豊かな伝統を踏まえて進化する現行ニューオーリンズのパワフルな象徴――現代最高のライヴ・バンドがさらに独自の表現を大きく膨らませたニュー・アルバムに迫る
トロンボーン・ショーティにPJモートンと現行ニューオーリンズのキーパーソンによる力の入った新作が次々に届いているが、タンク・アンド・ザ・バンガスの新作『Red Balloon』はその盛り上がりにさらなる熱を注ぐものだろう。〈アメリカ最高のライヴ・バンド〉という賞賛を得てきた現場の実力はもちろん、ニューオーリンズらしいガンボな音楽性にメンバーの個性や嗜好を織り合わせるバンドだけに、伝統と現在進行形のスタイルを融合するレコーディング作品にも独自のセンスと魅力が宿っている。
バンドのキャリアに関してはヴァーヴでの初作にあたる前作『Green Balloon』(2019年)について取り上げた際の記事を参照いただきつつ……同作リリース後はタリオナ“タンク”ボール(ヴォーカル)がノラ・ジョーンズやソウル・レベルズの楽曲に招かれたり、バンドは翌年のグラミーで最優秀新人部門にノミネートされるなど、タンク・アンド・ザ・バンガスを巡る状況は大きく動き続けた。2020年1~2月にはコロナ禍が広がる直前の状況で初来日公演を敢行。その後はライヴ・バンドとしては厳しい期間に突入するものの、そのぶん客演も含めた音源の面で多彩な露出を楽しませてくれていた。
バンドとしては2020年5月にピーター・コットンテイル(ソーシャル・エクスペリメント)制作の“For André”を発表し、6月にはBLM運動に呼応して多くの仲間たちと“What The World Needs Now”をリリース。11月にはPJモートンらを招いたEP『Friend Goals』もリリースしている。タンクはジョン・バティステの“Adulthood”を筆頭にファンタスティック・ネグリートやブランディー・ヤンガー、ブラストラックスらの楽曲に次々と客演し、映画「あの夜、マイアミで」のサントラにも登場。バンド名義でもビッグ・フリーダやディナー・パーティ、ジェイコブ・コリアー、ムーンチャイルドの楽曲に名を連ねていた。そうした充実を経て届いた今回の『Red Balloon』は、実に3年ぶりとなる待望のフル・アルバムである。
前作リリース後に減員があり、現在のメンバーはタンク、ジョシュア・ジョンソン(ドラムス)、ノーマン・スペンス(キーボード)、アルバート・アレンバック(サックス/フルート)の4名。加えてライヴ・メンバーのジョナサン・ジョンソン(ベース)、ダニエル・エイベル(ギター)、エティエンヌ・ストフレット(サックス)もレコーディングに関わっている。マーク・バトソンやジャック・スプラッシュ、ロバート・グラスパーら名のある大物プロデューサーの起用が目立った前作に対し、地元とLAで録音された今回はよりフレッシュな手合わせが楽しめる一枚となった。
ウェイン・ブレイディを迎えた“Intro”はジョシュの制作で、続く軽妙な“Mr. Bluebell”~トラップ作法の“Anxiety”もタンクのリリカルな饒舌をジョシュのアレンジが支える。それに続く“Oak Tree”の緊迫した音作りは現行R&Bには欠かせない顔役となったジェフ・ギッティ(元ステップキッズ)だ。先行シングルのローラー・ディスコ“No ID”も手掛けた彼は他にもトロンボーン・ショーティ参加の“Heavy”、地元のラジオで活躍するDJソウル・シスターに導かれたミニー・リパートン風の優美なメロウ・ソウル“Jellyfish”を制作している。そのギッティと並んで活躍するのが、アレックス・アイズレー&マセゴとの“Black Folk”(日本盤にのみ収録)、スティーヴィー・ワンダーっぽい“Stolen Fruit”という先行曲も手掛けるビアコだ。彼はハミルトーンズのコーラスを従えた“Communion In My Cup”やアフロ・フュージョン風の“Why Try”、これまた70sワンダー色が濃いレイラ・ハサウェイ客演の“Where Do We All Go”を制作。曲によってはブライアン・ロンドンとオースティン・ブラウン(リビー・ジャクソンの息子!)のコンビ=BLVKが共同制作を担い、ジョージア・アン・マルドロウがシンセなどで貢献してもいる。
他にも先述のコットンテイルが手掛けた爽快な昼下がりソウル“Cafe Du Monde”とビッグ・フリーダ客演のバウンシーな“Big”、メンバーのアルバートがALB・ザ・ビルダー名義で単独プロデュースしたポエトリーの小品“Easy Goes It”など聴きどころは数多い。ビッグ・イージーなスタイルを前向きに力強く継承しつつ、より親しみやすくも挑戦的なサウンドで包み込むような聴き応えはとにかく圧倒的で、文句なしの傑作と言っていいだろう。
タンクの参加した近作を一部紹介。
左から、ブランディー・ヤンガーの2021年作『Somewhere Different』(Verve)、ブラストラックスの2021年作『Golden Ticket』(Capitol)、2020年のサントラ『One Night In Miami...』(ABKCO)、ムーンチャイルドの2022年作『Starfruit』(Tru Thoughts)
左から、タンク・アンド・ザ・バンガズの2019年作『Green Balloon』、2020年のEP『Friend Goals』(共にVerve Forecast)、レイラ・ハサウェイの2017年作『Honestly』(Hathaway)、ジェイコブ・コリアーの2020年作『Djesse Vol. 3』(Decca)