いま注目のヒップホップ・シーン、ブルックリン・ドリル

2019年から急激に国際的な耳目を集めたヒップホップ/ラップ・ミュージックのローカル・シーンがある。そう、ブルックリン・ドリルだ。

〈NYドリル〉とも呼ばれるブルックリン・ドリルは、すでにFNMNLXXS Magazineといった国内メディアが取り上げているので、ご存知の方も多いだろう。また2020年2月、シーンの代表的なラッパーであるポップ・スモークがLAで銃撃されて、20歳の若さで命を落としたことは、皮肉にもその音楽が注目されるきっかけのひとつになったかもしれない……。

今回は、そのように話題のブルックリン・ドリル・シーンを代表する10曲を選んでみた。

 

シカゴからロンドン、そしてNYへ――ブルックリン・ドリルの成立

NY、しかもブルックリンという限定的な土地性やカルチャーと強く結びついたこの音楽/スタイルは、成立過程がとてもおもしろい。

そもそもドリル・ミュージックのオリジンはシカゴである。アトランタのトラップから強く影響を受け、〈Chiraq〉と呼ばれるほどに治安の悪いシカゴ南部で独自に発展したドリルは、ギャングスタ・ラップが2010年代において先鋭化したかたちである。ちなみに、Wikipediaによれば〈drill〉とは〈戦い〉や〈報復〉を意味するスラングだとか。

※〈シャイラク〉と読む。Chicago+Iraqの造語で、スパイク・リー監督による同名映画(2015年)もある

チーフ・キーフの2012年作『Finally Rich』収録曲“I Don’t Like (Feat. Lil Reese)”。チーフ・キーフはシカゴ・ドリルの代表的なラッパー

そのドリルはやがて、英国のロード・ラップのシーンに飛び火する。南ロンドンのブリクストンを中心に、ギャング・カルチャーと結びつき、その後UKガラージやグライムのユニークなサウンド/スタイルを取り入れて発展していったのが、いわゆる〈UKドリル〉である(そのスタートは2012年頃と言われている)。

67の2016年の楽曲“Let’s Lurk (Feat. Giggs)”。67はブリクストンのUKドリル・ラップ・グループ

CBの2017年の楽曲“Take That Risk”。CBは東ロンドン、フォレスト・ゲートのドリル・ラッパー

2010年代半ばにその萌芽を見るブルックリン・ドリルは、シカゴ・ドリルからの影響が色濃い。しかし、さらに重要なことは、グライムやUKドリルのビートとスタイルを持ち込んだことである。つまり、シカゴ南部、ロンドン・ブリクストン、NY・ブルックリンという3つの土地、街のスタイルが混ざっているのが、ブルックリン・ドリルだと言える。

 

タイプ・ビート・カルチャー

そもそもブルックリン・ドリルでUKドリルのビートが使われるようになった背景には、〈タイプ・ビート(type beat)・カルチャー〉があるだろう。

タイプ・ビートについてはMCKNSYの記事などが詳しいのでそちらに譲るが、簡単に説明すると、プロデューサーとラッパーがインターネットを介してカジュアルに売り買いするビートのことだ。それらには、〈○○っぽい〉〈○○系〉〈○○風〉という意味の〈タイプ〉が書かれている。YouTubeを検索してみれば、無数の〈○○ Type Beat〉動画が存在していることがわかるはず。

タイプ・ビートの一例。これはUK/NYドリルのタイプ・ビート

たとえば、ポップ・スモークが代表曲“Welcome To The Party”のビートを見つけたのもYouTubeだったという。そこで彼はたまたま808メロのビートを耳にして、そのビートを買ってラップを乗せ、“Welcome To The Party”を作った。

これは臆測でしかないが、シェフ・Gや22Gzといったブルックリン・ドリルの実質的なオリジネイターたちがUKドリルのサウンドを取り入れたのは、シカゴ・ドリルとの差別化を図りたかったからではないだろうか。ブルックリン・ドリルがシカゴ・ドリルから影響を受けているのは明らかなので、独自性を手に入れるためにUKドリルのサウンドやスタイルを積極的に取り入れていった、と考えるのは不自然ではない。

 

UKの音楽との混交

もうひとつ指摘しておきたいポイントがある。ブルックリン・ドリルの特異性は、やはりそのUKの音楽との混交にあることだ。

近年ドレイクをはじめ、北米と英国のヒップホップ・アーティストが大々的に交流することは珍しくなくなった。しかし、アメリカで生まれ育った、きわめて米国的なヒップホップ・カルチャーとその音楽は、英国のヒップホップと音楽的に混ざり合うことはあまりなかった(これはもちろん、いくらでも例外があるので、あくまでも大雑把な見立てであることをご容赦いただきたい)。ヒップホップ=アメリカであり、他のどの国でもなくアメリカのヒップホップこそがオリジナルで真正なのだ、という自負が、アーティストたちにはおそらくあるはずだ。

そんな〈アメリカのヒップホップ〉であるブルックリン・ドリルが、これほど大胆にUKらしいサウンドを取り入れて発展していったことは、とても興味深い。ブルックリン・ドリルの曲を聴いたことがあればわかるだろうが、あのベースラインやリズムは、連綿と続いているUKベース・ミュージックの伝統に負うところが大きい。

ポップ・スモークの2019年のシングル“Welcome To The Party (Skepta Remix)”。ポップ・スモークのヒット・ソングを英国のMCであるスケプタがリミックスした

 

ギャング・カルチャーとの関係

シカゴやロンドンでもそうであるように、ブルックリン・ドリルとギャング・カルチャーは切っても切れない関係にある。実際にギャングのメンバーがラッパーでもある例は少なくない。

なかでも〈Woo〉と〈Choo〉という2つのグループの対立は有名だ。ラッパー、ファイヴィオ・フォーリンについてのXXS Magazineの記事にもあるように、2派間の共演は基本的にないと言っていい。

〈Woo〉に属するポップ・スモークは、たとえばトラヴィス・スコット率いるジャックボーイズと共演した“GATTI”という曲で〈やつらはクリップスになれなかった、だからフォークスになったんだ〉と〈Choo〉をこき下ろしている。この〈クリップス〉は言うまでもなくアメリカで最大のギャングのひとつ。LAで始まったクリップスに対し、〈フォークス〉はシカゴのギャングだ。〈Woo〉の成員にはクリップスやブラッズのメンバーが多いが、〈Choo〉はフォークス所属のギャングスター・ディサイプルズのメンバーからなる、と言われている(ただ、このあたりの事情はかなり複雑なので、はっきりとわからないのが本当のところだ)。

ジャックボーイズの2019年作『JACKBOYS』収録曲“GATTI”

2019年11月、ヒップホップ・フェスティヴァル〈Rolling Loud〉がNYで開催された際、ポップ、カサノヴァ、シェフ・G、22Gz、ドン・Qの5アクトは、当初のラインナップから外された。これは、〈高い暴力リスク〉を案じたNY市警察の要請によるものだったといい、ドン・Q以外はブルックリン・ドリルのラッパーであったことから、その危険性が浮き彫りになった。

あるいは、ポップの殺害事件にしても、当初はギャング間の抗争が原因ではないかと推測されていた。現在は強盗目的だったという見方もされているが、被疑者4人(いずれも10代)の裁判によって真相が明らかになってくるだろう。

 

ドリルのメインストリーム化

ポップ・スモークの死後、今年7月に〈デビュー・アルバム〉の『Shoot For The Stars, Aim For The Moon』が発表された。これは50セントが取り仕切った作品で、全米チャート(Billboard 200)で1位を獲得する快挙を成し遂げたことは大きな話題になった。ブルックリン・ドリルのメインストリーム化を象徴する一作だろう。

それだけでなく、ドリルのビートやスタイルは、トラップが幅を利かせている北米のラップ・シーンで流行の兆しを見せている。

ドレイクは、昨年末に発表した“War”でUKドリルのプロデューサーであるAXL・ビーツを起用。これはブルックリン・ドリルの盛り上がりを受けたものだと思われるが、先に少し触れたように、ドレイクは以前から英国のシーンと交流してきたので自然な流れだ。さらにドレイクは7月にUKドリルのラッパー、ヘッディ・ワン(Headie One)との“Only You Freestyle”を発表したばかり。

ドレイクの2020年作『Dark Lane Demo Tapes』収録曲“War”

今年は他にもオーヴァーグラウンドでUK/NYドリル・スタイルの曲が発表されている。売れっ子のトリー・レインズ(先日、メーガン・ザ・スタリオンの銃撃事件で逮捕された)がファイヴィオ・フォーリンをフィーチャーした“K Lo K”やフレンチ・モンタナの“That’s A Fact”は、いずれもドリル・チューン。UKドリル調のビートを作っているアメリカのプロデューサーも増え、最近は日本でもドリル・スタイルに取り組むラッパーとビートメイカーが多くなってきたと感じる。

フレンチ・モンタナの2020年のシングル“That’s A Fact”

 

前置きが長くなった。それでは、ブルックリン・ドリルを知るための10曲を紹介しよう。

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