タワーレコード新宿店の最上10階に居を構えるアナログ専門店〈TOWER VINYL SHINJUKU〉。同店の魅力やおすすめの〈太鼓盤〉を紹介している月刊連載が、この〈TOWER VINYL太鼓盤!〉です。
今回は、先月取り上げた吉田美奈子『FLAPPER』に続く試聴会企画第2弾! 題材はリイシューされたばかりの坂本龍一&カクトウギ・セッション『サマー・ナーヴス』(79年)です。再発盤とオリジナル盤をTOWER VINYLのゴージャスな音響システムで聴き比べつつ、本作の魅力に迫ってみました。
坂本龍一がレゲエに挑んだ異色の夏アルバム『サマー・ナーヴス』
坂本龍一&カクトウギ・セッションの79年作『サマー・ナーヴス』。ど派手な黄色の背景に、スイミング・ゴーグルとコルセット(?)を着けた教授が弾ける笑顔を見せているジャケットが印象的な、まさに〈夏!〉なレコードです。

本作が、2020年8月8日にソニー・ミュージックダイレクト/GREAT TRACKSからクリア・イエロー・ヴァイナルでリイシューされました。カッティングは、米国の名スタジオ、バーニー・グランドマン・マスタリングが行っています。
一度見たら忘れられないジャケットもさることながら、『サマー・ナーヴス』は教授のディスコグラフィーにおいて、かなりの異色作だと言っていいでしょう。というのも、その音楽性はレゲエを大胆に取り入れたジャズ・フュージョン。清々しく軽い聴き心地や、プレイヤーどうしの演奏の応酬を強調した楽曲、教授自身によるヴォーカルなどが特徴で、他に類を見ない作品です。
参加しているのは、辣腕ミュージシャンばかり。高橋幸宏(ドラムス)、小原礼(ベース)、鈴木茂(ギター)、大村憲司(ギター)、松原正樹(ギター)、山下達郎(バックグラウンド・ヴォーカル)、矢野顕子(バックグラウンド・ヴォーカル)、吉田美奈子(バックグラウンド・ヴォーカル)、EVE(バックグラウンド・ヴォーカル)、渡辺香津美(ギター)などなど……。いまでは考えられないような、錚々たるメンバーですね。

というわけで、『サマー・ナーヴス』はとても聴きやすいポップな作品でありながら、70年代末における日本の音楽シーンの熱気がこれでもかと詰まったアルバムです(ちなみに、『サマー・ナーヴス』が発表された3か月後にYMOの名盤『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』がリリースされています)。未聴の方は、今回の再発盤から聴いてみてはいかがでしょう?
レゲエだけどレゲエじゃない?
それでは、そんな『サマー・ナーヴス』に針を落としてみましょう。今回の試聴会に参加してくれたのは、前回(吉田美奈子『FLAPPER』)と前々回(松田聖子『Bible』)に続いて田中学さんと、TOWER VINYLのスタッフ・塩谷邦夫さんです。またも田中さんがオリジナル盤を持ってきてくださいました。

まずは再発盤から。A面1曲目のタイトル・トラック“サマー・ナーヴス”を。真空管ステレオ・パワー・アンプのMcIntosh MC275と劇場用大型スピーカーのALTEC A5を備えたTOWER VINYL自慢の音響システムから、力強い音が吐き出されます。
「意外とレゲエなんですよね」(塩谷さん)。「レゲエなんだけど、土臭い感じのミックスじゃないから、おもしろいサウンドです」(田中さん)。
A面2曲目は、シックのナイル・ロジャーズとバーナード・エドワーズが作曲したシスター・スレッジ“ユー・アー・フレンド・トゥ・ミー”のカヴァー。原曲に比較的忠実なアレンジですが、レゲエ調のギター・リフをより強調し、テンポを上げて軽快に。そこに「ヴォコーダーをかけたロボ声が変わっていますよね」と田中さんが語るヴォーカルが乗っており、不思議なムードを生んでいます。
「レゲエ好きな人からしたら、ちょっと不思議な音楽。アステロイド・デザート・ソングス(A.D.S.)~スマーフ男組の村松(誉啓)さんがかけるような〈レゲエ〉じゃないでしょうか(笑)」(田中さん)。
たしかに、レゲエだけどレゲエじゃない、なんとも変わったサウンド。
再発盤のA面を一通り聴き終え、次はオリジナル盤と聴き比べ。
「オリジナル盤はCBS・ソニーから〈マスター・サウンド・シリーズ〉の一枚として出ていて、音質の良さを意識して作られたレコードなんですよね。これ、昔DJをやっていた頃のメモをジャケットに貼ったまま(笑)。B面1曲目のダブっぽい“ゴナ・ゴー・トゥ・アイ・コロニー”やB面4曲目のチルでバレアリックな“ニューロニアン・ネットワーク”をよくかけました」(田中さん)。


音質についてはどうでしょう? 再発盤について、塩谷さんは「バランスが良く、均整の取れた音」と言います。どこか上品な響きの再発盤に対して、オリジナル盤はかなりパンチの効いたサウンド。
「オリジナル盤は分離が良くないのですが、再発盤はクイーカなどのパーカッションの音が前に出ていないフラットな音像。音の方向性がちがいますね。家で聴くなら、聴きやすい再発盤のほうがいいかも。オリジナル盤はペラジャケだけど、再発盤はジャケットの紙が厚くて良いものですし(笑)」(田中さん)。
加藤和彦との仕事でレゲエに開眼した坂本龍一
A面3曲目“スリープ・オン・マイ・ベイビー”は、矢野顕子さんが作詞作曲し、バッキング・ヴォーカルも担当した軽快なレゲエ・ナンバーです。
「どちらかといえば、本場ジャマイカのレゲエというよりも、UKレゲエやツートーンっぽい」(田中さん)。「そうですね。カルチャー・クラブみたいです。でも、日本でレゲエをやったのはかなり早かったと思います」(塩谷さん)。
「電子音楽 in JAPAN」などの著書で知られる田中雄二さんのnoteによれば、もともとレゲエ嫌いだった教授がレゲエに開眼したのは、和製ラヴァーズ・ロックのクラシックとして知られるテレサ野田“トロピカル・ラブ”(79年)のレコーディングがきっかけなんだとか。
「ジャマイカのダイナミック・サウンド・スタジオで録っていて、加藤和彦がプロデュースし、坂本龍一が参加しているんですよね。のちに岡崎友紀がカヴァーしていることも有名です」(田中さん)。「“ジャマイカン・アフェアー”(80年)ですよね」(塩谷さん)。
そう。日本にレゲエが浸透する以前、レゲエに早くから取り組んでいた日本の音楽家といえば、加藤和彦さんです。
「この“スリープ・オン・マイ・ベイビー”は、加藤和彦さんの“アラウンド・ザ・ワールド”(79年作『パパ・ヘミングウェイ』収録曲)にちょっと似ていますよね。『パパ・ヘミングウェイ』はバハマのコンパス・ポイント・スタジオで録った作品です」(塩谷さん)。
そんな話を受けて、田中さんが中古盤コーナーから加藤和彦『うたかたのオペラ』(80年)のレコードを持ってきました。同作の初回プレスには、“アラウンド・ザ・ワールド”のダブ・ヴァージョンを収録した7インチ・シングルが付属していることが知られています。ちょっと寄り道をして聴いてみましょう。ヘヴィーで陶酔的なダブの音がフロアに響きます。

「『サマー・ナーヴス』と一緒に聴くべきレコードでしょうね」(塩谷さん)。「これ、7インチが付いていない盤も多いんですよ。いま聴くと、MUTE BEATに先駆けた音楽という感じますよね」(田中さん)。
渡辺香津美、大村憲司、高橋幸宏らによる演奏の〈格闘技〉
さて。『サマー・ナーヴス』に戻って、レコードをターンテーブルに。
「A面4曲目の“カクトウギのテーマ”は好き。この曲は4つ打ちでディスコっぽくて、ちょっとラリー・レヴァンっぽいNYサウンドを感じますね」(田中さん)。
「ヴァン・マッコイ“The Hustle”(75年)と言いますか」(塩谷さん)。「プロレス好きには思い入れのある曲らしいです」(田中さん)。「〈こういう曲、プロレスっぽいよね〉と言いながら作ったら、実際に全日本プロレスで使われた、という逸話があるんですよね」(塩谷さん)。
もともと、“カクトウギのテーマ”は“ロッキーのテーマ”のパロディー・ソングだったようです。
そもそも、この凄腕プレイヤーたちがぶつかり合う強力なサウンドは、どうやって生まれたのでしょう?
「ピットインのメンバーで録音しているんですよね」と塩谷さんが言うように、先述の田中雄二さんの記事によれば、そもそも本作の名義である〈カクトウギ・セッション〉とは、六本木ピットインを主な会場としてライブを繰り広げられたグループを指しています。たとえば、〈坂本龍一 vs. 矢野顕子〉〈高橋幸宏 vs. 村上“ポンタ”秀一〉〈渡辺香津美 vs. 大村憲司〉というように、演奏家どうしの〈格闘技〉をそこで行っていたようです。
そういったことを踏まえて聴きたいのが、塩谷さんのお気に入りだというB面3曲目“スウィート・イリュージョン”。長尺のフュージョンであるこの曲では、大村憲司さんと渡辺香津美さん(変名〈アブドゥーラ・ザ・“ブッシャー”〉で参加)という名ギタリスト2人によるギター・ソロ・バトルを聴くことができます。
2分25秒頃から始まる最初のギター・ソロを聴いて、「これは大村さんだと思います。そのあとのソロが香津美さんでしょうね。ただ、どっちもギブソンを弾いているので、確証はないのですが(笑)」と塩谷さん。
「この派手でフュージョンっぽいプレイは、セッションだからこそわざと大げさに、遊び心でやっているのでしょうね。あと、ドラムを集中して聴くと、すごく(高橋)幸宏さんらしいなと感じます。フィルインとかがまさにそう」(塩谷さん)。
そしてB面のラストは、細野晴臣さんの作曲による“ニューロニアン・ネットワーク”。塩谷さんが「他の曲と毛色がちがっていて、細野さんっぽい」と言うように、レゲエやフュージョンを中心にした『サマー・ナーヴ』のなかでは、ちょっと浮いたサウンド。
「ピアノのメロディーが〈細野メロディー〉じゃないですか。『トロピカル・ダンディー』(75年)に入っていてもおかしくない曲ですよね。電子音が中心のサウンドだから、再発盤の音と相性がいいかもしれませんね」(塩谷さん)。
『サマー・ナーヴス』から広がる音楽地図、CBS・ソニーのカタログの豊かさ
『サマー・ナーヴス』を聴きながらひとしきり語ったあと、田中さんはまるでDJのように中古盤を次々とターンテーブルに乗せていきました。かけられたのは、フェイヴァリットだという南佳孝さんのレコードが中心。『SOUTH OF THE BORDER』(78年)、『SPEAK LOW』(79年)、『MONTAGE』(80年)など、『サマー・ナーヴス』の制作と近い時期に教授が参加していた作品です。
「いやあ、『サマー・ナーヴス』も『SPEAK LOW』もCBS・ソニー信濃町スタジオでの録音で、やっぱり音が素晴らしいですね。あと、コーディネーターの生田朗さんが関わっている。こういう聴き方をしたことはなかったので、おもしろい」(塩谷さん)。「なんだかCBS・ソニーのレコードの話になってしまいましたね(笑)。CBS・ソニーのレコードは、どれも気持ち良い音。自宅のオーディオだとストレスを感じるのですが、TOWER VINYLのシステムで聴くと、レコードのポテンシャルがちゃんと引き出されています」(田中さん)。

どうやら『サマー・ナーヴス』は、聴き手の音楽の地図を広げてくれるレコードのようです。
「これをとっかかりにして、安くて良い中古盤をTOWER VINYLで掘ってもらえるといいですね」(田中さん)。「値段が3桁のお値打ち盤がありますもんね」(塩谷さん)。
さらに、さまざまな面で他にない、唯一無二の作品であることも見逃せません。
「このタイミングじゃないと集まれなかったメンバーで作ったアルバムでしょうね。坂本龍一さんはこの前に『千のナイフ』(78年)を、このあとに『B-2 UNIT』(80年)を作っています。それも含めて、独特の立ち位置です」(塩谷さん)。「教授のイメージとはちがう意外な作品で、内容が良いのでもっと評価されてもいいと思っているんです。当時のフュージョンとしてもレゲエとしても異色なので、むしろいまの気分で聴くのがいいのでは」(田中さん)。
なお『サマー・ナーヴス』と同時に、〈細野晴臣、鈴木茂、山下達郎〉による『PACIFIC』(78年)、〈秋山一将、大村憲司、鈴木茂、竹田和夫、松木恒秀、松原正樹、水谷公生〉による『NEW YORK』(78年)、〈細野晴臣、石川鷹彦、松任谷正隆〉による『エーゲ海』(79年)もリイシュー。いずれもCBS・ソニーの〈サウンド・イメージ・シリーズ〉におけるインストゥルメンタルの隠れた名盤。『サマー・ナーヴス』と同じくクリア・ヴァイナルなので、ぜひ一緒に手に入れましょう!
INFORMATION
TOWER VINYL SHINJUKU
東京都新宿区新宿3-37-1 フラッグス10F
営業時間:11:00~20:00 ※当面の間営業時間を短縮
定休日:不定休(フラッグスの休業日に準じる)
電話番号:03-5360-7811
https://tower.jp/site/vinyl

