タワーレコード新宿店の10階に構えるアナログ専門店〈TOWER VINYL SHINJUKU〉。毎月同店がおすすめする〈太鼓盤〉を、この連載ではさまざまな形でお届けしています。

今回は、吉田美奈子『FLAPPER』坂本龍一&カクトウギ・セッション『サマー・ナーヴス』に続くリマスター盤試聴企画の第3弾! 2020年11月25日にリリースされた山下達郎『POCKET MUSIC (2020 Remaster)』『僕の中の少年 (2020 Remaster)』のアナログ盤をオリジナル盤と聴き比べてみました。

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80年代後半の重要作『POCKET MUSIC』『僕の中の少年』がリマスター

国内外でシティ・ポップ・ブームが続く昨今。そんななかで山下達郎さんのアルバム『FOR YOU』(82年)は、もはや古典的名盤として神格化されつつあります(中古アナログ盤もとっても高い!)。ヒットした前作『RIDE ON TIME』(80年)に続く同作で〈山下達郎サウンド〉を確立させ、ジャケットの鈴木英人によるイラストレーションとともにひとつの世界を築いた『FOR YOU』は、〈山下達郎=夏〉というイメージを作り上げていくことになりました(当時は〈リゾート・ミュージック〉と呼ばれることもあったそうです)。

その後、RCA/AIRからアルファ・ムーンへの移籍作になった『MELODIES』(83年)では、みずから書いた歌詞をフィーチャー(それまでは主に吉田美奈子さんが作詞をしていました)。ここでミュージシャン・山下達郎は大きな転換点を迎えています。

今回リマスターされた『POCKET MUSIC』(86年)と『僕の中の少年』(88年)はそういった流れの延長線上にある作品で、山下さんがシンガー・ソングライター的な一面を見せているアルバムでもあります。さらに、デジタル・レコーディングに本格的に取り組みはじめた作品であり、あらゆる点で現在に繋がる布石になっていると言えるでしょう。この2つの作品がなければ現在の山下さんはいなかった、と言えるかもしれません。

そんな80年代後半の重要作がリマスターされ、アナログ盤とCDの2つのフォーマットでリイシューされました。完全限定生産のアナログは2作とも180グラムの重量盤で、なんと2枚組。音質へのこだわりが伝わってきますね。

今回は、もはやこの連載の恒例になっている、リマスターLPとオリジナルLPとの聴き比べ試聴会を『POCKET MUSIC』と『僕の中の少年』で開催! タワーレコード新宿店のスタッフ3名に加えて、2作のオリジナル盤を持参してくださったライターの桑原シローさんにも特別に参加してもらいました。

 

〈夏だ! 海だ! タツローだ!〉ではない『POCKET MUSIC』

「2013年に出た『Season’s Greetings 20th Anniversary Edition』のリマスターLPはすぐにプレミア化しちゃったから、今回も買っておかないと。レコードは所有感があるからいいですよね」と、常日頃からレコード・ディグに余念がない桑原さんは、この日もTOWER VINYLでレコードを掘りながら語ります。

「リアルタイムで聴いた山下達郎のアルバムは、まさに『POCKET MUSIC』。当時、高1だったかな。それまでの方向性とはちがうサウンドで、少しがっかりした記憶があります(笑)。あの頃は〈夏だ! 海だ! タツローだ!〉というパブリック・イメージがあって、それに影響されていたんです。いまは逆に『POCKET MUSIC』や『僕の中の少年』が大好きで、この世界に一度ハマると抜けられなくなる。『僕の中の少年』はファンクラブの投票で1位になったこともあるそうじゃないですか」。

桑原シローさんが持参してくださった『POCKET MUSIC』オリジナル盤。なんと、山下達郎さんのサイン入り!

と、桑原さんに2枚のアルバムについてお話を伺っていると、TOWER VINYL SHINJUKUの巨大スピーカー・ALTEC A5から“土曜日の恋人”が大音量で鳴りはじめました。『POCKET MUSIC』のA面1曲目、桑原さんのフェイヴァリットだという楽曲を、まずはオリジナル盤で。

圧巻の出音は、真空管ステレオ・パワー・アンプのMcIntosh MC275を通ったもの。そしてカートリッジ(レコード針)は今回、TOWER VINYL SHINJUKUが取り扱っている〈樽屋〉の〈カートリッジ 01-M/赤〉を使用しました。

純国産レコード針のメーカー〈樽屋〉。樽屋の商品はTOWER VINYL SHINJUKUやタワーレコード オンラインで取り扱い中

「『POCKET MUSIC』は、CDでは〈’91 REMIX〉として5年後にミックスし直されているんですよね。よっぽど音に納得がいかなかったんだろうなと思います(笑)。ちなみに、『POCKET MUSIC』がレコードで出るのは2回目なので、初のアナログ・リイシューということになりますね」と、タワーレコード新宿店のスタッフである松本創太さんが解説してくれました。“土曜日の恋人”に耳を傾けながら、それに「初めてデジタル・レコーディングに本格的に取り組んで、ご本人がそれほど納得していないというわりには、音は悪くないですよね」と返すのは、同じく新宿店のスタッフ・田中学さん。