
終わりなき悲嘆や底知れぬ葛藤を溢れる才気で音楽に変えて、グルーヴはふたたび蠢きはじめた――すべてを自分で完全にコントロールした彼女だけの『Weirdo』な世界とは?
「子どもの頃は〈なんでそんなに変わってるの?〉って言われるのを侮辱のように感じていた。でも、大人になったいまでは、それがポジティヴなものだとわかる。私はずっとアウトサイダーだったけど、それは自分自身を深く理解し、強い想像力を持っていることの証でもある。だから、これは自己受容のアルバムであり、同じように感じている人たちへの呼びかけでもある。〈ちょっと変わってる? そんなの気にしなくていいよ、君はそのままで素晴らしいんだから〉ってね」。

〈変人〉〈変わり者〉と題されたニュー・アルバム『Weirdo』について、マルチ演奏家のエマ・ジーン・サックレイはこう説明する。ジャズを基盤に活動しながらも、2016年に自主リリースした最初のEP『Walrus』の時点で、スピリチュアル・ジャズやファンク、デトロイト・テクノを折衷するクロスオーヴァーな感覚は表に出ていた。以降もUKジャズの新潮流として評価されながら自身の主宰するムーヴメントから作品を重ね、初のフル・アルバム『Yellow』を発表して絶賛を浴びたのが2021年のこと。今回の『Weirdo』は2023年に契約したジャイルズ・ピーターソン主宰のブラウンズウッド及びパーロフォンからのリリースとなる。彼女とブラウンズウッドの縁ではストラータ“Lazy Days”(2022年)への客演も思い出されるし、そもそも彼女の“Ley Lines”が広まったきっかけのひとつに『Brownswood Bubblers Thirteen』(2018年)への収録もあった。
もともと『Yellow』の制作時に手を付けていたものの、完成がこのタイミングになったのは、その間に長年のパートナーの死を受け止めなければならなかったことと無縁ではないだろう。ただ、「このアルバムを作ることが、私にとってのセラピーであり、朝起きる理由であり、人生の指標になった」と創作すること自体を活力に変える形で気持ちを取り戻し、極めて個人的な表現をほぼ独力で作品に紡ぎ上げた。
「このアルバムを作るプロセス自体、とても孤独なものだった。自宅に一人きりで、ほぼ毎日1年間ずっと作り続けた。誰の手も借りずに、作曲、演奏、プロデュース、録音、ミキシングまで全部やった。唯一2人の素晴らしいアーティスト(カッサ・オーヴァーオール、レジー・ワッツ)が新しい声を加えてくれた以外は、すべて私の孤独で、独りよがりで、変わった世界の中で生まれたものなんだ。私はこれまでも自分ですべてを完全にコントロールしたレコードを作ってきたけど、そのことをあまり強調してこなかった。でも、今回はそれを話すべきだと感じた。このアルバムは非常に個人的なもので、私の本質そのものだから」。
その〈個人的〉とは横断的で越境的で折衷的な音楽性のことでもある。かつて〈ジャズ・ミュージシャンだけど、ジャズを作っているわけじゃない〉とも語っていた彼女だが、『Weirdo』の音世界はまさにその言葉を裏付けるものかもしれない。
「最初に思い浮かぶのはマイルス・デイヴィスの言葉ね。〈好きに呼べばいい、何とでも言えばいい〉。正直どう呼ばれるかは重要じゃない。確かに私の音楽はジャズから影響を受けている。それが私の中にあるから。でも同時に、ヒップホップ、グランジ、ソウル、ビョークやジョージ・クリントンの世界観、プリンス、カート・コバーン、スティーリー・ダンも入っている」。
ウインドウショッピングのようなリファレンスではなく、それらの血肉化された要素が素養となってウィアードな名曲たちにエマ自身の歌と演奏を注ぎ込んでいることが重要だ。圧巻の構成力を備えたアレンジとエモーショナルな表現、メロディアスな親しみやすさ、ソウルフルにうねるグルーヴは、ただシンプルに最高の音楽として恐るべき『Weirdo』に広がっている。圧倒的な傑作の誕生だ。
左から、エマ・ジーン・サックレイの2021年作『Yellow』(Movementt)、カッサ・オーヴァーオールの2023年作『Animals』(Warp)、レジー・ワッツが在籍するワジャッタの2020年作『Don’t Let Get You Down』(Brainfeeder)
エマ・ジーン・サックレイの参加作を一部紹介。
左から、スキニー・ペレンベの2019年作『Dreaming Is Dead Now』(Brownswood)、スクリムシャイアの2019年作『Listeners』、ヘクター・プリマーの2019年作『Next To Nothing』(共にAlbert’s Favourites/rings)、ダイアボリカル・リバティーズの2020年作『High Protection & The Sportswear Mystics』(On The Corner)、2020年のコンピ『Blue Note Re:imagined』(Blue Note)、スクイッドの2021年作『Bright Green Field』(Warp)、ストラータの2022年作『STR4TASFEAR』(Brownswood)