2021年6月9日にリリースされた東京事変、約10年ぶりのオリジナル・アルバム、その名も『音楽』は、これまでの東京事変感を覆す、よりアダルトでジャジーでミステリアスなアルバムだ。本作の魅力について、タワーレコード新宿店で東京事変、および椎名林檎の展開を担当する名物スタッフ、吉野真代さんに〈スタッフではなくファン目線でのアルバム・レビューを〉と依頼したところ、予想を超える長さと熱量の文章が到着。人によっては一見難解に感じるところもあるかもしれない『音楽』を理解するための一助になれば幸いである。 *Mikiki編集部

 

東京事変 『音楽』 ユニバーサル(2021)


解散、再生を経て5人が到達した新たなステージ

東京事変『音楽』。聴きました。……聴きました。

10年ぶりのオリジナル・アルバムのタイトルが『音楽』だなんて、チャンネル縛りだと分かっていたとしても何かと色んな想像をしてしまう悲しき愛好家の性。

ただそれより彼らが創り出すニュー・アルバムの一音目はどう我々に攻め込んで来るのだろうか、と胸を焦がしていました。

 

結論「東京事変はこちらがいくら心の準備を整えて待ち構えていたとて意味なし、そこが好き」

この十数年、何度繰り返したろう。自戒の念を込めて、そして全身いっぱいの愛を込めて。

(以下、曲解説はタワーレコード新宿店店頭展開〈中の人が聴いた!『音楽』〉を一部改変する形で執筆しております)

 

1.孔雀

少しでも昔の思い出で悦に入っていた己を心底叱ってやりたい。

マイク・チェックからの大御所5人今更のメンバー紹介(五臓六腑については浅学なので役割など存じ上げませんが、5人で1つ、東京事変!感……)。林檎さんご自身もインタビューで言及されていた通り、『三毒史』から地続きとして聴ける1曲目。あの時にも使われていた般若心経が次はラップに様変わりし、浮雲と椎名林檎の共作になるとこんなアプローチに。誰が10年ぶりのアルバムの1曲目がこうなると予測できたろう。

ノスタルジーなんか置いてけぼりにして、予想を軽々と上回り、すごい速さで捲し立てるその混沌にもう気持ちよくなっちゃう筈。ここから音楽、始めます。

 

2.毒味

感情が全く追いつかないまま本編へと突入し、その最初の曲となるタイトルは“毒味”。俗世への風刺が乗るのはキレッキレのベース、そして纏わりつくようなギターとキーボードが鳴るジャズ・ファンク的なアプローチ。今までの師匠(亀田誠治)作曲のイメージをガラリと変えるテイストで作られた攻撃的なサウンドが特徴的なこの“毒味”、実は羽生善治名人をモデルにして書かれた曲だそう。OTK(“一服”より)泣かせの小ネタが随所に散りばめられるなどニクい技巧も凝らしまくり。

〈真価を問い直してくれ給え〉の部分のコード進行が個人的にはアルバムを通してもなかなかの優勝ポイントで、粘着質でいて切れ味抜群、ナチュラルハイ必至。

〈大人になるとは諦めを知ること〉などよく言われますが、角が取れてたまるかと物怖じせずに攻め入る姿勢を思い出させてくれる大名曲、ここに誕生しました。

 

3.紫電

メロ重視でこのアルバムを聴くならば2“毒見”→3“紫電”の流れが好きです。

気怠げで棘のある風刺が盛り込まれた歌詞と、軽快で滑らかな旋律と不協和音が美味し合う。わっち(伊澤一葉)曲感はしっかりありつつ、インテリジェンスが爆発してるこの曲構成……再生後のわっちの作曲のクォリティーが正直桁違いに高すぎる。

先行配信の“緑酒”MV、ここに繋がることをいざアウトロに到達する迄気付けぬこの曲展開が気持ち良すぎて悔しい。MVでもその世界観が味わえますが、としちゃん(刄田綴色)のお神楽の太鼓を感じさせるドラムの音色も美味。

驕らずに生業をこなすのはあくまで大前提として、下手に長いものに巻かれず、凛とありたいと己を奮い立たせてくれます……有難ぇ……。

 

4.命の帳

先行配信シングル。このアルバムを通して聴くと比較的に音楽として飲み込みやすいものが多かったように感じて、意思のある先行配信だなとつくづく感動しています……(笑)。

先行配信の楽曲群に通じて感じていたのは〈深化〉。一言で纏めてしまうのは勿体ないですが、解散を経て、別環境で各々が触れてきた音楽が、再生後に歌詞一節、音色ひとつとっても深みと説得力を増していて。“命の帳”には他の曲のように電流が走る様な衝撃はないけれど、確実に人体に沁み込んで行く悦楽が感じられます。

シンプルなイントロから時間を追うごとに、冷たさや生々しいほどの人肌の体温の生ぬるさ、己とは別の存在の不確かさ、不安定さ、纏まらず燻る心情……等々が歌詞だけではなく音程やリズム、こう言葉にしてしまうと安く感じてしまうほど曲全体で深く描写されていって、自分を形成している線とこの曲との境界線が融け出してどこからが本体かわからなくなってしまうような心地に。