Page 2 / 3 1ページ目から読む

5.黄金比

〈黄金比〉は約5:8であるということはご存知でしょうか、まさしくこのアルバムの〈黄金比〉たる位置に存在する5曲目。

基本のメロディーラインは『大発見』(2011年)あたりの昔の事変らしさを残しつつ、豪華な音のヴォリューム感と目まぐるしい曲展開に驚きと喜びが止まらない……。ある程度音楽に親しんできた身、東京事変を追いかけ続けている身としてはセオリーというか、次はこうあれば気持ちいいだろうなという予想も少なからずあるけれど、アルバムを通して全く通用しないし、そうあり続けてくれる東京事変を目の当たりにできることが幸せです。

男女の関係性を歌った浮雲曲といえば、“かつては男と女”(『大発見』収録曲)のアダルトな世界観を思い出しますが、2021年はこのアプローチ。熱を帯びた音色に淡々とした声調、宇宙空間のような無限を感じる音の広がりに不安定なメロディー進行。まさしくカオスをリフで表現したと言わんばかりのアウトロのギター。正直言葉にしてしまうとどうにもチープになってしまうので、本能でその気持ち良さを体感して欲しい。均整の取れたこの混沌こそがまさしく黄金比。

 

6.青のID

“黄金比”の終わりからの音の繋がりがかなり気持ち良い6曲目、揺れ動くハイティーンの気持ちを描いた“青のID”。映画「さくら」の主題歌として書き下ろされた曲なので是非そちらと一緒に体感して欲しいのが正直なところです。

ガチャガチャした曲構成で、林檎さんも声を荒々しく張り上げていて。擦り切れそうで、不安定で、激しく移ろうハイティーンの心情を曲全体で描写した一曲。

私事で恐縮ですが、中の人は解散前の東京事変で青春時代を過ごしていたので、この曲で当時の葛藤や爆発しそうな感情が波のように押し寄せて胸が詰まる思いでした……。今まさに青春時代を過ごされている、これから青春を迎えようとしている方々にとって、きっと人生のテーマソングになる、なっていくであろうこと請け合いです。

余談ではありますが、アルバム内では赤の同盟と対に位置している今作、〈生きている証明〉というワードから察するに昨年リリース“永遠の不在証明”とも対になっているのではないでしょうか。真相はいかに……。

 

7.闇なる白

アルバム中央、7曲目に位置する“闇なる白”。2020+Xのティザーに使用されたフレーズから想像していた曲調イメージとの乖離……。そして浮雲をギターではなく歌で起用する、これが2021年の東京事変か、と(紹介しそびれておりましたがアルバムの奇数曲には男性ヴォーカルが入っており、『三毒史』の偶数トラックと対になっています)。

この曲は現代の忙しなさを表現するかの如く曲展開も目まぐるしく、特に全員の手数が多くて、抜群の技術力が余す所なく発揮されていて耳が贅沢……スーパーイザワタイムにも注目です。

高低差、温度差を風刺的に描き出した鋭利な議題でありながら、メロ、歌詞ともに飲み込みやすく再生後の東京事変の深化を窺えます。大衆向け且つOTK向け。東京事変の再生後、現在を象徴した曲でありながら、このアルバムを象徴した曲。そう、薬とは毒なんです。

 

8.赤の同盟

ドラマ「わたどう」の世界観にバッチリハマった情熱的且つ色々あるけどみんな仲良く行こうや、な先行配信曲であり8曲目。リリースから時間が経っているので慣れが生じてしまっているものの、初めて聴いてからしばらくは驚きを禁じ得ませんでした。

ある程度J-Popの枠組みに沿った正統派な部分もありつつも、知らず知らずのうちに不協和音に懐柔され、きっと骨抜きにされている筈。ピアノ・ソロに入るまでの間の取り方は流石に前衛的すぎる。ライブはここで〈椎名林檎スポットライトタイム〉が開催されるそうで、今から心待ちにしてしまいます(間の使い方といえば、ペトロールズの『GGKKNRSSSTW』(2019年)にて特徴的だった美しい無音空間の妙を思い出しました)。

この曲も全体的にまとまりがよく聴きやすいので、初めましての方にも是非。

 

9.銀河民

〈〜民〉シリーズ3作目と称されるとどんな超大作かと心躍らせる気持ちも分かりますが、ああ、こんな引き出しがまだあったんだと感嘆。繰り返す浮雲のリフレインから感情も目もトロンとしてくる。

日常に転がってる大したことじゃないんだけどちょっとうまくいかなかったことや、声に出して言うほどじゃないけど何だか引っかかった出来事。若い頃ほど大きく喜怒哀楽は現れないものの、そんな小さなアンラッキーでなんとなーく気分が乗らない日って大人になると沢山あって。何か大きいことを成したい人生のイントロも沢山創ってきてくれたけれど、この曲は言うならば特に何かあったわけじゃない日の為のサントラで。歳をとってきて良かったと思わせてもらえました。

アウトロのフェードアウトで気持ちよく眠りに付ける、また彼らがこの世の大人の1日の終わりにあって欲しいものを創ってくれました。