自らの創作に多大な影響を与えているクラシックの名曲をブルージーにアレンジ

 2021年のアルバム『ウィ・アー』でグラミー賞最優秀アルバム賞などを受賞したジョン・バティステは、作品ごとに異なる面を見せてきた。前作ではラッパーをはじめ国際色豊かなゲストを迎えた。そこから一転して、新作『ベートーヴェン・ブルース』は、ベートーヴェンを奏でるピアノ作品。彼のルーツであるブラック・ミュージックと、ジュリアード音楽院で学んだクラシックを大胆かつ美しく融合させている。

 「あるTV番組に出演した際に、クラシックだってどんなジャンルにも変換し得るというデモンストレーションを“エリーゼのために”で演った。その映像がネットでバズって、世界中からこのようなクラシック・ピアノのアルバムを作って欲しいという声が届いたのが制作のきっかけになった」

JON BATISTE 『Beethoven Blues』 Verve/ユニバーサル(2024)

 収録曲は、“交響曲第5番”や“月光ソナタ”、“歓喜の歌”など名曲中心で、それら耳馴染みのあるメロディーが突然ブルースになったり、ゴスペル調、ラグライム風に即興で演奏されていく。

 「こういう即興演奏は、もう何年もやっていること。僕はクラシックを音大で学び、ジャズのスポンテニアスな作曲にも取り組み、ヒップホップのリリシズムも徹底的に探究した。時間をかけて学ぶなかで、自分らしさを見出すことが出来た。だから僕にとって新作の音楽は、ごく自然の産物であり、ベートーヴェンとは対話を交わすように、まるで一緒に作曲する感覚でピアノを弾いている」

 アルバム・タイトルの『ベートーヴェン・ブルース』も言い得て妙だ。苦難に満ちたベートーヴェンの人生は、20世紀風に言えば、ブルースだったのかもしれない。

 「ベートーヴェンの時代にブルースという言葉はなかった。ブラック・ミュージックは、そこに生きる人が自らの境遇を表現する音楽で、ブルースもそうだ。僕は、彼の音楽にブルースを感じる。根底にある気持ちは、ジョン・コルトレーンと同じじゃないかと思う」

 ところで、番組でなぜ“エリーゼのために”を披露したのか。

 「その場の思い付きで演奏しただけだけれど、印象的な最初の2音と、それに続くメロディにもブルー・ノートが使われているので、ベートーヴェンの音楽はブルースなんだ、という例を示すのに一番いいと思っているから……」

 変幻自在のピアノにクラシックでもこんなに自由にやれるのかと痛快になりつつ、完全形と思われる名曲にこんな余白があったのかとも驚く。これがジョン・バティステらしさだろう。ピアノ作品は、今後シリーズ化したいそうだ。