Pop Smoke “Welcome To The Party”(2019年)

故ポップ・スモークの名を知らしめた一曲といえば、まちがいなく“Welcome To The Party”だ。2019年4月にシングルとして発表され、7月にリリースされたポップのデビュー・ミックステープ『Meet The Woo』に収録されている。2020年5月、皮肉にもポップの死後にRIAA(アメリカレコード協会)からゴールド・ディスクに認定され、名実ともにヒット・ソングとなった。

私がこの曲を知ったのはリリースされてからしばらく経ったあと、ポップがシングル“War”を発表した10月頃だった。初めて聴いたときは、UKドリルかグライムの曲だとすっかり思い込んだが、調べると〈Brooklyn〉と書いてあるので、〈どういうことなんだろう?〉と訝しんだ。そこからシーンを知っていったことがそもそものきっかけで、だからポップがいなければブルックリン・ドリルのことも知らなかったかもしれない。

私のように、ポップとこの曲からブルックリン・ドリルのことを知った方も少なくないだろう。リリース後、じわじわとヴァイラルで広がっていった“Welcome To The Party”。決定打となったのは7月のニッキー・ミナージュによるリミックスで、さらに8月にはスケプタがリミックスした。英国のラップ・ミュージック/グライムを代表するMCのスケプタがリミックスしたことは、海を越えたコラボレーションとしてかなりおもしろい展開だ。

〈ベイビー、パーティーへようこそ/MDMA(the Molly)、ザナックス(the Xan)、リーンをキメるぜ〉というコーラスのライン、そしてポップの個性的な低い声によるフロウがなによりも印象的なこの曲。プロデューサーはロンドンでドリル・ビートを作っている808メロ(808 Melo)で、UKドリルの典型といっていいガラージ/グライムのうねるベースラインや、つんのめるようなリズムを聴くことができる(そして、それはそのままブルックリン・ドリルの特徴にあてはまる)。

そんなポップの歩みについては池城美菜子さんによるFNMNLの記事が詳しいので、ぜひご一読を。

 

22Gz “Suburban”(2016年)

22Gz(トゥートゥー・ジーズ)はフラットブッシュ生まれのラッパー。ブルックリン・ドリルのパイオニアとして知られており、「俺がブルックリン・ドリルをイチから始めたんだ」と語っている。

彼は〈Blixky(ブリッキー)〉というグループの中核的なメンバーであり、初期のシーンを象徴するこの曲でも〈ブリッキー・ギャング、知ってるだろ? 俺たちはあいつをマークしている〉というリリックが繰り返される。ちなみに、曲名の〈suburban〉とは黒のシボレーのことだとか

“Suburban”のビートは、808メロと並んでブルックリン・ドリルの楽曲を多く手掛けているロンドンのAXL・ビーツ(AXL Beats)によるもの。4年前の楽曲なので、現在のサウンドと比べると、ベースのうねりやビートのパターン、リズムは簡素に感じる。しかし、独特の巻き舌や破裂音で威嚇するようなアドリブはすでに聴くことができ、ブルックリン・ドリルのスタイルはこのときにほぼ確立していると言っていい。

ビデオに映る幼さを残した顔からもわかるとおり、“Suburban”の発表当時、22はまだ19歳だった。彼はコダック・ブラックのレーベルでアトランティックの所属である〈Sniper Gang〉とサインしており、最新作は4月にリリースしたミックステープ『Growth & Development』。同作には“Suburban”の続編“Suburban, Pt. 2”が収録されている。

 

Sheff G “No Suburban”(2017年)

その22Gz“Suburban”へのレスポンスであり、彼をディスった曲がシェフ・Gの“No Suburban”。“Suburban”のリリックへのあてつけだと思われるラインが織り込まれており、シェフの特徴的な太く重い声で歌われる。なお2人のビーフはまだ継続中。今年シェフが発表した“No Suburban, Pt. 2”にははっきりと〈これはディス・トラック、曲じゃないんだ〉というラインがある。

ちなみに、“No Suburban”のビートもAXL・ビーツの手になるもの(現在のドリルよりもノリが重く感じる)。

シェフが所属するのは〈M8V3N Gang(ムーヴィン・ギャング)〉というグループで、同胞であるスリーピー・ハロウ(Sleepy Hallow)との共演は数多い。スリーピーとのコラボレーションは、Pitchforkで〈ブルックリンのベスト・デュオ〉と評されている。

日本人のリスナーにとっておもしろく感じるのは、“We Getting Money”(2019年)という曲。太田裕美の“赤いハイヒール”のピッチを下げ、おどろおどろしい声に変えられたものがサンプリングされている。プロデューサーはトロントのエイー・ウォーカー(Ayy Walker)。

シェフは5月にミックステープ『One And Only』、7月にEP『Just 4 Yall』を発表している。

 

Sleepy Hallow feat. Fousheé “Deep End Freestyle”(2020年)

上に書いたとおり、盟友シェフ・Gとのデュオで知られるスリーピー・ハロウ。彼が今年ヒットさせたのが、“Deep End Freestyle”である。同曲は6月にリリースされたミックステープ『Sleepy Hallow Presents: Sleepy For President』からのシングル。コーラスにあたるパートはなく、スリーピーによるヴァースがひたすら続くハードでストイックなこの曲は、TikTokでも話題になった。

彼が常日頃から組んでいるのは、シェフの楽曲も手掛けるNYCの若きプロデューサー、グレイト・ジョン(Great John)で、それゆえにスリーピーの音楽にはUKドリルのテイストがあまりない。ジョンのビートはUKドリルよりもかなりミニマルで、〈間〉が強調されたサウンドである。

スリーピーは7月末にEP『The Black House』をリリースしたばかりだ。

 

Fivio Foreign “Big Drip”(2019年)

“Blixky Inna Box”(2018年)でドリル・スタイルのアグレッシヴなラップを聴かせたファイヴィー(Fivie)ことファイヴィオ・フォーリン。“Big Drip”は彼の名を一躍知らしめた曲であり、ブルックリン・ドリルのうねりの大きさを示したヒット・ソング。プロデューサーはAXL・ビーツだ。

アトランタのラッパーによって広められ、現在ラップ・ミュージックにおける頻出ワードである〈drip〉は〈swag〉に似た言葉であり、〈ファッションの着こなしや見た目〉を意味する。つまり、曲名の意味は〈めちゃくちゃイケてる〉といったところだろうか。

ファイヴィオはシーンの若手(といっても、ここで紹介しているラッパーたちはみんな若いのだが)として注目されており、トリー・レインズやフレンチ・モンタナからフックアップされている。さらには、ドレイクの新作『Dark Lane Demo Tapes』(2020年)に収録されているドリル・ナンバー“Demons”に呼ばれ、オーヴァーグラウンドでも知られるラッパーに。

ファイヴィオは “Big Drip”を収録したEP『Pain And Love』を2019年に発表後、今年4月に新作『800 B.C.』(〈B.C.〉は〈Before Corona〉の意)をリリースした。同作にはミーク・ミルやリル・ベイビー、クエイヴォといった売れっ子たちが名を連ねている。