田中亮太「Mikiki編集部の田中と天野が、海外シーンで発表された楽曲から必聴の楽曲を紹介する週刊連載〈Pop Style Now〉。今週の話題といえば、第93回アカデミー賞授賞式ですよね」

天野龍太郎「『ノマドランド』が作品賞を含む3冠を獲得して、その監督クロエ・ジャオや『ミナリ』のユン・ヨジョンといったアジア系女性たちが活躍しました。ユン・ヨジョンについては、ブラッド・ピットをチクリと刺す一言や、記者の愚かな質問に対する『私は犬じゃない』という返答が話題になっていましたね。彼女の活躍に胸がすくと同時に、映画の世界にはまだまだ差別的な意識や構造が残っているんじゃないか、とちょっと嫌な気持ちにもなってしまって……。アカデミー会員や記者たちは、どう思っているのでしょうか?」

田中「賞を発表する順番を変えたのも話題でしたね。主演男優賞を昨年亡くなったチャドウィック・ボーズマンに捧げるためかと思いきや、会場にいないアンソニー・ホプキンスが受賞して変な空気になり……。なんとも奇妙なオスカーでした」

天野「音楽関連では、歌曲賞がH.E.R.の“Fight For You”(『Judas And The Black Messiah』)、作曲賞がトレント・レズナーとアッティカス・ロスとジョン・バティステ(『ソウルフル・ワールド』)。あと、リズ・アーメッドが聴覚を失うメタル・ドラマーを演じた『サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~』が、編集賞と音響賞の2部門を受賞。それに、久保憲司さんが連載で取り上げたジョーイ・バッドアス(Joey Bada$$)主演の『隔たる世界の2人』が短編実写映画賞を獲りましたね! それでは、今週のプレイリストと〈Song Of The Week〉から」

 

Emma-Jean Thackray “Say Something”
Song Of The Week

田中「〈SOTW〉は、エマ・ジーン・サックレイの新曲“Say Something”! エマ・ジーン・サックレイは、英ヨークシャー生まれでロンドンを拠点に活動しているマルチ・プレイヤー。UKジャズ・シーンで注目を集めている才能です」

天野「サックレイのことは、以前から気になっていたんですよね。マカヤ・マクレイヴン『Where We Come From』(2018年)や『Blue Note Re:imagined』(2020年)への参加が印象的でしたし。決定打だったのは、スクイッドが来月リリースする新作『Bright Green Field』にトランペットで参加していることです。〈この人は注目したほうがいいな〉と思いました」

田中「これまでに『Walrus』(2016年)『Ley Lines』(2018年)や、『Rain Dance』『Um Yang 음 양』(いずれも2020年)というEPで、自身のヴォーカルをフィーチャーしながら、生演奏と密室的な多重録音やプログラミングを組み合わせて、独自のジャズを展開していた彼女。この“Say Something”は、7月2日(金)にリリースされるデビュー・アルバム『Yellow』からのシングルです」

天野「これまでにもサックレイが試みていた、ハウス的な4つ打ちを大々的にフィーチャーした楽曲ですね。このダンス・ミュージックとジャズとの折衷は、いかにもUKらしい。クラブ・ジャズのリスナー、あるいはリトル・ドラゴンのファンにも刺さりそう。フューチャリスティックなシンセサイザーの音色、ゴスペルっぽくどんどん上昇していくようなアッパーな展開が、とにかく見事です!」

 

Faye Webster “Cheers”

天野「米アトランタのシンガー・ソングライター、フェイ・ウェブスターは、前作『Atlanta Millionaires Club』(2019年)で一躍ブレイクした才能。待望の新作『I Know I’m Funny haha』を6月25日(金)にリリースするということで、同作からシングル“Cheers”が発表されました」

田中「ウェブスターはフォトグラファーでもあり、モデルとしてもファッションの世界でも注目を集めています。あと、無類のヨーヨー好き(笑)。アトランタのラップ・シーンとも繋がっていますし、不思議な人ですよね。音楽性はいかにもUSインディー・フォークといったサウンドですが、マット・“ピストル”・ステッセル(Matt “Pistol” Stoessel)のペダル・スティール・ギターの音は、バンドに欠かせない存在です」

天野「彼女は昨年も“In A Good Way”“Better Distractions”というシングルを発表していたのですが、〈PSN〉ではスルーしていました(笑)。でも、今回の“Cheers”は歪んだギターとピック弾きのベース、ドラムがヘヴィーなイントロを聴いて、〈これは!〉と思ったので選んだ次第です。ペダル・スティールこそ鳴っていませんが、グランジっぽいロック・アンサンブルから浮かび上がる、透明感のあるギターのフレーズが心地よい。恋愛にまつわる皮肉っぽいリリックも最高! バイカーたちと共演したビデオも必見ですね」

 

Billie Eilish “Your Power”

天野「今週最大の話題曲、ビリー・アイリッシュの“Your Power”です。ビリーの新曲ということで身構えて聴いたのですが、拍子抜けするぐらい地味で、最初は〈あれっ!?〉と思ったんですよね」

田中「アコースティック・ギターとビリーの歌が中心になっていますからね。ただ、そこはやっぱりフィニアス(FINNEAS)の仕事。さりげなく超低音を聴かせるベースが鳴っていたり、ささやかなパーカッションやシンセサイザー、浮遊感のある電子音が加えられていたりと、色とりどりに演出しています」

天野「そうなんですよ。なので、ヘッドホンかイヤホンで聴くと、リヴァーブやエコーの聴いた音像や巧みなミキシングに引き込まれると思います。そして、この曲はビリーいわく、〈今までに作った曲のなかでもお気に入りのひとつ〉。こんなささやかな曲がお気に入りというのも、彼女らしいというか。権力の乱用をテーマにした歌詞も深みがありますね」

田中「7月30日(金)にリリースされるセカンド・アルバム『Happier Than Ever』は、2021年もっとも話題を呼ぶ作品になりそうですね。今後のシングルにも期待です」