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Photo by Joe Magowan

マッドリブ meets ブライアン・ウィルソン? あらゆる楽器を自身の色に染めるウォール・オブ・サウンド
by 高橋アフィ

本作『Yellow』の特殊性を考えるには、FACT Magazineによる10分間でトラックを作成する人気企画〈Against The Clock〉に出演したエマ・ジーン・サックレイの動画を観るとわかりやすいかもしれない。

エマ・ジーン・サックレイが出演したFACTの〈Against The Clock〉

『Yellow』のクレジットによると、まずはプレイヤーとして、ヴォーカル、トランペット、ギター、ベース、シンセ、ヴィブラフォン、バスクラリネット、鍵盤、打楽器を担当。そして演奏以外では作曲、アレンジ、プロデュースを行い、さらに録音やエディット、ミックスまで行っている。

だがその多彩さに対し、〈Against The Clock〉の動画は意外なほどシンプルだ。鍵盤で和音を作ることから始まり、シームレスに打楽器、管楽器、声へと繋がっていく。様々な楽器をその特徴を生かして使い分けるマルチな才能というよりは、どの楽器でも自分の色として取り入れていくセンスが際立っている。

またもう一つ特徴的なのが、どのパートも均等に扱うバランス感だ。リズムやベースライン、メロディーなどを明確な主線にするのではなく、それぞれのパーツが絡むことでトラックが成り立っている。それは複数の楽器を扱えるからでもあるだろうが、むしろ本人が影響を受けたと語るマッドリブからの流れで考えると面白いかと思う。どの楽器も主役であり脇役でもある、だからこそ一筋縄では行かない魅力は、両者に共通する要素だ。

イエスタデイズ・ニュー・クインテットの2001年作『Angles Without Edges』収録曲“Rugged Tranquility”。イエスタデイズ・ニュー・クインテットは5人のメンバーがいずれもマッドリブの別名義である架空のバンド

一般的にはどうしても声が中心になるヴォーカル曲を中心に置きながら、エマ・ジーン・サックレイのセンス/バランス感が色濃く出ているのが『Yellow』だ。声やメロディーを軸として聴かせるだけでなく、時には歌がリフのようになり楽器が前に出たり、かと思えば多声コーラスの多幸感で曲が展開したりする。歌もののように始まった“Say Something”は、気がつけばコーラスの声がバッキングとなり、シンセ・ソロとうねるようなバンド演奏で盛り上がっていく。このシンセの前に出過ぎない絶妙な音量バランスはさすがだ。

『Yellow』収録曲“Say Something”

その世界観を支えているミックスにもエマ・ジーン・サックレイのこだわりが見える。70年代のサウンドを目指し、シンセ含め基本全てアナログ楽器を使った音作りは、どのパートもふくよかでやわらかい音色となっている。それが、どの楽器も主役になれ脇役にもなれる、音の魅力と柔軟性を作り上げている。

またライナーノーツによるとウォール・オブ・サウンドも意識しているようだ。ただその使い方はやや特殊。「色々な楽器の音がブレンドされて、新しい音が生まれた状態のことを指している」とのことで、どの楽器かすぐに分からない「曖昧な音だということ。この世のものではない感じで、奇妙な雰囲気を狙っている」らしい。エフェクトは控えめなはずなのにどこかサイケデリックな本作の質感はこれによるものだろう。

まさにウォール・オブ・サウンドな圧と広がりがある“Spectre”も見事だが、一見メロウに思える“Golden Green”の中間部のソロも面白い。よくよく聴くと(少なくとも)声とトランペットとキーボードが混ざり合っており、摩訶不思議なサウンドになっている。ミックスの細かなバランス調整で実現出来るスタジオ・ワークだからこそのサイケ感、そして奇妙な多幸感は、作曲家として研究したというブライアン・ウィルソン、ひいては『Pet Sounds』的とも言えるはずだ。

『Yellow』収録曲“Golden Green”

ぱっと聴くとオーガニックなバンド演奏らしさがありながら、絶妙で奇妙なバランス感覚で成り立っている本作。是非何度も聴いて謎を楽しんで欲しいのだが、個人的なおすすめは自身のYouTubeチャンネルにアップされているライブ演奏との聴き比べだ。このミックスも自身で行なっており印象は音源と近いが、よりライブ・バンド感が強くなっており熱量がカッコ良い。同時に、サイケ感を入れることでクールにまとめ上げた『Yellow』の凄さもより楽しめるだろう。

2021年のライブ映像

 


RELEASE INFORMATION

EMMA-JEAN THACKRAY 『Yellow』 Movement/BEAT(2021)

リリース日:2021年7月2日
配信リンク:https://movementt.ffm.to/yellow

■国内盤CD
品番:BRC676
価格:2,420円(税込)
ボーナス・トラック収録/歌詞対訳・解説付属

■輸入盤CD
品番:MVMTT04CD
価格:2,490円(税込)

■限定盤LP(クリア・ヴァイナル)
品番:MVMTT04LPC
価格:4,090円(税込)

■輸入盤LP(ブラック・ヴァイナル)
品番:MVMTT04LP
価格:4,090円(税込)

TRACKLIST
日本盤CD
1. Mercury
2. Say Something
3. About That
4. Venus
5. Green Funk
6. Third Eye
7. May There Be Peace
8. Sun
9. Golden Green
10. Spectre
11. Rahu & Ketu
12. Yellow
13. Our People
14. Mercury (In Retrograde)
15. Road Trip To Saturn (Bonus Track)

ヴァイナル
A1. Mercury
A2. Say Something
A3. About That

B1. Venus
B2. Green Funk
B3. Third Eye
B4. May There Be Peace

C1. Sun
C2. Golden Green
C3. Spectre

D1. Rahu & Ketu
D2. Yellow
D3. Our People
D4. Mercury (In Retrograde)