
10月2日にリリースされた『Blue Note Re:imagined』は、名門ブルーノート・レーベルにジャズ・ジャイアンツたちが録音した楽曲を、主にイギリスの若いミュージシャンたちがカヴァーしたコンピレーションだ。エズラ・コレクティヴ、ヌバイア・ガルシア、シャバカ・ハッチングスなどに混じって、コンポーザーでキーボーディストのKan Sanoが、日本人ミュージシャンとして唯一参加している。
『Blue Note Re:imagined』の各トラックと原曲のちがい、そしてアルバム全体の感想を、リモート・セッションでKan Sanoとたっぷり語りあった。

VARIOUS ARTISTS 『Blue Note Re:imagined』 Blue Note/ユニバーサル(2020)
Kan Sanoがドナルド・バードを再解釈した“Think Twice”
村井康司「Sanoさんは日本人ミュージシャンとしては唯一、『Blue Note Re:imagined』に参加されています。今回採り上げた曲はドナルド・バードの“Think Twice”(75年作『Stepping Into Tomorrow』から)ですが、まずはこの曲を選んだきっかけから教えてください」
Kan Sano「ブルーノートの作品は10代の頃からよく聴いていました。僕は最初はモダン・ジャズから入って、ブルーノートの名盤と言われるものを聴いていたんですけど、その後ヒップホップとかネオ・ソウルに入っていって、それをきっかけにブルーノートを再発見する、という流れがありました。それでドナルド・バードの70年代の作品が好きになって、今自分がやっている音楽にも影響を受けているところがあります。
あと、J・ディラとかエリカ・バドゥとか、そういったネオ・ソウルの人たちもこの曲をカヴァーしていて、自分らしい選曲では、と思ったんです。前からこの曲をやってみたくて、まだライブでやったことはないんですけど、これからライブでもやってみたいと思っています」
村井「70年代のドナルド・バードは『Black Byrd』(72年)をはじめとして、今のソウルやファンクに通じる音楽を早い時期からやっていますね。今聴いても完成度が高い音楽だと思いますが、今回のカヴァーでは原曲との違いをどうするか、とお思いになりましたか?」
Sano「そうですね、70年代のドナルド・バードは16ビートの曲が多くて、僕も16ビートにめちゃめちゃはまっていたんで、ビートはその感じにしつつ、楽曲全体を現代的にというか、低音をもっと強調したいと思いました。あと、音数をなるべく少なくして、ベースとドラムスで聴かせたい、と思いましたね」
村井「その意図がよく伝わるトラックだと思います。もともとこの曲は完成度が高くて、特にリズム・セクションはハーヴィー・メイソン、チャック・レイニー、デヴィッド・T・ウォーカーというすごいメンツですね。そのグルーヴ感をなるべく活かそう、というアレンジなのかな、とも思いました」
Sano「ハーヴィー・メイソンのようなドラマーのグルーヴを大事にしながら、ヒップホップ以降のビート感覚を付け加えたプログラミングを、ということを20歳ぐらいからやっています。
ジャザノヴァというドイツのクラブ・ジャズのユニットが出した『Blue Note Trip』(2003年~)というアルバムがありまして、彼らは生楽器をどんどん取り入れるんですが、ドラムスだけは打ち込みの質感や音像を大事にしていて、そこからも影響を受けました」
ウェイン・ショーターのメロディーを歌う
村井「『Blue Note Re:imagined』は、主にUKの若手ミュージシャンがブルーノートの楽曲を好きにやる、という感じのアルバムですが、全体をお聴きになっての感想はいかがでしょうか」
Sano「自由度が高いというか、原曲をそのままやる、という人がほとんどいなくて、みんな再解釈・再構築ですね。新たに歌詞を書いたり、メロディーを作り直したりする人もいますし、だから元の曲を知らなくても楽しめるアルバムになっていると思います」
村井「今回、僕がおもしろいなと思ったのは、まず曲の選び方なんですよ。今までブルーノートのトリビュート作ってけっこうあったと思うんですけど、今度のはいわゆる〈新主流派〉のハービー・ハンコックやウェイン・ショーター以降、そして70年代に集中していて、アート・ブレイキーとジャズ・メッセンジャーズとかリー・モーガンとかのハード・バップがまったく入っていない。そこがとても新鮮に思えました」
Sano「ショーターとかハービーとかの60年代後半のジャズって、今僕らがやっている音楽のハーモニーとかに直接繋がっているんですよね。だから納得の選曲、というか、今につながる部分があるんですよ。実は僕もショーターの曲にしようか、とも思ったんです」
村井「5曲も採り上げられているウェイン・ショーターの曲なんですが、エズラ・コレクティヴの“Footprints”以外は、みんな歌詞を付けてヴォーカル入りなんですよね。スチーム・ダウンの“Etcetera”も、フィアの“Armageddon”も、エマ=ジーン・サックレイの“Speak No Evil / Night Dreamer”も、歌詞を付けて歌っています。ショーターの曲を歌う、という発想がこんなに多いことにびっくりしたんですけど、そのあたりはどう思われますか?」
Sano「うん、それはショーターの曲のメロディーがすばらしいからですよ。僕も10代の頃、“Night Dreamer”(64年)にめちゃめちゃはまりました。ショーターのアドリブはすごすぎてよくわからなかったんですが(笑)、とにかくメロディーがよくって。自分で曲を書いたり、ジャズ理論を学んだりすると、ますますショーターの曲のすごさがわかるようになりました。
それと、みんなクラブ・カルチャー的というか、曲をサンプリングしてあたらしい何かを作る、ということが当たり前の感覚になっている、ということもあるんじゃないですか」
村井「たしかに、今までのジャズ・ミュージシャンが他人の曲をカヴァーする、というのとは違う何かを感じますね。それで僕は“Etcetera”を聴いて、ショーターの曲がこんなにシンプルかつポップなメロディーを持っているんだ、ということに改めて気づきました。もしSanoさんがショーターをやるとしたらどんな曲がいいですか?」
Sano「うーんそうですね……“Night Dreamer”はやってみたかったかなあ。あと、ミルトン・ナシメントとやった『Native Dancer』(75年)も大好きなんですよ。あ、あれはブルーノートじゃないですね(笑)」
UKジャズの自由でフレッシュなセンス
村井「今回、ある程度オリジナル・ヴァージョンのイメージを残しているものと、まったく解体・構築しているものがありますよね。Sanoさんのトラックはオリジナルの雰囲気を残していますし、やはりドナルド・バードを採り上げたジョーダン・ラカイの“Wind Parade”もそうですね」
Sano「ジョーダン・ラカイは注目しているミュージシャンなんです。面識はないんですけど、真面目な人というか、時としてパット・メセニー・グループ的な匂いがしますね。音楽的バックグラウンドがしっかりしていて、アレンジも丁寧にやっている感じがします。今回の彼のトラックについては、声のすごさというか、歌が入ることで世界ががらっと変わる、という感じがしました」
村井「ジョーダン・ラカイのトラックは、ドラムスがハーヴィー・メイソンを強力に意識しているなあと思ったんですけど、70年代の16ビートって、今のミュージシャンがやっている音楽と地続きという感じがします。ボビー・ハッチャーソンのカヴァーにも同じことを感じますが、どうなんでしょうね」
Sano「僕の経験で言うと、2000年代に入ったあたりに、ネオ・ソウルの流れで、70年代の音楽をもう1回見直すということがありました。今もう1回その流れが来ているところがあるので、〈元の元〉というか、70年代ソウルにいくんでしょうね」
村井「なるほど。あと驚いたのは、ポピー・アジュダがハンコックの“Watermelon Man”をやっていて、原曲のメロディーはどこにあるんだ?という(笑)」
Sano「(笑)。あれはびっくりしましたね。『Head Hunters』(73年)でリメイクしたヴァージョンのイントロのフレーズをちょっと入れてますけど、そこだけですよね」
村井「あれでハービー・ハンコックに印税がいくのかな、とか(笑)」
Sano「ほんとにそうですよね(笑)。あれはカヴァーというよりサンプリングして新しい曲を作っちゃったということですよね。僕はロンドンのジャズ・シーンって体験していないんですけど、そういう自由さがあるところがいいですよね」
ロバート・グラスパーやフライング・ロータス以降の新たなジャズ
村井「今注目されているサックス奏者のヌバイア・ガルシアがジョー・ヘンダーソンの“A Shade Of Jade”をカヴァーしていますね。ここでヌバイアはサックスにモジュレーション的なエフェクトを掛けて、昔のテープ操作みたいなイメージでテンポを変えたりして、でも全体としてはソロをしっかり聴かせる、というジャズを演奏しています」
Sano「ロバート・グラスパー・エクスペリメントあたりから、サックスにエフェクトをかけることが一般化してきましたね。それで、リズムは〈J・ディラ以降〉という感じで、こういうタイプの演奏は世界的に増えてきましたよね」
村井「今、Sanoさんが〈J・ディラ以降〉とおっしゃいましたが、J・ディラが打ち込みで作ったようなつんのめる感じのビートをドラマーが人力でやる、といったことがジャズの世界で出てきたのは、2010年ぐらいですかね?」
Sano「僕は2000年代の前半にバークリー(音楽大学)にいたんですけど、そこではもうそういうことを僕らはやっていましたね。でもそれはまだ外に出ていなくって、一般的になったのは2010年ぐらいなんですかね、ロバート・グラスパーのエクスペリメント以降というか。クリス・デイヴがケニー・ギャレットのバンドにいた頃にもよく聴いていましたので、僕はその頃にはそういうリズムに慣れていましたね」
村井「なるほど、今やもう〈スタンダード〉というか、標準的なリズム感覚になっていて、このアルバムでも多くのトラックで聴けますね。このフィールのおもしろさ、というのは、機械的でありつつ人間的、という下手な説明しかできないんですが……」
Sano「そうですね……。20歳ぐらいのときにディアンジェロの『Voodoo』(2000年)に衝撃を受けて、僕らの世代にとっては、あれがすべての始まりだったと言えますね。
僕はその後でヒップホップを掘り始めたんですが、完全に打ち込みではなく、クエストラヴなんかが生で叩いているビートに惹かれたんですよね。実際に人が演奏しているんだけど、打ち込みにも聞こえるという。それはリズムだけでなく、音像についてもそうですね」
村井「人力から打ち込みへ、それをまた人力へ、というところがおもしろいな、と思います。
さて、このアルバムにはドド・グリーンという歌手が62年に出したアルバムからの“I’ll Never Stop Loving You”を、ヤスミン・レイシーが歌っています。このトラックは音数が少なくて、ヴォーカル以外はピアノ、ベース、ドラムス。でも、従来のピアノ・トリオとはまったく違う感じですね。
Sanoさんもご自分のトラックで音数を減らした、とおっしゃっていましたが、あえて音を減らす、ということの意義はなんでしょうか?」
Sano「ヤスミンの曲の場合は、とにかく歌がすばらしいので、それを際立たせるために中音域を空けるということでしょうね。
あと、ここ10年ぐらいかな、フライング・ロータスなどに代表されるように、低音の出方がまるで変わりました。それで、低音のベースとドラムスをフィーチャーするために中低域を整理することが多いのでは、と僕は思います。ちょっとスカスカしているぐらいがかっこいいというか、そういう感じはありますね。
それはいい傾向なのではないかと思います。今までは音が多すぎたところがありますよね」
ブルーノートを語ることは、自分のジャズ歴を語ること
村井「このアルバムは〈ブルーノートの曲を1曲選んで好きにやっていいよ〉という感じで依頼があったんだと思いますが、結果として現在のジャズの幅の広さや自由さが典型的に表れた作品になったのでは、と僕は思っています。その自由さがアルフレッド・ライオン以来のブルーノートの伝統でもあるわけですよね」
Sano「ブルーノートを語ることは、自分のジャズ歴を語ることにもなりますね。最初はキャノンボール・アダレイの『Somethin’ Else』(58年)やリー・モーガンの『The Sidewinder』(64年)のような名盤から聴き始めて、20歳ぐらいでドナルド・バードなんかの70年代ブルーノートに出会い、節目節目でブルーノートのレコードに出会って、今でも聴き続けています」
村井「人によっては、このアルバムの内容がとっ散らかっていると思うかもしれないけど、好きなトラックを聴いてもらって、全然違うけどこっちもいいね、みたいに、リスナーの音楽的体験の幅を拡げるきっかけになればすばらしいですね。そこにSanoさんが日本人ミュージシャンとして参加していることも嬉しいです」
Sano「自分としては、イギリスをはじめとする海外の人たちにどういう風に聴いてもらえるかが楽しみですね。日本にはたくさんのいいジャズ・ミュージシャンがいますので、それを知ってもらうきっかけの一つになれれば、と思っています」
村井「先日、ヌバイア・ガルシアにメールでインタビューしたんですが、彼女も参加している人それぞれが音楽のジャーニー(旅)をしているところが素敵だ、と言ってました。とてもいいアルバムになりましたね!」
Sano「あ、村井さん。僕は高校生のときにこの雑誌(「文藝別冊 マイルス・デイヴィス」)を読んだんです。中山康樹さん、後藤雅洋さんとマイルスのベスト・テンを選んでましたよね」
村井「あー、そうですそうです! 読んでいただいたんですね」
Sano「何度も読み返しました。だから今日お会いできて嬉しかったです」
村井「それは恐縮です(笑)。次はぜひ、リアルな場所でお会いしましょう。ありがとうございました!」

