UKジャズ・シーンの新たな顔として注目を集めているエマ・ジーン・サックレイのアルバム『Yellow』が評判だ。
ヨークシャー生まれのエマ・ジーン・サックレイは、ロンドンで活動するマルチ・プレイヤー。ブルーノートの名曲をUKの新世代が再解釈した『Blue Note Re:imagined』(2020年)への参加で注目を集めたほか、ロック・バンド、スクイッドの話題作『Bright Green Field』(2021年)に参加するなど、ジャンルの垣根を越えた活動を展開している。
そんな彼女の新作『Yellow』は、プレイヤーたちの生演奏と宅録的なプロダクションの同居が聴きどころになっている。そこでこの記事では、2人の書き手にそれぞれの側面について書いてもらった。音楽ジャーナリストでレーベル〈rings〉のプロデューサーである原雅明が前者の演奏面を、TAMTAMのドラマー・高橋アフィが後者の宅録的な要素を分析し、過去の音楽との繋がりなどについて解き明かしてもらった。 *Mikiki編集部
ジャズ、ファンク、ダンス・ミュージック、クラシック……ジャンルもリスナーもミックスするマルチな才能
by 原雅明
UKのジャズ・シーンの特徴だと思うが、マルチ奏者、プロデューサー、作曲家で、ヴォーカリストやDJでもあるという存在は珍しくない。エマ・ジーン・サックレイもその一人だ。彼女は、クラシックのトレーニングを受け、ポップスや映画音楽のオーケストラ・アレンジも手掛ければ、SP-404SXでビートメイキングもするし、DJもおこなう。ブラス・バンドでトランペットの腕を磨き、バンド・リーダーとしても活動してきた。
そんな彼女が、昨年リリースした『UM YANG 음 양』は、ナイト・ドリーマーの〈ダイレクト・トゥ・ディスク・セッション〉で、自らが率いるセプテットの演奏による一発勝負でラッカー盤にカッティングされた。そこでは、二元性と調和という道教の哲学をテーマにグルーヴとフリーな即興演奏のバランスを追求していた。それに続く本作『Yellow』は、セプテットのメンバーも一部参加したセッション音源も彼女自身によって大胆に編集され、ギター、ベース、オルガンなどを一人で演奏した曲も含まれている。オーバーダブを駆使して、彼女のマルチな才能をプレゼンテーションしているようなアルバムだ。
引用される音楽は多岐に渡る。冒頭の“Mercury”では70年代のスピリチュアル・ジャズの熱気がなぞられ、それは同時代のフュージョンも掘り起こす。ところが、次の“Say Something”では、一転してUKガラージとブロークンビーツが呼び込まれる。さらに“About That”では、ジャズ・トランペッターとしてのサックレイにフォーカスする。“Green Funk”でPファンクに遡ったかと思えば、“Sun”ではサン・ラーばりの太陽賛歌を4つ打ちにぶつける。また、ストリングスがフィーチャーされた“Spectre”は、チャールズ・ステップニーのアレンジにセオ・パリッシュのグルーヴが重なるかのようだ。そして、アルバム・タイトル曲である“Yellow”では、ゴスペルと、彼女が共感を寄せるサックス奏者マタナ・ロバーツばりのヴォーカリゼーションをミックスする。
サックレイは、ロンドン交響楽団(LSO)が支援する〈Jerwood Composer+〉というプログラムの作曲家に選ばれた。これは若手の作曲家がLSOのスタッフから音楽面だけではなく、資金調達の指導まで受け、クロス・ジャンルのコラボレーションを実現するイベントの企画も任せられる。彼女はこの企画で、LSOの音楽家とサウス・ロンドンのアーティストを組み合わせる楽曲を作曲し、ライブのキュレーションも行った。彼女はこの企画について、「白人で裕福な中高年のクラシック・ファンと、ジャズや電子音楽に興味のある若くて貧しい人々を混ぜ合わせた。私はジャンルをミックスするだけでなく、そのジャンルを聴く人たちもミックスしたい」という発言を残している。『Yellow』もこの延長にあるアルバムである。