
孤独と傷心で世界を包み込んだ聖なる歌声がみたび降臨。ありのままの自分自身を率直に表現した新作『Love Goes』が描く、解放と躍動に溢れた音世界とは?
新たなサム・スミス像
サム・スミスといえば、究極の失恋ソング歌手。“Stay With Me”に代表される悲壮なバラードを歌ったときには天下一品、まず右に出る者はいないだろう。男性版アデルともいえる哀愁を帯びたソウルフルな声質、ファルセットを駆使した繊細なニュアンス。いわゆる正統派シンガーとして日本でも広く人気を獲得し、ふだん洋楽をあまり聴かないという層までを取り込み魅了した。
ところが、そんなサムの世界に異変が起こったか?と思わせたのが、2018年夏に発表されたカルヴィン・ハリスとのコラボ曲“Promises”あたりから。艶かしいハウス・ビートに乗せて、水を得た魚のように活き活きと、しなやかに跳ね回るサムのヴォーカル。こんなに自由奔放で解放感に満ち溢れた彼の歌は、それまで聴いたことがなかったと思われたし、何かがパチンと音を立てて彼の中で弾けたかのようだった。同曲のMVには、マドンナが90年に開催した〈Blond Ambition Tour〉のゲイ・ダンサーらも出演し、当時のボールルーム・シーンやヴォーグ・カルチャーにオマージュが捧げられていた。それまでサウンド面やヴィジュアルには直結していなかったサムのLGBTQとしてのアイデンティティーが一気に噴出したという感じだろうか。なお、この曲はカルヴィン・ハリスにとってデュア・リパを迎えた“One Kiss”に続くレトロ・ハウスの連作となり、2作連続で全英1位を獲得している。
サムのダンス路線はこの“Promises”だけに留まらず、翌2019年に入ってからはスターゲイトが制作に参加したダンス・チューン“Dancing With A Stranger”をリリース。フィフス・ハーモニーのノーマニと絶妙なデュエットを披露し、ロング・ヒットにしている。その後も、ポップス錬金術師のマックス・マーティンとイリヤが関わったポップ・チューン“How Do You Sleep?”(MVでは男性ダンサーたちに混じってサムもコレオグラフされたダンスを披露)、ドナ・サマー往年のゲイ・アンセム“I Feel Love”のカヴァー、デミ・ロヴァートと共演した勇ましいラヴ・アンセム“I'm Ready”(オリンピックを意識したMVではみずからアスリートに扮して踊り、ドラァグクイーンをハイヒールで走らせた)など、次々とダンス・チューンを投下した。

と、そんな前哨戦があったものだから、ニュー・アルバムは一体どこへと向かうのか?と訝っていたところ、ついに届けられたのが『Love Goes』というわけだ。この3年ぶりの3作目で、サムは前2作とは異なる新たなサム・スミス像を提示している。もちろんこれまで通りの正統派でヴィンテージなR&B/ソウル・ソングも収録されてはいるけれど、実にさまざまなベクトルを持ったポップソングが詰まっているのだ。その変化に伴って、制作陣もかなりポップに振り切った。
例えばナイジェリア人ラッパーのバーナ・ボーイをフィーチャーした先行シングル“My Oasis”のプロダクションには前述のイリア、続いてリリースの“Diamonds”にはシェルバックやオスカー・ホルターといった顔ぶれが参加。いずれもマックス・マーティンの門下生、スウェーデン出身のヒットメイカーたちだ。さらにアヴィーチーやゼッドとの仕事で知られるロータスIVも加わって、アッパー系のポップソングに関してはスウェーデン勢でガッチリ包囲。他にもエド・シーランでお馴染みのスティーヴ・マック、ビヨンセからアデルまでを手掛けるライアン・テダーなど、ポップ界のトップランナーたちが集結している。
一方、もっとフロア向けのダンス・チューンともなると、初期から交流のあるディスクロージャーのガイ・ローレンスが腕を揮っている。“Another One”と“Dance(Till You Love Someone Else)”の2曲での、メランコリックかつシルキーなビートの恍惚感がたまらない。
踊って悲しみを振り払っている
こういった変化に関しては、サム自身は「この新作はポップ・アルバムってことさ」と説明している。前2作と同様に「破局アルバムではあるけれど、新作ではその失恋の悲しみを踊って振り払っているんだ」とも。落ち込んでクヨクヨしたり、泣いてばかりいるのではなく、外に出て思い切り踊って発散してみよう、というわけだ。そもそも幼い頃からダンス・ミュージックやポップソングの大ファンだったという彼だけに、ごく自然な変遷だったという。
だが、全体的にポップ度が跳ね上がったとはいえ、もちろん従来通りのサム・スミス節もじっくりと聴かせてくれる。珠玉のバラード系においては、彼のキャリアを全面後押ししてきたジミー・ネイプスとスティーヴ・フィッツモーリスの2人が引き続き参加。その手腕に唸らされる。さらにタイトル・トラック“Love Goes”にはラビリンスが参加し、共作とプロデュース、共演者として大役を担っている。オーケストラをバックにしたクラシカルでドラマティックな展開は、まさしくアルバムの表題曲に相応しい仕上がりだ。
当初は『To Die For』というタイトルで6月にリリースされる予定だった本作。コロナによるパンデミックのおかげでリリースは延期され、その刺激的なタイトルは変更となり、アルバム全体の内容も見直された。そして“Promises”以降に発表されたシングル・ヒットの多くは、ボーナス・トラックとして収録される形に落ち着いた。
「この2年間はプライヴェートも音楽面も、もっとも実験的な時期だった。自分自身に限界を設けず、目標を高く掲げた結果、素晴らしい作品が誕生したんだ。そして少し時間を置いて見直して、いまふたたびこれらの曲と恋に落ちてるんだ」と、サムはみずからライナーに記している。
プライヴェート面での変化は、本人も包み隠すことなく、常にメディアで大きく報じられてきた。ゲイであるとのカミングアウトに始まって、ストイックなワークアウトで極端に痩せたり、リバウンドしたり、性転換を考えていると公表したり、いや、やはりそうではなくて、男女の性には当てはまらないノンバイナリーではないかと思い直したり。ボディ・イメージに関しては、子どもの頃から常に悩まされてきたという。この2年間には、ルックスやファッションもかなり変貌した。そして、このアルバムで表現しているサム・スミスこそが、いまもっとも自分らしい姿なのだという。スーツを着込んでオーソドックスなR&B/ソウルを歌っていたデビュー時も、あれはあれで自身に正直な姿ではあったはずだが、現在のサム・スミスはアイライナーを引き、ハイヒールを履き、クネクネ踊って熱唱する。ヴィンテージ・ソウルの焼き直しではなく、彼にしか歌えないソウルなのだ。 *村上ひさし
『Love Goes』参加アーティストの作品。
サム・スミスのアルバムと重要な参加作品、関連のあれやこれやをご紹介!

SAM SMITH 『In the Lonely Hour』 Capitol(2014)
盟友ジミー・ネイプスを中核に、超然とした孤高の歌声を清らかなサウンドで守り立てた初作。トゥー・インチ・パンチによるアッパーなブレイクスの“Money On My Mind”とジミーによる“Stay With Me”が連続で全英1位を獲得している。エンジニアのスティーヴ・フィッツモーリスによる空間構築も全体の聖性に貢献。

SAM SMITH 『The Thrill Of It All』 Capitol/ユニバーサル(2017)
マレイやエミール・ヘイニーらUS勢の色も加えつつ、引き続きジミー&スティーヴが全体を造形した2作目。ティンバランドとのゴスペル“Pray”やオールド・ソウル調の“One Last Song”など歌を立てるヴィンテージな作りが印象的だ。スターゲイト共作のオーケストラル・ポップ“Too Good At Goodbyes”が全英1位を記録。
それ以前から活動していたサム・スミスが表舞台で脚光を浴びたのは、UKガラージの新星としてディスクロージャーが名を売った“Latch”でヴォーカルに起用された2012年のこと。ジミー・ネイプスも共作した同曲は、結果的に三者にとっての飛躍のきっかけになった。翌2013年にはエミリー・サンデーを手掛けて売れっ子だったノーティ・ボーイのソロ曲“La La La”にフィーチャーされて全英1位を獲得し、サム本人の翌年の大ブレイクにも道筋を引くことになる。その2014年にはメアリーJ・ブライジのUK録音作『The London Sessions』で4曲をコライトし、ディスクロージャー節全開のハウス“Right Now”やドゥワップ調の“Therapy”など3曲でバック・ヴォーカルを担当していたのも印象深い。
ディスクロージャーとのさらなるコラボ・ヒット“Omen”の生まれた2015年には、「007 スペクター」主題歌の“Writing's On The Wall”を歌唱して、ボンド映画の主題歌として初の全英1位を獲得。国民的シンガーのポジションを不動のものとすると共に、ゴールデングローブ主題歌賞とアカデミー歌曲賞の栄誉も輝いている。なお、同年には映画「ピッチ・パーフェクト2」に“Flashlight”を提供(サントラではジェシーJが歌唱)。以降の外部露出は決して多くないものの、エルトン・ジョン&バーニー・トーピンのトリビュート盤にて歌った“Daniel”や、「ジュディ 虹の彼方に」のサントラでレネー・ゼルウィガーとデュエットしたゴージャスな“Get Happy”、共作者として名を連ねたジミー&スターゲイト制作のセリーヌ・ディオン“For The Lover That I Lost”などいずれも要注目の曲だ。
なお、チェインスモーカーズ“Push My Luck”で“I'm Not the Only One”がネタ使いされるなど、サンプリング/カヴァーを通じてサムの曲に出会う例も数多くなっている。なかでもテンプテーションズのカヴァーからアヴィーチー“Freak”での引用まで、振り幅の広い“Stay With Me”のリサイクル人気はやはり絶大だ。 *出嶌孝次