4ADは、80年にベガーズ・バンケットの姉妹レーベルとして創立され、40年以上にわたって時代を代表するアクトを輩出しながらインディ・シーンを牽引してきた、英ロンドンの名門だ。ゴス、ポスト・パンク、シューゲイズから出発し、現在はスタイルやジャンルに囚われない独自の音楽コミュニティになっている。そんな4ADの膨大なアーカイヴからレーベルとタワーレコードのスタッフが楽曲を厳選した合同企画のコンピレーションアルバム『Pleasures & Treasures』がリリースされた。タワーレコード渋谷店でポスターの展示販売が行われるなど話題になった本作について、レーベルの過去と現在をよく知る音楽評論家・大鷹俊一が綴った。 *Mikiki編集部

VARIOUS ARTISTS 『Pleasures & Treasures』 4AD/BEAT(2022)

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4ADとインディの時代

音楽の歴史において重要な出来事が次々と起こったのが70年代後半のパンク・ムーヴメントだが、その中でも最大の成果がインディ(インディペンデント・レーベル)の活躍/確立だ。いまではネットを中心にBandcampを始め、さまざまな形で作った音の発信は簡単だし、自室で作った音源が世界中でヒットなんて成功話も無数に散らばっているが、そんなことが夢にも考えられない時代、自分の音を少しでも多くの人に聞いてほしい、好きなバンドを知ってほしい、そんな思いを実現していったのがインディだった。

先頭に立ったのはイギリスの連中で、当然ながら資金もコネもないのが普通だったから最初は細々とした活動ながらラフ・トレード、ファクトリー、ベガーズ・バンケットといったレーベルが送り出すメジャー作品とは違った、個性的なアーティストたちは、同世代の熱烈な支持を広げていった。80年代前半の話だ。中でも、ダークなサウンドに包まれながら繊細な心の声を音化したコクトー・ツィンズのヒットで注目される存在となった4ADは、どんどんと存在感を強めていく。

ただし日本では殆どそういう状況やレーベルが知られることはなく、何とかしたいと僕がレコード会社に働きかけ、企画、編集したオムニバス・アルバムが『ネイチャー・モルテス・ライヴス~闇黒の舞踏会』(82年)で、海外でも話題となった。

 

ルシンダ・チュア

聞き手の音楽観を静かに広げる〈美学の連鎖〉

そして今回新たに4ADとタワーレコード・スタッフとの合同企画で生まれたのが2枚組『Pleasures & Treasures』で、アルバム・タイトルはコクトー・ツィンズの傑作サード・アルバム『Treasures』(84年)にちなんでのもの。FKAツイッグス等も認めるサウス・ロンドンの注目株ルシンダ・チュアに始まり80年代から活躍するオーストラリア出身のデッド・カン・ダンスにつながるオープニングの流れが象徴的、かつ素晴らしい。

『Pleasures & Treasures』収録曲ルシンダ・チュア“Another Day”

『Pleasures & Treasures』収録曲デッド・カン・ダンス“Windfall”

こうした〈美学の連鎖〉が現在も流れ続けているのが4ADならではで、アンビエントもゴスもシューゲイズも大きな括りの中で収められ、発信するアーティストと、音を求める人をつないでいく。10年代から4ADで活躍する米、アトランタ出身のディアハンターと新世代バンド、ドライ・クリーニングとがつながるところを聞くと、サウンドの表面だけじゃない受け継がれるものが、確実に感じられる。そんな思いがけないつながりや流れの発見が随所にあるのが『Pleasures & Treasures』の魅力で、それは自分の音楽観を静かに押し広げてくれるはずだ。

『Pleasures & Treasures』収録曲ディアハンター“Helicopter”

ドライ・クリーニングの2021年の〈Tiny Desk (Home) Concert〉でのライブ動画