上白石萌音の2年4ヶ月ぶりのオリジナルアルバム『kibi』は、ある1日の時間の流れの中にある様々な情景や感情の機微を表現した作品だ。水野良樹(いきものがかり、HIROBA)や大橋トリオ、角舘健悟(Yogee New Waves)、とた、鈴木迅(Laura day romance)といった上白石が敬愛するアーティストが参加し、ウォームな手触りのポップスやジャズが鳴り響く。これまでアルバムには1曲のペースで収録されていた自身による作詞曲が、今作では5曲も収録されている。温かい音が溢れる中で、葛藤や孤独、諦念といった人間臭い感情が軽やかに歌われていることがとても印象に残る作品について、上白石本人にインタビューした。
聞く人を1回ぶすっと刺したい
――2年4ヶ月ぶりのオリジナルアルバム『kibi』は感情の機微からタイトルが付けられたそうですね。
「そうです。アルバムに収録される既存曲で時間帯を感じさせる曲がいくつかあったので、一枚を通して1日の流れを感じられるようなアルバムにしようというコンセプトが生まれました。1日を通して一本調子の日はなくて、いろいろな気持ちになりながら1日が終わっていく、その繊細さを汲み取っていただいた曲ばかりだったので『kibi』というタイトルを思いつきました」
――ウォームな手触りのポップスやジャジーな楽曲が多い印象があったんですが、それについてはいかがですか?
「私自身、温かい音が好きなのでそういう曲が集まったんだと思います。あと、ポップな曲でも実はすごく暗いことを歌っている曲が多い印象があります」
――ご自身で作詞された曲が5曲あって、これまでのアルバムの中では断トツの曲数ですが、作詞曲を増やしたいという気持ちがあったんですか?
「歌詞を多く書いてみたいという気持ちと、同世代のアーティストの方と共作してみたいという気持ちもありました。とたさんと共作させていただいた“かさぶた”と“アナログ”は最初とたさんから曲と詞をいただいて、それに対してお返事を書くような形で詞を書いていきました」
――“かさぶた”はポップだけどすごく暗いことを歌っている曲ですよね。
「そうですね。とたさんが書かれた1行目の〈君に後悔を植え付けたい〉という歌詞は最初から変わっていなくて、そこから〈後悔させたい曲を歌ってみたい〉と思いました。曲が進むにつれて少しずつ〈後悔〉というワードの響きが変わっていったら面白いんじゃないかと思い、歌詞を書いていきました」
――〈後悔〉と〈かさぶた〉がリンクすることでイメージが膨らんでいったんでしょうか?
「〈かさぶた〉って一定の期間が経つとなくなるものですよね。かさぶたが消えてもあなたには忘れないでほしいし、私も忘れられないという、形には残らないけれど確かに傷がついた証だと思ったんです。かさぶたは、痛みはあるけれど治っている証拠でもあって、という風に、どんどんイメージが膨らんでいきました」
――この曲で描かれている〈僕〉と〈君〉はどういう関係性なのか、いろいろと想像させられました。
「何をされたのか、何をしてしまったのかが気になりますよね(笑)。私も人生においてすっきりしない別れ方をしてしまった人が何人かいて、いくつかの傷として残っているんです。その経験がエッセンスにはなっていると思います。あと、〈ものすごくひどいことをされて別れたら、どんなことを思ったり言いたくなったりするのかな〉と想像して書いたところもあります」
――そうした感情を歌詞にして、とたさんとやりとりする作業はどうでしたか?
「楽しかったです。どこか結託しているような感覚がありました(笑)。共に被害者でもあり共犯者でもある、というか。とたさんとはお会いできていないんですが、今回曲の制作を通してとてもシンパシーを感じたので、いつか直接お話しできたらいいなと思っています」
――一方“アナログ”も様々なイメージが浮かぶ曲です。
「送っていただいたとたさんの歌詞を見て、〈続けること〉についての曲なのかなと思い、それって私が苦手としていることでもあるので向き合って考えてみました。湿気がある曲で、聞き終わった後、カラッと晴れやかな気持ちになるわけではないけれど、そこから生まれるものがきっとある。しっとりとした肯定感のある曲だと思います」
――3曲目に“かさぶた”、5曲目に“アナログ”を置くことには何か思いがあったんですか?
「“かさぶた”は、曲調は朗らかですがどろっとしたことを歌っている曲なので、序盤に置いて聞く人を1回ぶすっと刺したいと思って(笑)。“アナログ”はすっと落ち着ける曲なので、中盤に置くことでいい具合にクールダウンできるんじゃないかと思いました」