説明不要なパイオニアのモービーが、説明不要な名門ドイツ・グラモフォンからオーケストラ・アレンジを纏って華麗にリプライズ! 輝かしいキャリアを豪勢に総括した彼が改めて抱く音楽への想いとは?

18歳の自分に教えてあげたい

 ドイツ・グラモフォンといえば、泣く子も襟を正すクラシック音楽の名門レーベルだが、その膨大なカタログをカール・クレイグやモーリッツ・フォン・オズワルドらテクノの大家が再構築した〈ReComposed〉シリーズや、テクノとクラシックを自在に行き来するピアニスト=フランチェスコ・トリスターノ作品のリリースなど、エレクトロニック・ミュージックの熱心なファンなら一度は耳にしたことがある名前でもあるだろう。そして今回、その大きな土俵に上がったのはシーンのオリジネイターのひとり、モービー。一見すると意外な組み合わせにも思えるが、彼自身の音楽が持つ根源的な美しさに触れると、おのずと双方の親和性の高さに気付かされる。本プロジェクトは2018年10月にLAのディズニー・コンサート・ホールにて開催された指揮者のグスタボ・ドゥダメル率いるロサンゼルス・フィルハーモニックとの共演を依頼されたところから始まったという。

 「実はクラシックとの出会いはもっとずっと前のことで、9歳のときにクラシックの理論を勉強していたことがあってね。多感な僕はそれからパンクやロックやいろんな音楽に触れ、クラシックの理論からは離れていたんだけど、今回この話をグラモフォンから貰ったときに当時のことを思い出したってわけさ。10人くらいのオーディエンスを相手に演奏していた18歳の自分に〈音楽をそのまま続けていれば、栄誉あるグラモフォンと一緒にやれるぞ〉って教えてあげたいね」。

 ここ一年で大きな変革を余儀なくされているのは何も音楽シーンに限ったことではないが、スタジオ作業が主である制作の現場に関してはそれが顕著で、特に大所帯であるオーケストラとのレコーディングは困難を極めたのではないだろうか。

 「普段は一人きりで制作を進める僕にとって、ストリングスや各楽器の演奏者、ゴスペル・コーラス、ヴォーカリスト、彼らとの制作はもちろん勝手が全然違うものだったよ。ハンガリーでの録音にはだいたい3年くらいかかっていて、幸運なことにパンデミック直前の2020年2月にはほぼ録り終えていたんだけど、12人いるゴスペル・コーラス隊の録音が残っていてね。一つの部屋に集まってもらうことができなくなったから、一人ずつ別々でレコーディングしたものを重ねて制作していったんだ。僕がスタジオの内にいて、コーラスはスタジオの外にマイクを置いて録音したから、数日間ご近所の方々には迷惑をかけてしまったよ(笑)」。

MOBY 『Reprise』 Deutsche Grammophon/ユニバーサル(2021)

 レコーディング手法を駆使しながら、みずからのイメージする姿へと導いていく術は30年に亘る長いキャリアで培われたものだろう。そして、そのキャリアにおいて生み出された数多くの楽曲から最終的に選び抜かれた14曲には彼なりの基準があったようだ。

 「ニール・ヤングが昔インタヴューで答えていたんだけど、〈ベスト・アルバムの収録曲は聴く側の気持ちになって考える〉って言ってたんだ。そこで僕は自分自身が気に入ってるものを半分、そして残り半分はクラシックのアレンジを施すことでさらに良くなると思えるものを選んだんだ」。

 もちろん本人には全曲それぞれに思い入れがあるだろうが、なかでも満足しているものをあえて1曲挙げてもらった。

 「9曲目の“The Lonely Night”(オリジナルは2013年)かな。すごく地味な曲だし、そんなに知られている曲じゃないんだけど、クリス・クリストファーソンのヴォーカルが楽曲特有の美しさを引き出してくれて、とても気に入っているよ」。

作りたいものに誠実でありたい

 その他にもデヴィッド・リンチが手掛けたドラマ・シリーズ「ツイン・ピークス」のテーマからサンプリングし、キャリア初期の代表曲となったレイヴ・アンセム“Go”(91年)はオリジナルを彷彿させるダンス・トラックに仕上がっていて、驚く人も多いはずだ。

 「“Go”のアレンジはチャレンジングだったよ。最初は不可能にも思えたけど、ほら、クラシックって管弦楽器以外にもドラムスやパーカッションが入っているだろう? そこにフォーカスすることでオリジナルのテクノ・トラックをアコースティックなオーケストラ・ヴァージョンに変貌させることに成功したんだ。みんなが好きな『ツイン・ピークス』のフレーズもしっかり入れてあるからきっと楽しんでもらえると思うよ」。

 さらには、映画「ザ・ビーチ」の挿入歌として象徴的なシーンを彩った“Porcelain”(99年)もチョイスされているが、オリジナル・ヴァージョンのゆったりとレイドバックしたダンス・トラックがシンフォニックで荘厳な装いに生まれ変わり、まるで続編かのようなアレンジになっているのも印象的だ。

 「その“Porcelain”も制作に苦労した曲の一つさ。歌詞やメロディーの起伏が少なくて、想像していたよりも難しかったけど、最終的にはオリジナルのアンビエンスを踏襲しながらも新鮮なものに仕上げられたんじゃないかな。あとは僕自身、自分の楽曲を他の人に歌ってもらうのが好きだから、そういう意味でもとても新鮮だったね」。

 ヴォーカリストを起用している点では、生前にプライヴェートでも親交のあったデヴィッド・ボウイの代表曲“Heroes”を、モービー作品ではお馴染みのミンディ・ジョーンズの歌唱でカヴァーしている。

 「デヴィッドとは近所に住んでいたこともあったし、僕のアパートのリビングでこの曲を二人で演奏したこともあったんだ。そんな彼への賛美と哀悼の意を表したくてね。オリジナルが完璧すぎるから、そこからかけ離れたもので敬意を示したくて、ベースもドラムも入れず、あえて彼女のヴォーカルのみにしたことで、人間の儚さみたいなものが表現できたんじゃないかと思うよ」。

 伝統あるレーベルと共にこれまでのキャリアを最高の形で総括したいま、次の一手として彼の脳裏に浮かぶものとは一体どういったものだろう?

 「僕の音楽人生はいままでも予想外の連続だったし、音楽を作り続けているうちにこんなに多くの人に聴いてもらえて、オーケストラとも共演できて、さらにグラモフォンから作品をリリースするなんて想像したこともなかった。昔は歳を取ったら哲学の教授になるつもりだったからね。音楽っていうのは感情を伴ったコミュニケーションの方法としてもっとも素晴らしいものだと思うし、そのことはキャリアを重ねれば重ねるほどに痛感しているんだ。今後も自分が作りたいと思うものに誠実でありたいから、それがどんなジャンルかもわからなければ、果たして人前で披露するかもまだわからないけれど、ただ一つだけ言えるとしたら音楽を作り続けていくっていうこと、それだけは間違いないね」。

モービーの近作を紹介。
左から、13年作『Innocents』、18年作『Everything Was Beautiful, And Nothing Hurt』、20年作『All Visible Objects』、モービー&ザ・ヴォイド・パシフィック・クワイア名義の16年作『These Systems Are Failing』、17年作『More Fast Songs About The Apocalypse』(すべてLittle Idiot)

 

モービーの参加した近作を一部紹介。
左から、ミッジ・ユーロの14年作『Fragile』(Hypertension)、ロビン・シュルツの15年作『Sugar』(Tonspiel/Warner)、オノ・ヨーコの16年作『Yes, I'm A Witch Too』(Manimal Vinyl)、ビリー・アイドルの18年作『Vital Idol: Revitalized』(Capitol)、ペンデュラムの18年作『The Reworks』(Earstorm)

 

『Reprise』に参加したアーティストの関連作品を一部紹介。
左から、ヴィキングル・オラフソンの21年作『Reflections』(Deutsche Grammophon)、グレゴリー・ポーターの20年作『All Rise』(Blue Note)、アワ・ネイティヴ・ドーターズの19年作『Songs Of Our Native Daughters』(Smithsonian Folkways)、マイ・モーニング・ジャケットの20年作『The Waterfall II』(ATO)、デイトリック・ハッドンの20年作『Time: Truth Is My Energy』(eOne)、クリス・クリストファーセンの70年作『Kristofferson』(Monument/ソニー)、マーク・ラネガンの20年作『Straight Songs Of Sorrow』(Heavenly)、ダーリンサイドの20年作『Fish Pond Fish』(More Doug/Thirty Tigers)、ノーヴォ・アモールの20年作『Cannot Be, Whatsoever』(AllPoints)、スカイラー・グレイの16年作『Natural Causes』(Interscope)、カヴァーした“"Heroes"”の原曲を収めたデヴィッド・ボウイの77年作『"Heroes"』(RCA)