タワーレコードのフリーマガジン「bounce」から、〈NO MUSIC, NO LIFE.〉をテーマに、音楽のある日常の一コマのドキュメンタリーを毎回さまざまな書き手に綴っていただきます。第3回のライターも渋谷直角さんです。 *Mikiki編集部

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indigo jam unitと不思議な旅。

 釧路に初めて訪れたのは5年前の冬。とあるバーが閉店すると聞いたからだった。会ったこともないバーの店主である女性が、学生時代から僕の書くものを読んでくれていて、僕の本を仕入れてお店で売ってくれていたのである。そんな有難いお店が閉店するなら一度は顔を出しておきたい、と考えたのだ。

 そのバーは釧路駅からほど近い、小さなビルの2階にあった。店主に初めて挨拶をし、来ていたお客さんに似顔絵やサインなどを描いた。次の日、店主が釧路の街をアテンドしてくれたのだが、これがどこも素晴らしく、「竹老園」は正直、日本で一番美味い蕎麦屋だと思ったし、「六花亭」の喫茶室で食べたソフトクリームは東京のどのソフトクリームも超えられない味だった。少し遠出になるが、阿寒にある「両国」という鹿肉ジンギスカンのお店は衝撃、という言葉しか浮かばないほどの柔らかさと新鮮さ。この店の主人は店を閉めるとクラブへ行き、ハウスのDJもやっているという。

 夕方、バーの店主が、ライブを見ませんかと言う。釧路のバンドか、と尋ねると、indigo jam unitが釧路に来ていて、解散ツアーをやっているのだと。釧路にはレコード店がないので、ちょうど音楽に触れたかったところだった。

 indigo jam unitのライブを見るのは初めてだったが、パーカッション、ベース、ドラム、ピアノのジャジーなインストゥルメンタルで、冬の釧路の乾いた空気によく映え、見応えがあった。また会場はもう廃墟となったデパートの1フロア、というのも最高にアンダーグラウンドなシチュエーションで興奮した。その会場で、バーの店主を通じて知り合ったのが、プランクトンの研究をしている海洋学者の男性。僕よりも年上で、indigo jam unitやゆらゆら帝国が好きなのだという。普段は仙台在住で、研究のため、年に数回釧路に出張するのだそうだ。釧路の海は暖流と寒流が交差していてプランクトンが豊富らしい。ライブ後、みんなでザンギを食べに行った。不思議な旅だった。

 以来、すっかり釧路が気に入ってしまい、年に1〜2回は遊びに行くように。またindigo jam unitのおかげで、釧路に限らず旅先で東京のバンドのライブを見るという行為にもハマっている。訪れたその日にやっているバンドを、当日券でフラリと入って見るのだ。東京と違う魅力がそれぞれの街にあって、そこで演奏される音は都内のライブハウスで聴くのとはまた違った空気の振動に感じる。そして普段聴いてなかった、あるいは知らなかったバンドを旅先で知ることができるのも愉しい。福岡で見たアーバンフェチ。岡山で見たグッドラックヘイワ。岐阜で見た金子マリの「ゴロワーズを吸ったことがあるかい」のカバーは今も忘れられないほど感動した。せわしなくスケジュールを組んで名所名跡をまわるより、自分にはずっと贅沢な旅の思い出になる。

 緊急事態宣言が延長され、東京から動けず、昨年に続き今年も釧路に行くことはかなわないかもしれない。都内の小さいけれど大好きなクラブやライブハウスにも通えなくなったし、閉店する話もよく聞くようになった。東京から動けないのでリリースに合わせたプロモーションやイベントが打てない、と知り合いのミュージシャンも悔しそうに溢している。この疫病が終わるまで、あとどれだけの寂しさを味わうことになるのだろう?

 気づけば、釧路のサンマは500円を越える高級魚になっていた。

 


著者プロフィール

渋谷直角 しぶや・ちょっかく
マンガ家。1975年生まれ。マガジンハウス「relax」でライターとしてデビュー後、マンガも描き出す。近著に「続・デザイナー渋井直人の休日」(文藝春秋)「さよならアメリカ」(扶桑社)など。shibuyachokkaku.com

 

〈LIFE MUSIC. ~音は世につれ~〉は「bounce」にて連載中。次回は2021年6月25日(金)より店頭配布開始の「bounce vol.451」に掲載。