これこそがソウルフルな世界――アメリカン・ブラック・カルチャーへの敬意とルーツを背負って未来を見据える眼差しが、ここにキャリア・チェンジングな傑作を生み出した!
さまざまなルーツと伝統
ジョン・バティステは本国アメリカですでに確固たる地位を築いている。だが、その名が日本を含めて世界に知られるようになったのは、ディズニー/ピクサー映画「ソウルフル・ワールド」(2020年)のエンド・ソングを担当してからだろう。そこで彼が歌った“It’s All Right”は、公民権運動期の63年にインプレッションズが放った、ピースフルに人々を鼓舞するナンバー。以前から人種差別への抗議運動を平和的に行ってきた彼が歌うに相応しい曲とも言えるが、ニューオーリンズ(NOLA)のセカンドラインを思わせる隊列を従えてジョンが先導するデモは、昨年のブラック・ライヴズ・マター運動再燃の際に注目を集め、これも彼の名を広めることとなった。その直後に発表したシングルが“WE ARE”。ジョンの母校であるセント・オーガスティン高校のマーチング・バンドや少年少女たちから成るゴスペル・クワイアを起用し、公民権運動の活動家だった祖父の声も引用した、デモ行進さながらの威厳に満ちた曲で、ここには彼のルーツが凝縮されている。
86年生まれの34歳。アルバム・デビューから14年目にして初めてのメジャー・リリースとなった2018年作『Hollywood Africans』がプロフェッサー・ロングヘアを彷彿させるピアノ演奏曲“Kenner Boogie”でスタートしたように、彼はケナー出身。ルイ・アームストロングの名を冠した国際空港があるNOLA郊外の都市だ。そこでジョンのバティステ姓にピンときた方は、お察しの通り。彼は、名アレンジャーのハロルド・バティステやミーターズに参加したドラマーのラッセル・バティステ、トレメ・ブラス・バンドのライオネル・バティステらと血を分けた音楽一家に生まれている。ゆえに幼少期からさまざまな音楽に親しみ、11歳でパーカッションからピアノに転向した後は父マイケルのバンドに関わり、2004年にはNYのジュリアード音楽院に進学。NYでは彼がメロディカを担当するステイ・ヒューマンというグループを結成し、2015年からは米CBSの深夜トーク番組「The Late Show with Stephen Colbert」のハウス・バンドとなって、音楽監督を務めている。その番組の楽屋で1週間のうちに書いた曲をもとに完成させたのが、先述のシングルから名を取ったニュー・アルバム『WE ARE』だ。
ピアニストとして正統派のジャズ・アルバムを出してきたジョンらしいインタールード“MOVEMENT 11’”も挿まれるが、オータム・ロウやキッゾらと組んだ今作では、ソウルやファンク、ヒップホップなどに接近して表現の幅を拡張。ヴォーカリストとしての側面も『Hollywood Africans』以上に打ち出し、声色を自在に変えながら歌っている。ラップ風の早口で畳み掛ける“WACHUTALKINBOUT”などはジャズ・ピアノを弾く彼のイメージからは程遠い。だが、これも〈ジョン・バティステ〉なのだ。マーヴィン・ゲイ~リオン・ウェアに通じるムーディーなソウル“SHOW ME THE WAY”では冒頭に作家のゼイディ・スミスによるナレーションを配し、マーヴィン風のファルセットを交えながら、エラ・フィッツジェラルド、ビリー・ホリデイ、ウータン・クラン、スティーヴィー・ワンダー、セロニアス・モンク、ニーナ・シモンらの名前を挙げていくが、そうした先達の音楽を咀嚼してアウトプットしたのが今回のアルバムなのだろう。