ビーバドゥービーが”I Wish I Was Stephen Malkmus”(2019年)なんて曲を作っていたりもする。おそらくですが、それぞれの世代が抱いているペイヴメント像や彼らに期待しているものが、全然ちがうんじゃないかなと」

スーパーオーガニズムの2022年作『World Wide Pop』収録曲“It’s Raining (feat. Stephen Malkmus & Dylan Cartlidge)”

ビーバドゥービーの2019年のEP『Space Cadet』収録曲“I Wish I Was Stephen Malkmus”

岡村「そうですね。私、93年に渋谷のCLUB QUATTROでの初来日公演を観たんですけど、そのライブがものすごく賛否両論だったんですね。当時はギャリー・ヤングっていう一人だけ年齢が上のドラマーがいて、彼はステージ上で花をバッと撒き散らすだけとか、とにかくやる気がない感じなんですよ(笑)。それ以外のメンバーも上手いのか下手なのかさえもわからないくらい、ハチャメチャな演奏だった。〈ローファイ〉と言えば聞こえは良いけど、そういうものに免疫がない人が圧倒的に多くて、〈ちゃんとやれ!〉と本気で怒っていたお客さんもいたんです。私は面白いと思ったし、〈新しい時代が確実に来ている〉と感じたので、時代の分岐点だと思いましたよ。それくらい、ペイヴメントは試金石のようなバンドだった」

小熊「羨ましい! そのライブを目撃しているかどうかで、印象が大きく変わりそうですね」

岡村「そう。その後、どんどん普通のバンドらしくなっていったから」