〈NO MUSIC, NO LIFE.〉をテーマに音楽のある日常の一コマのドキュメンタリーを毎回さまざまな書き手に綴ってもらう連載〈LIFE MUSIC. ~音は世につれ~〉。今回のライターは青野賢一さんです。 *Mikiki編集部
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1964年のオリンピック開催を契機に、その様相が大きく変化したといわれる東京。首都高速道路の一部や主要道路の開通および拡幅、東海道新幹線、東京モノレールの開通など交通インフラを整備し各国からの外国人訪日を準備したほか、丹下健三設計による国立代々木競技場体育館は、独特な形状と、それを可能にした2本の支柱で吊り橋のように屋根を支える技術に世界から注目が集まった。また「ホテルニューオータニ」をはじめ、オリンピックを機に開業した宿泊施設も多かったが、それでも宿泊需要をまかなえずに一般家庭での訪日観光客受け入れもあったそうである。
このオリンピックをきっかけとして名実ともに先進国レベルの首都を目指した東京だったが、わたしが物心ついた頃――1968年生まれなので1970年代前半から中盤――にはかつて斬新で奇異にさえ映ったであろうオリンピック時に造られた施設や建築物はすっかり当たり前の景色となっていた。建てられてから少し年月の経過したそれらと、一本路地を入れば普通に存在した木造の家屋やアパートのガチャガチャしていてくたびれた雰囲気、それからオイルショックや1960年代終盤からの学生運動、反戦運動や高度経済成長の結果として生じた公害問題などの社会情勢も相まって、この時代の街は灰色から茶色のグラデーションといった印象がわたしにはある。もちろん銀座、新宿、渋谷などはその頃も賑やかではあったが、今のような街頭ヴィジョンはなく、それゆえ建物そのものの色が強く記憶されたのだろう。
そんなどんよりとした東京の街の印象は、1970年代の終わりから1980年代のはじめになると、いつのまにか霧が晴れるように色彩を帯びて明るくなったように感じられた。「カラス族」ともいわれたモノトーン・ファッションは人気だったが、それだけでなくヴィヴィッドでカラフルな服を着る人が目につくようになり、またフィフティーズ・ブームからスモーキー・ピンクやペパーミント・グリーンといった色合いが服や雑貨小物から店舗のファサードなどさまざまに用いられもしたのをよく覚えている。
今年、めでたくソロ活動20周年を迎えた土岐麻子は”NO MUSIC, NO LIFE.”のポスター撮影のメイキング映像中のインタビューでこんなふうに話している。「楽しいポップスに触れた原体験が70年代後半から80年代前半――まだ幼稚園くらいの頃ですよね」「大人たちがワクワクしてる感じっていうのが音にも反映されていたのかなと思って」。こうした印象は、「色彩を帯びて明るくなった」とわたしが感じたのとおそらく同種のものであろう。しかし幼稚園でそれを察知する嗅覚は恐るべしである。そんな彼女は長じて音楽を生業とするわけだが、「あの時代の高揚感みたいなもの、そういったものが自分の音楽を作る原動力なんですよ、ずっと」と述べており、この時代の東京を象徴する色としてペパーミント・グリーンを挙げている。この色、先に記したとおりで、「ああ、わかる」というのがわたしの感想だ。わたしは常々、彼女の音楽は信頼できるものだと感じているが、その理由のひとつは「あの頃の東京の空気」を共有しているからかもしれないと改めて思った次第である。
ところでペパーミント・グリーンで思い出すのは「サーティワンアイスクリーム」のチョコレート・ミント。子どもの頃、友達らは「歯磨き粉みたいで好きじゃない」などといっていたがわたしはこれが好物だった。ちょっとだけほろ苦さもあったような印象のチョコレート・チップと抜けのよいミントの爽快感――甘さ一辺倒でない複雑な、それでいておいしくてクセになるあの味わいは、嫌なことやすっきりしないことがあるときにはそれを覆いつくし、楽しい気分のときにはその気持ちをさらに盛り立ててくれた。と、こう書いていて、このアイスクリームの効用はひょっとすると土岐麻子の音楽と似たところがあるのかもしれないと思った。
PROFILE: 青野賢一
1968年、東京生まれ。ビームスにてPR、クリエイティブディレクター、音楽部門〈ビームス レコーズ〉のディレクターなどを務め、2021年10月に退社、独立。現在は、ファッション、音楽、映画、文学、美術などを横断的に論じる文筆家としてさまざまな媒体に寄稿している。2022年7月には書籍『音楽とファッション 6つの現代的視点』(リットーミュージック)を上梓した。
〈LIFE MUSIC. ~音は世につれ~〉は「bounce」にて連載中。次回は2024年6月25日(火)から全国のタワーレコードで配布開始される「bounce vol.487」に掲載。