アンナ・ドミノ、YMO、ナンシー・シナトラ……プレイリストの選曲に見る音楽性

Spotifyのニック・バクストンのアカウントでは、ドライ・クリーニングが勧めるさまざまな楽曲を集めたプレイリスト〈music 4 u〉が公開されている。3月26日現在で91曲もリストアップされており、彼らのリスナーとしてのキャリアと幅広さをうかがわせるような、実にヴァラエティーに富んだラインナップになっていて興味深い。

Spotifyプレイリスト〈music 4 u〉

今様のエレクトロニックR&B、マイナーなエレクトロやソウル・ミュージック、80年代ニューウェイヴ、クラウト・ロック、オルタナ、ヒップホップ、インディー・ポップ、スピリチュアル・ジャズ、60年代ポップ、ゲーム音楽、オルタナ・カントリー、テクノ・ポップ、ハードコア、ボサ・ノヴァ、ファンク、ギター・ポップ、クラシック・ロックやロックンロール等々、呆れるほど幅広い。前述のステレオラブ、ニコ、そしてソニック・ユースの『Washing Machine』からの曲も収められている。クラシック・ロック/ポップやインディー・ロック系ではかなりマニアックな選曲も多い。こうしたリスナーとしての経験値の豊かさがドライ・クリーニングの音楽性の背景を形作っているのだろう。

なかでも東京生まれ、NY拠点の女性シンガーで、ベルギーのクレプスキュール・レコードで活躍したアンナ・ドミノのファースト・アルバム『East And West』(84年)からの“Everyday, I Don’t”が収められているのが興味深い。アンナ自身はもう少しカラフルで幅の広いアート・ポップを得意とするが、この曲に於ける音数を削ぎ落としたミニマルなサウンドとメロディアスなギターの対比は本作の“Leafy”との共通点を感じる。またYMOの“灰色の段階”なんて曲も収められているが、リズム・マシーンを使ったビートは“Scratchcard Lanyard”のイントロのリズムにヒントを与えたと思われる。ナンシー・シナトラとリー・ヘイズルウッドのサイケ・ポップの名曲“Some Velvet Morning”は、そのドラッギーで多義的で幻惑的な歌詞の面でドライ・クリーニングに影響を及ぼしている可能性がある。

アンナ・ドミノの84年作『East And West』収録曲“Everyday, I Don’t”

ナンシー・シナトラの67年作『Movin’ With Nancy』収録曲“Some Velvet Morning”

 

アート・スクール系の末裔? 得がたい個性の目が離せないバンド

とはいえドライ・クリーニングの音楽性やサウンドの幅自体はそれほど広くない。超個性的でチャーミングではあるが決して起伏や表情に富んでいるわけではないフローレンスのヴォーカルを活かすために、できる限り音数を絞りシンプルにして、空間を残すことで余白を感じ取れるようなアレンジになっている。いわば聴き手の想像力に委ねるような曲作りになっているのだ。ぶっきらぼうなヴォーカルは歌いすぎることもないし過剰にエモーショナルになることもない。そのぶん聴き手が介入する余地がある。歌詞もまた観念的で抽象的で、受け手の解釈の余地が大きい内容だ。

サウンド面で一番近いと感じるのはソニック・ユースだが、80年代のファクトリーやラフ・トレード、4ADあたりにいそうなニューウェイヴ・バンド風味も濃厚に感じられる。元々はアート畑の人間だったフローレンスのセンスが加わることで成立したドライ・クリーニングの音楽は、ニューウェイヴ期に多かったアート・スクール系バンド(ワイヤー、バウハウス、トーキング・ヘッズなど)の系譜の末裔のようでもある。

ライブ映像をみると、いかにもステージ慣れしていないフローレンスの素人臭くぎこちないパフォーマンスも手伝って、まだまだ客を巻き込むようなパワーやダイナミズムには欠ける。バンドが一番飛躍するタイミングでのコロナ禍の襲来で、ライブが思うようにできなかったという事情も大きいだろう。だがそれは時間と経験が解決する問題である。既にドライ・クリーニングの音楽には、他では得がたい個性がある。今後も注目していきたいバンドだ。

〈BBC Radio 6 Music〉によるフェスティヴァル〈6 Music Festival 2021〉でのライブ映像

TV番組「Later... With Jools Holland」でのライブ映像