ひたすら詩を読み、時代を読み解く。裏通りから世界へ放たれた伝言。

陣野俊史 『ザ・ブルーハーツ ドブネズミの伝説』 河出書房新社(2020)

 85年結成のザ・ブルーハーツ。初ライブは12月24日〈都立家政スーパーロフト〉にて、幻の曲“1985”も演奏された。当時、その地から100m圏内に住んでいたという陣野俊史は、時代を遡り、足跡を辿り、社会を分析し、ブルーハーツの詩をひたすら読み解く。伝説のバンド・メンバーに取材はせず、詩と対峙した。

 「ドブネズミみたいに美しくなりたい 写真には写らない美しさがあるから」。

 コロナ禍の日々、アルベール・カミュの「ペスト」を再読した陣野は、ネズミの描写に“リンダリンダ”の詩を連想し、〈人間中心ではない世界観の獲得こそが何よりも必要〉と閃いた。そして、カメル・ダーウド著「もうひとつの「異邦人」ームルソー再捜査」(2019年)について触れ、カミュの「異邦人」のムルソーが撃ち殺したアラブ人の弟が裏側から語る文学と、ブルーハーツが〈声を出しづらい者たち、声を奪われている者たちの側に立っている〉共通性に気づく。

 詩人・甲本ヒロトの世界の語り手は独特だ。人気曲“レストラン”の主人公は、お腹を空かせたドブネズミたちという説。“くま”の詩も凄い。〈ナイフを持って立っていた〉“少年の詩”、語れぬ存在の媒体的な代弁者になって放つ言の葉のやさしさ。甲本が好んで語る〈自己満足〉〈自分のことばかり〉という言葉に陣野は好感を持ち、谷川俊太郎の詩「すきになると」を引用。プロテスト・ソングは無垢だ。90年代コリーヌ・ブレのインタヴューにブルーハーツはこう答えたという。「僕らは何もしなくても社会に参加しとるわけだ」。

 レナード・コーエンとブルーハーツの〈神様〉考も興味深い。いつしか神の名を呼ばなくなったコーエン。ブルーハーツは〈神様〉を頻繁に呼び出すが、“君のため”では、〈ごめんなさい神様よりも好きです〉と告白する。

 詩人・真島昌利は、“未来は僕等の手の中”で、〈銀紙の星が揺れてら〉と中原中也に私淑。“Train Train”“青空”“即死”“すてごま”“チェルノブイリ”……臆さない詩は色褪せない。〈真島の言葉たちは網の目のようにお互い結びつきながら、星座のように独特の世界を作っている〉と陣野は評する。

 真島の詩“俺は俺の死を生きたい”に、リトアニア生まれの実存主義哲学者エマニュエル・レヴィナスの〈他者論〉を想起した陣野は、原民喜の小説「夏の花」を紹介し、戦争による匿名の死の残虐性とやるせなさを伝える。甲本の詩“1985”再読。ジョン・レノンの詩“God”に、〈ビートルズ〉と〈ブルーハーツ〉をそっと重ねる。ラストの“ブルーハーツより愛をこめて”に込められた詩は、裏通りから世界中へ放たれた自由希求への伝言だ。