上昇と下降を繰り返せど、選ばれしアイコンは圧倒的に君臨する。希望と情熱に満ちた10年ぶりのニュー・アルバム!

 ブジュ・バントンの10年ぶりのアルバム、『Upside Down 2020』が絶好調だ。前作『Before The Dawn』がリリースされたときは存在しなかった各ストリーミング・サーヴィスのチャートにランクインし、米Rolling Stone誌や英The Guardian紙など、レビューで軒並み高評価をつけている。音楽業界は10年で劇的に変わる。ジェイ・Zが率いるロック・ネイションと契約して万全の制作と宣伝体制があるとはいえ、麻薬取引に関与した件で2年に渡る裁判と7年強の刑期を経て、まったくブレることなくパワーアップするのだから、やはり神に選ばれし人なのだろう。キングストンにいるブジュに電話で話を訊いた。

BUJU BANTON 『Upside Down 2020』 Gargamel Music/Roc Nation(2020)

 〈生き埋めにされたけれど、まだ息をしている〉という強烈なリリックの“Buried Alive”について訊いてみた。「みんな、生き埋めにされたような状況で生きている。大変な状況でも前進するしかないってこと。聖書にも書いてある通りだ」。音楽活動ができなかった刑務所にいた時期もそうだが、現在、世界的なコロナ禍で身動きが取れない状況を予言したかのような歌詞だ。ラスタファリアンのブジュは、確固たる世界観の持ち主だ。〈アップサイド・ダウン=ひっくり返る〉というタイトルの真意を尋ねたところ、「世界はすべて繋がっていて、人々の目の前にあるものはひっくり返っている。戦争が意味するところは平和だし、愛には憎しみが隠れているし、善と悪はセットだし、アップ(上昇)したらダウン(下降)するしかない。教科書に書いてあることを信じていたら、無知なまま、ぼんやりした世界から出られない」と説明してくれた。20曲中、半分の10曲がラスタのメッセージに衝き動かされたルーツ・レゲエだ。〈刻々と世界は変わっていく〉と歌う“World Is Changing”や、“400 Years”ではナイヤビンギのドラムに乗せて〈(奴隷制が続いた)バビロンで400年間を生き抜いた〉と歌い上げて、力強い。

 ブレないのは、制作陣も同じである。育ての親、ペントハウス・レーベルのドノヴァン・ジャーメインや、先ごろ他界したボビー・デジタル、旧友デイヴ・ケリー(ベイビー・シャム“Ghetto Story”など)、〈Diwali〉リディムを作ったレンキーなどのプロデューサー陣と、ジャマイカの一流ミュージシャンと一緒に作ったトラックは色彩豊か。ダンスホールとルーツ・レゲエを核に、スカやダブがバランス良く配合されていて、聴き飽きない。

 さらに色を添えるのが、プロデュースもしたファレル・ウィリアムス、ジョン・レジェンド、ステフロン・ドン、それから一緒に裁判を闘ったスティーヴン・マーリー。客演の相手を決める基準を聞いた。「俺には自分のスタイルも基準もある。そのスタンダードに見合わないのなら、条件が良くてもやる必要はない」とブジュ。イギリスで大人気のステフロン・ドンは、彼の眼鏡に適ったアーティストだ。出所後の復帰コンサートで、なんとブジュから出演依頼があったそう。「父の仕事の都合でオランダに住んでいたとき、周りにジャマイカ系の人がほとんどいなかったから、家で流れていたブジュ・バントンが私のジャマイカだった」とステフロンはインタビューで答えている。

 ブジュは、ガーガメル・レコーズを主催するプロデューサーであり、本作も12曲でプロデュースしている。

 「俺がやっているのは、ダンスホール・レゲエであって、ほかのジャンルのふりもしない。めざしているのは、時間に左右されないタイムレスな音楽だからね。俺はいつかこの世を去る。それでも、俺の音楽は残り、聴き続けられる。レゲエはタイムレスなんだ」とブジュ。名曲“Destiny”(97年作『Inna Heights』収録)で〈運命は自分で決める〉と宣言していた人である。「コロナ禍が収まったら、すぐにでも日本に行きたい。たくさんの思い出がある国だから、少しゆっくりしたいね」と親日家の面も見せてくれた。

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