一度聴いたら耳から離れなくなる良質なメロディーと叙情性に溢れた歌詞、そして朴訥としていながらも艶やかな質感を湛えた歌声で、多くのリスナーを魅了してきたシンガー・ソングライター、よしむらひらく。くるりの佐藤征史やスピッツの草野マサムネからも称賛されてきた彼をひと言で表すなら、〈独特な歌の響かせ方をするミュージシャン〉とでも言えようか。のたうつようなギター・サウンドから繊細な歌心が顔を覗かせたりする際にふとエリオット・スミスを連想することもある、と書けばどんな音楽を奏でているかが少しは伝わるかもしれない。

この春は、2011年にデビューする前の音源をまとめた〈Hiraku Yoshimura Archives〉シリーズを配信でリリース。5週にかけて100曲を超える楽曲を世に放つなど、積極的かつ意欲的なアクションが目についた彼だが、その一連の活動のクライマックスとなる3年ぶりの新作『travel intermediate』が到着した。振り返ればセカンド・アルバム『CELEBRATION』(2017年)を発表したのち、同年の11月からしばらく活動休止に入っていたよしむら。2019年に復活した際に携えていた新曲“君が踊り続けられるように”は、しなやかなポップネスを纏ったこれまでと色合いを異にする楽曲に仕上がっており、ちょっとした驚きを運んでくれた。あれから1年、活動再開後初となるフル・アルバムから見えてきたのは、いっそう浸透力を増したヴォーカルとこれまでになく開かれた歌世界であった。

ギタリストの西田修大(中村佳穂、君島大空など)やドラムスの岸田佳也(トクマルシューゴ、butajiなど)といった参加メンバーたちの躍動的な演奏、スーパーノアの井戸健人に依頼したマスタリングなどすべてがガッチリ噛み合った感のあるこの充実作がどのように生まれたのか。非常事態宣言が出されていたなか、ZOOMでのリモート・インタビューを行った。

よしむらひらく 『travel intermediate』 スタジオローサ(2020)

聴いてくれる人に対して、しっかりと襟を正そうと思った

――まず伺いたいのは、最近はどう過ごしてらっしゃったかということなんですが。

「ここ数か月は過去作の配信を行っていたので、社会との繋がりは感じられていましたね(笑)。ライブが4本ほど飛びましたけど、もともと仕事をするのが自宅だったので外出できないこともさほど困らなかったし、打撃はなかったですね」

――それは何よりです。ところでミュージシャンとしてコロナ禍に揺れる現状をどう捉えていらっしゃいますか?

「皆さんが感じていらっしゃることとそんなに大差はないと思うんですが……。僕、デビュー・ミニ・アルバム(2011年作『はじめなかおわり』)が東日本大震災の影響で発売延期になっているんです。リリースしたけれどもプロモーション活動がぜんぜんできない――そういうデビューを一度経験しているので、あのダメージと比べたら……。あのときのアティテュードの示し方とはけっこう近いものがあるかなぁ」

2011年のミニ・アルバム『はじめなかおわり』収録曲“夜風に吹かれて”
 

――よしむらさんには“tokyo2012”(『2012EP』収録)という曲もありますし、先に公開されたデビュー前の音源を集めた〈アーカイヴス〉にも“Tokyo 2011”、“Tokyo Baiu”といったタイトルの曲が収録されていました。曲作りにおいて〈東京〉からインスピレーションを得てきたと思うんですが、いまこの街の雰囲気からどんなものを受け取っているのかなって。

「現時点ではこの状況を曲作りに結び付けようという考えはないですね。というのも最近は〈人生の何でもかんでもが歌になる〉っていうスタンスから徐々に遠ざかっていまして。特に今回の新作から少しずつそういう傾向になった感がある。音楽は音楽として存在すべきって考え方が、音楽にとっても健康的なんじゃない?って考えるようになっていて」

――へぇ~。それってよしむらさんのなかで作家性がより大きくなっていることでもあるんでしょうか?

「客観的に見ればそういうことかもしれない。それよりも、これまで長い間持ち続けていた〈何でも歌になるはず〉という思いが強すぎたのかも。もともと自分の過去の作品に対して、ああしたらよかったな、もっと良く出来たんじゃないか?ってクヨクヨ考えちゃうタイプなんですが、今回はそこから離れることができたというか、過去の反省を活かせたアルバムと言えるかも。いままでは反省を活かせないことが何よりも反省すべき点だったんです。でも今回はそこをクリアできた初めてのアルバムで」

――反省点となっていたのは〈もっと自分を掘り下げることができたんじゃないか〉という類いのものか、それとも〈もう少し曲と距離感を取るべきだったのでは〉というような類いのものか、どっちなんでしょう。

「どっちかというと後者ですね。〈いかにして深く潜るか〉ってことよりも、〈聴いてくれる人に対してしっかりと襟を正す〉というような部分ですかね。見知らぬ人にいきなり身の上話をするようなことってそもそも礼儀としておかしいよね、みたいな(笑)。歌の中のことだから何を言ってもたぶん許されるだろう、って気持ちがどこかにあった気がするんですけど、音楽の本質ってそこではないんじゃないか?ってここ1、2年はよく考えていました。そういうこともあって、曲作りというより録音とミックスにいままで以上に時間をかけることになったんですけど」

――なるほど。そういった発想の転換に、先ほど話に出た〈アーカイヴス〉の配信作業で、過去とじっくり向き合ったことも関与していますか?

「過去作の配信のプランは、アルバムのレコーディングが終わったあとだったので直接は関係ないかもしれない。ただいままで隠すように所持していた過去の楽曲を聴いてもらいたいという気持ちに至ったのは、もしかしたら繋がりがあるのかも。過去作とはかなり違う内容のニュー・アルバムが作れたという実感が得られたからこそ、そこへ到達することができたんじゃないかと」