グラミー賞最優秀新人賞(Grammy Award For Best New Artist/以下新人賞)は、欲しがるアーティストも多いが論争になりがちな賞でもあり、今年もまた物議をかもしそうだと言われている。まず、2020年は3月からライブ活動が全くできない、普通とは言い難い一年だった。また、多くのアーティストがリリース・ツアーができないことからアルバムの発売を延期。メディアの報道はコロナ報道かドナルド・トランプの動向ばかり。そんな中で選定された候補者のリストを確認すると、大多数の候補者が女性で、それもよく知られているアーティストは一握り。ほぼ知られていないアーティストも何人かいる。ということで、今年の候補者をじっくりと見てみようと思う。
メーガン・ザ・スタリオン(Megan Thee Stallion)
メーガン・ザ・スタリオンは、2020年に大きな話題を呼んだ、テキサス州ヒューストン育ちのラッパーだ。彼女は2018年にミックステープをリリースし始め、露出の多いセクシーなコスチュームと相まってInstagramなどのSNSから人気が出た。彼女のメジャー・デビューはシングル曲“Savage”を含むアルバム『Good News』で、この曲のTikTokの再生回数などはすごいことになっている。“Savage”のリミックス・ヴァージョンは同じくヒューストン出身のビヨンセが出演し、歌詞が非常にセクシュアルでありながらも、ビルボード・チャートでナンバーワンとなった。
彼女はまた、カーディ・Bの大ヒット・ナンバー“WAP”(Wet As Pussyの略)にも出演し、曲中で二人は男性にどのように性的に喜ばせてもらいたいかを話し合っている。もし今回の新人賞が、ネットで一番話題になったアーティストが受賞するものだとなれば、おそらくメーガンが受賞するだろう。
フィービー・ブリジャーズ(Phoebe Bridgers)
フィービー・ブリジャーズはメーガンとは対極に位置するアーティストだ。彼女のサウンドは非常にエセリアル(霊妙・軽妙)かつセンシティヴで、ロマンスや個人的な心情をモチーフにしていることが多い。LAで生まれ育った彼女のスタイルを〈Emo Folk(エモ・フォーク)〉と呼ぶ者もいる。
キャリアの初期にライアン・アダムスと、個人的にも仕事の上でも関係を持ち、PAX AMレーベルからシングルをリリースしている。2017年には人気のデッド・オーシャンズ・レーベルと契約、デビュー・アルバムである『Stranger In The Alps』をリリースし、好評を博した。
彼女の曲は、Netflixのドラマ「トリンケット ~小さな宝物~」を始めとするいくつものTVドラマに使用されており、フィオナ・アップルやコナー・オバースト、1975などとのコラボレーション作品も手がけている。
また、彼女のセカンド・アルバム『Punisher』には、2019年2月に京都を訪れた際にひらめいて作曲したシングル曲“Kyoto”が収録されている。2020年3月にはナショナルと共に日本ツアーを企画していたが、コロナにより中止となったため、代わりに骸骨の衣装を着て京都の風景を合成したMVを作成。評論家には愛されているが、大物と呼ぶにはまだ少し早いかもしれない。
D・スモーク(D Smoke)
D・スモークは、今回の受賞に一番遠い候補者かもしれない。〈新人〉というわりに、彼のデビュー・アルバムがリリースされたのは2006年だ。しかし、グラミー賞の基準では、〈新しい〉の定義は、アーティストがブレークスルーしたタイミングとされている。彼が再度〈新しく〉なったのは、2019年、Netflixのオーディション番組「Rhythm + Flow」に参加したことがきっかけだ。
それにしても彼は、UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)を卒業し、高校の音楽教師として働いていたというから、ラッパーにしては非常に健康的だ。また、スペイン語でラップをすることにより、より広いオーディエンスに作品を届けている。ただ、彼のアルバム『Black Habits』にはスヌープ・ドッグとの共演作もあるが、大きなヒットとはなっていない。正直なところ、グラミー選考委員会がとりあえず一人は男性の候補者が欲しかったのかもしれないと思わせる候補者だ。
ケイトラナダ(Kaytranada)
エレクトロニックのプロデューサー、ケイトラナダはハイチ生まれ、カナダ育ち。彼のサウンドはエレクトロニックと、ゆったりとしたR&Bやポップ・サウンドを組み合わせたものが多く、またカリビアンのフレーヴァーを含み、陽気で好感度の高いサウンドになっている。他の候補者と同じように、彼もファレル・ウィリアムスやクレイグ・デイヴィッド、アンダーソン・パーク、カリ・ウチスらとのコラボレーションを通して人気を高めてきた。
ケイトラナダとしては2012年から活動しているが、メジャー2作目の『Bubba』からようやく注目されるようになった。このアルバムは批評家には絶賛されたが、ビルボード・チャートでは最高56位で、ヒット・シングルはなし。良い作品としてチェックはしておきたいが、グラミー受賞作としては今一歩、もの足りないだろう。