冷たく透き通ったサウンドスケープ、アナログ・シンセが巧みに作り出すレイヤー感、そしてプライヴェート・ビーチでひとり月を眺めているときのような静けさ。Yushi Ibukiのソロ・プロジェクトであるNaive Superの音楽はそんな特徴を持っている。SNSやサブスクのプレイリストなどで彼を知って、気に留めている人も少なくないだろう。ハードでタフなグルーヴ・ミュージックがチャートを席巻するいま、Naive Superは独自路線のチルでカームな世界観を構築してきた。

彼が新曲“Memories Of Moonage Nightlife feat. Maki Nomiya (2021 Tokyo Lounge Mix)”を発表。この曲は、野宮真貴をフィーチャーした2020年の楽曲のセルフ・リミックスで、ラウンジ・ミュージックへと接近している。ダンスフロアの喧騒からさらに離れたNaive Superが佇むのは、シーンの辺境か、それとも最先端か。今回は、新たなリミックスに込めた意図のみならず、プロジェクトの全貌をIbukiに訊いた。

Naive Super 『Memories Of Moonage Nightlife feat. Maki Nomiya (2021 Tokyo Lounge Mix)』 NVS/SPACE SHOWER NETWORKS INC.(2021)

月・浜辺・都市をつなぐ、シンセサイザー・サウンド

――まずNaive Superというユニットのコンセプトを教えてください。

「コンセプトは、〈シンセによる、有機的なバンド・サウンドの再構築〉です。もしビートルズやビーチ・ボーイズが60年代にシンセで曲を作っていたらどうなるか、ひとりでリズム・マシンを使ってシャーデーをやろうとしたらどんな音になるのか、とか。本当はバンドでやりたいんですけどね、一緒にやってくれる人がいなくってバンドを組めなくて(笑)」

――最初のリリースは2019年の7月に発表したカセット『Pacific Sketches』。2020年の4月からは、月に1〜2曲のペースで配信でのリリースを続けています。とても多作ですよね。

2019年の楽曲“Pacific Sketches”
 

「配信での連続リリースのスタイルは元々、レーベルの担当の方から提案してもらったんですけど、自分にはない発想で〈そういうやり方もあるのか〉とすごく新鮮でした。定期的にライブをするのであれば、シングルを2枚くらい出したらアルバムを1枚出して……というのもひとつのスタンスだと思うんですけど、コロナの時期というのもありますし、このプロジェクト自体、まだ名を知られていない段階。小出しに露出していくことで聴いてもらう機会を増やしていくのも大事なのかなと。ただ、最初の半年間くらいはストックでいけたんですが、最近はヤバいですね。1年半くらいいけるかと思っていたけど、クォリティーを保つことを考えると1年でちょうどよかったです(笑)」

――Naive Superで活動を開始する前は、インディー・バンドのシンセ奏者だったんですよね?

「知人の紹介で、Pictured Resortという大阪拠点のシンセ・ポップ・バンドに2014年に加入しました。実はそれまでは、シンセがサウンドの中心にあるような音楽をあまり聴いてきていなくて。いま思い返してみれば、とくに2000年代、USインディーのなかでブルックリン勢が台頭したころは毎週のようにレコ屋に通っていて、オ・ルヴォワール・シモーヌのシンセ・サウンドに衝撃を受けたりしていた。だけど、まだシンセを意識して聴いていたわけじゃなかったんです。むしろ、当時は2009年に出たビートルズのリマスターとかを愛聴していました」

Pictured Resortの2019年作『Pictured Resort』収録曲“Someday”
 

――それは意外ですね! てっきり、昔からシンセ・サウンドにどっぷりだったのかと……。

「4つ年上の姉がいわゆる〈Olive少女〉で。滋賀の実家にいた高校生のときは、いつも隣の部屋からお洒落な渋谷系音楽が流れてきてましたね。でもお洒落過ぎて〈これは僕が聴いちゃいけない音楽だ〉と思って(笑)。当時もやっぱりビートルズやビーチ・ボーイズ、他にはレッド・ツェッペリンとかエアロスミスといったハード・ロックにハマったり、そこからカンタベリー系を好きになったり」

――カンタベリー系でもハットフィールド&ザ・ノースなんかはNaive Superっぽさがあるような気もします。Pictured Resortに加入したことで、シンセ・サウンドを探求しはじめたんですか?

「そうですね、バンドに入って意識的にシンセ音楽を聴くようになってから、クラフトワークやYMO、80年代の音楽に一気にハマっていきました。実機の魅力を知ったのもそのときです。音源で聴くぶんにはわからなかったけど、実際手にとって音を出してみると〈あぁこんな感じなんだ、こんなに音が違うんだ〉って。シンセの歴史を追ったり、NordやROLAND JUNOとかハードウェアの機材もいろいろ買いはじめたりしました」

――だんだんと、Naive Superの構成要素が集まってきている感じですね。

「そうですね。ただバンドでは僕はあくまでプレイヤー、シンセ・パートのアレンジ担当だったので、自分の曲を形にして発信したいという欲求はどんどん募っていったんです。幼少期に習わされていたピアノの技術をシンセというアウトプットで発揮できるようになったり、ラー・バンドや佐藤博などのシンセの音が特徴的なアーティストをそのころに聴き始めたりとか、いろいろなことが重なってソロ活動に結びついていった感じですね」

佐藤博が83年のコンピレーション『SEASIDE LOVERS』に提供した“X'S アンド O'S”
 

――佐藤博さんの作品は、国産バレアリックの系譜の源流にあたる音楽ですし、Naive Superとダイレクトに通ずる部分も感じます。ちなみにプロジェクト名は、ノルウェー人作家、アーレン・ローによるカルト的な支持を得た青春小説「ナイーヴ・スーパー」(96年)からとったそうですね。

「昔書店の洋書売り場で働いていたことがあって、そのときにその本を読んだんですけど、とても良かったんです。リチャード・ブローティガン『西瓜糖の日々』風なチャプター分けがされている構成なんですよ。〈ナイーヴ〉というと日本ではスミスとかベルセバ的な繊細さのイメージが強いですけど、海外だと〈ズレてる〉〈世間知らず〉みたいな意味もあるらしく、まさに自分にぴったりだなと(笑)。あと寒い国の人がやるボサノヴァ――キングス・オブ・コンヴィニエンスとかホワイテスト・ボーイ・アライヴの音楽が大好きなんです。なので、彼らの出身でもあるノルウェーにちなんだ名前だというのもいいなって」

――なるほど。バレアリックな印象が強いですが、サウンドの冷たく透き通った質感はむしろ北欧由来なのかもしれませんね。Naive Superはヴィジュアルの世界観も特徴的ですが、そのあたりにも影響があるのでしょうか。

「元々、キーワードとして〈月〉と〈水〉がありました。実際そういうテーマの曲も多いんですけど、故郷の滋賀で見てきた原風景からの影響が大きいかもしれませんね。あと、〈都市〉と〈ビーチ〉への憧れを強く持っていて、そのふたつもインスピレーション源としては大きい」

――それぞれ、タイトルや歌詞にも多く出てくるワードですね。

「本当は、ファッション業界の〈SS/AW〉のようにシーズンを分けて、季節ごとのテーマに沿った作品をリリースしたいんです。なのでよく見てもらうと、実は連続リリースしている1年のなかでも、ここからは〈ムーン期〉、ここからは〈ビーチ期〉、みたいに分かれていたりします。とくに月は、元々SF的な小説/映画が好きなのもあって惹かれていますね」

2020年リリース、〈ビーチ期〉の楽曲にあたる“No Place Like A Quiet Beach”