photo by Tomohide Ikeya // art direction by Hiroto Kuwahara

数あるトラブルを乗り越えていよいよ完成した、執念と愛着の結晶。原点回帰とアップデート感を孕んだサウンド越しに魅惑の歌声が誘う、新たな密会の場へようこそ――

 このご時世、参ってない人なんていない。ステージでは〈強い女〉というイメージを発しているキノコホテルの支配人、マリアンヌ東雲(歌/電気オルガン)はどうだったのだろうか。

 「できることに全力投球してきたわけですが、昨年の秋ごろにはすべてが不毛に思えて。ジタバタしても仕方ないなと。そんなときにアルバムのお話をいただいたのですが、直後にジュリエッタの件があって、すっかりコロナどころではなくなりました」。

 ジュリエッタ霧島は、キノコホテルのベーシストとして約8年間に渡って活躍、支配人からも絶大なる信頼を得ていたメンバーだが、長年の蓄積疲労による頚椎症性神経根症の発症により、5月末をもって〈無期限休職〉に。

 「正直、やれる状況ではなかったんですが、ここで逃げたら、それはバンドの終わりを意味する気がして。そこから〈やらなくてはいけない!〉と自分に言い聞かせながら、曲を書きはじめました。正直、非常にヘヴィーな心境のなか、必死にしがみつきながら曲を作っていったという意味では、キノコホテルの過去作とはだいぶ趣が異なりますね。結局コロナは数あるトラブルや変化の一つに過ぎなかったんです」。

キノコホテル 『マリアンヌの密会』 Solid(2021)

 そうして完成を見たニュー・アルバム『マリアンヌの密会』は、毎度お馴染み、マリアンヌ東雲の美麗かつ妖艶なカット……ではないジャケットからして、いつもとは様子が違う。しかし、夜の大海へと誘うかのような荘厳かつ妖しいインストゥルメンタル“海へ・・・”を冒頭に、“愛してあげない”では初期キノコホテルを彷彿とさせるエモーションを高らかに響かせ、続く“キマイラ”ではこの1年あまりの鬱憤を綴りながらも〈今なら耐えられるわ〉〈解き放て 翔んで行け〉といたってポジティヴ。さらに、清涼感漂うポップ・ナンバー“カモミール”、マリアンヌのアイロニカルなリリックが炸裂する“断罪ヴィールス”と畳み掛け、〈原点回帰〉を含みながらも随所に感じさせるアップデート感とバンドの逞しさ、そしていつのまにやら若返った?と思わせるマリアンヌの歌声に酔わされる。

 「バンドもあれこれ新しいことにチャレンジしていた時期は、長尺の曲を作ってみたりだとか、打ち込みの要素を加えたりとか、少しずつ殻を破ってきたのですが、そろそろいままで出してきたものや培ってきたものを振り返る……じゃないですけれども、より着実に自分たちのものとしてより強固に、完全にキノコホテルのものとして堂々と提示したいという気持ちがありました。歌声については、不思議なことに、デビューの頃に出なかったキーが出るようになって。ようやく要領がつかめてきたのかもしれないですね。自分にとって歌いやすいメロディーラインをやっと書けるようになってきたのかも。声が可愛い? そう、可愛いの、本当はね(フフッ)」。

 後半は、柔和と哀愁を湛えた退廃的なムードのバラード“街が痙攣している”、キノコホテル流R&Bとでも言えそうな“わがままトリッパー”、あばずれ感全開でマリアンヌが絶叫する“莫連注意報”、当人いわく「爽やかな甘酸っぱさを感じさせる」サウンドでありながらマリアンヌの程良い〈お叱り〉に悶えそうになる“エレクトロ・デリケイト”、そして〈通常営業〉が待ち遠しくなる賑々しいインストゥルメンタル“麗しの醜聞”で締め括り。とっても濃密な35分間だ。

 「断捨離だなんだっていうのは、モノが溢れているからじゃないですか。そういうなかで、より独自性というか、他に似ていないモノが強いはずだと自分は信じていて、別にわかりやすく売れなくてもいいからずっと自分たちで居続ける、そういうスタンスでやってきた部分はあるので。まあ、いつになったら気が済むのだろうと思うときはありますけど(フフッ)。ホントに要らないものはどんどん捨てていってしまうタイプなんですけど、キノコホテルに関してだけは自分の執念の結晶というか、我ながらドン引きするぐらいの愛着があるんだなというのを、今回、作品作りのなかで改めて感じたりしましたね」。

左から、キノコホテルの2019年作『マリアンヌの奥儀』(キング)、マリアンヌ東雲の2019年作『MOOD ADJUSTER』(ビクター)、kemeの2021年作『ひとりごと』(Solid)