(上から)ジョイ・オービソン、コアレス

英ウェールズ出身のエレクトロニック・ミュージック・プロデューサー、コアレスが2021年7月9日に『Agor』をリリースした。デビューから10年、待望のデビュー・アルバムと言える。そして、8月13日にはロンドンのDJ/プロデューサーであるジョイ・オービソンが初のアルバム・サイズのミックステープ『still slipping vol. 1』をリリースした。10年ほど前に〈ポスト・ダブステップ〉と呼ばれたUKのダンス・ミュージック・シーンで注目を集めた才能が、それぞれ異なる道を歩んだ先で、奇しくも同じ時期にフル・レングスの〈デビュー作〉を世に問うたのである。

今回はこれを機に、ele-kingの編集長である野田努とOTOTOYの編集長である河村祐介に対談をしてもらった。かつてダンス・ミュージック誌「remix」を共に作っていた2人が、コアレスとジョイ・オービソンのそれぞれの個性や作品について、そして10年前のポスト・ダブステップ・シーンと現在の英国のダンス・ミュージック・シーンについて考える。


 

ポスト・ダブステップとはなんだったのか?

――ジョイ・オービソンのデビューが2009年、コアレスが2011年です。いわゆるポスト・ダブステップの潮流を代表するプロデューサーが、今回10年越しのファースト・アルバムをリリースしました。

野田努「2009~2011年頃って、いろいろな人たちが出てきた時期なんだよね。有名どころを挙げると、ジェイムズ・ブレイク、アクトレス、マウント・キンビー、フローティング・ポインツ、ちょっと出自はちがうけどジェイミー・xxもそうだね。

その理由は、やっぱりベリアルのインパクトだよね。ベリアルが2006、2007年とアルバムを立て続けに出して、特にセカンド・アルバム『Untrue』の衝撃が大きかった。2ステップをああいうふうに、ダークに、暗示的に展開したことで、サウンドもそうだけど、ゴシック/インダストリアル系にも影響を与えたし、マーク・フィッシャーをはじめ、思想界にまで影響を与えたわけだから。

ベリアルの2007年作『Untrue』収録曲“Archangel”

ただ、ダブステップや2ステップのビートを使ってデビューしたプロデューサーたちは次第にちがう音楽を作りはじめたから、〈ダブステップが好きだったわけじゃないんだ〉という例は多かったよね(笑)」

河村祐介「コアレスは、まさにそういうプロデューサーですよね」

野田「やっぱり、ジェイムズ・ブレイクの転身がいちばん見事だったね。彼が歌いはじめたときは驚いたけど、いまのファンが“CMYK”(2010年)以前のシングルを聴いたら〈ダブステップをやっていたんだ!〉と驚くはず(笑)。フローティング・ポインツもベース・ミュージック・ブームの真っ直中で同じようにデビューしたんだけど、もともとはハウスの人で、だから彼の曲にはハウスっぽさが目立ったよね。

ジェイムズ・ブレイクの2009年のシングル“Air & Lack Thereof”

フローティング・ポインツの2009年のシングル“J&W Beat”

そのなかでもジョイ・オービソンとコアレスは、とにかくデビュー・シングルが高く評価された2人だったよね」

――ジョイ・オービソンのデビュー・シングルが“Hyph Mngo”(2009年)、コアレスが“4D”(2011年)ですね。

野田「特に、ジョイ・オービソンの“Hyph Mngo”はすごかったね。都内でも話題で、ジョイ・オービソンまで聴いていたらリスナーとして本物、みたいな感じだった。2ステップを咀嚼したリズムで、いま聴いても、テセラなどの現代のジャングルにも通じるリズムだよね」

※Tessela。ウェールズ出身のプロデューサー、エド・ラッセル(Ed Russell)のステージ・ネーム。後述するオーヴァーモノの1人

河村「ダブステップの界隈では、〈2010年代のポスト・ダブステップの流れを作った曲〉とよく言われますよね」

ジョイ・オービソンの2009年のシングル“Hyph Mngo”

野田「コアレスの“4D”はいま改めて聴くとダブステップじゃなくて、なんとなく雰囲気がベリアルっぽい、という曲なんだけどね。当時、ジャイルズ・ピーターソンがものすごく褒めていたのを覚えている。〈誰もが覚えているデビュー・シングルっていうのがあるだろ? コアレスの“4D”は、誰もが覚えているデビュー・シングルになるはずだ〉ってね。

コアレスの2011年のシングル“4D”

一方のジョイ・オービソンは、ある意味でサラブレッドというか」

河村「叔父さんがレイ・キースですからね」

※Ray Keith。コルチェスター出身、90年代のジャングル/ドラムンベース・シーンの著名DJ/プロデューサー。代表曲は“Terrorist”(94年)

野田「超ベテランのジャングリストが親戚にいて、13歳のときにターンテーブルを買ってもらったっていうから、きっと鍛えられているはず」

河村「もう、根っこからしてちがうと(笑)。本人のルーツはUKガラージとジャングルだったようですね。特にUKガラージ/2ステップのミックステープが最初の影響源だったようなので、やっぱりDJという表現が重要なんだなと」

野田「ルーツは完全に2ステップだね。2ステップはハウスやテクノにテンポが近いけど、ダブステップは倍速で取る音楽で」

河村「2000年代中頃まで、ダブステップは〈ハーフ・ステップ〉というスタイルが主でしたね。2ステップやUKガラージの軽快なリズムの要素が先祖返りのように入ってきて、BPM的にもテクノやハウスに混ぜやすいものが出てくるのが2000年代後半。いわゆるポスト・ダブステップの機運が高まっていた頃で、まさに“Hyph Mngo”が出たあたりからその流れが本格化した、という印象でした。それまでのダブステップは、ヘヴィーなグルーヴのイメージです」

野田「だから、聴いたときの印象はトリップ・ホップに近いんだよね。ジェイムズ・ブレイクがヘヴィーなダブステップをやっていたのは、いまからしてみればほんと意外だけど、ジョイ・オービソンはもともと、より踊りやすい2ステップの人だった」

河村「対照的ですよね。だから、コアレスとジョイ・オービソンの2人を一緒に語ることの危うさもあると思います。かたやDJカルチャーのど真ん中で常にフロアに向き合って大量のリリースを追っていたジョイ・オービソンと、かたやシーンからは独立した、もう少しアーティスト然とした存在。でも、その2人が一時的にでも共存していた懐の深さや、彼らの表現のヒントになるような新しさが、当時のUKのダブステップにはあったということですよね。

その後、ジョイ・オービソンはDJとしての勘所もあって、ベース・ミュージックを基礎にしながら、スタイル的にはテクノに寄っていくわけですが」

野田「ものすごくテクノに寄ったよね。実は、俺は“Hyph Mngo”を初めて聴いたときは、そこまですごい曲だとは思わなかった。たしかにいい曲だしアンセムっぽいんだけど、ベリアルの影響下にある感じがして。

ただ、自分のレーベル(ドルドラムズ)から出した次のシングル“BB”(2010年)が素晴らしくて。広義のハウスなんだけど、ハウスにしてはベースがやけにデカい(笑)。ジョイ・オービソンってこんなこともできるんだと思ったな。

ジョイ・オービソンの2010年のシングル“BB”

その後のシングルもDisc Shop Zeroの飯島(直樹)さんのところで買っていたんだけど、“Ellipsis”(2012年)は思いっ切りテクノで、俺は〈ちょっと昔のテクノっぽくない?〉と思ったんだよね。ただ、飯島さんは〈いい〉って言っていて、彼はたぶんテクノを通っていないから、ジョイ・オービソンのフィルターを通過したテクノが新鮮だったんだろうね」

ジョイ・オービソンの2012年のシングル“Ellipsis”

河村「ハーフ・ステップが主流だった当時のダブステップを前提に聴くと、そのグルーヴには光るものがあったのでは、と思います」

野田「でも、俺は散々テクノを聴いてきたから、〈なんでテクノに行っちゃったんだろう〉と思って。その後のボディカの共作は、3枚目くらいからついていけなくなった(笑)。作品が悪い訳じゃなくて、俺はもう、こういうのは聴いてきたから」

※Boddika。ロンドンのDJ/プロデューサー、アレックス・グリーン(Alex Green)のステージ・ネーム。レーベル、ノンプラス(Nonplus)を主宰。ジョイ・オービソンとの共作シングルを多数発表している。キッド・ドラマ(Kid Drama)ことデーモン・カークハム(Damon Kirkham)とのドラムンベース・デュオ、インストラ:メンタル(Instra:mental)としても活動

河村「ダブステップがテクノやハウスと混ざっていった当時の状況を作った要因がひとつあるとすれば、それはやっぱり、2000年代を通じて、ハウスの変化形とも言えるUKガラージやUKファンキーがストリート・レベルで、ものすごく影響力を持っていたからじゃないですかね。つまり、ジョイ・オービソン世代にとって、あのリズムが重要だった。ダブステップ・シーンも2010年代に入る頃に、オリジネイターに加えてそうした新たな世代がシーンに加わったことによって、それが顕在化してきたのではと感じます」

――なるほど。

野田「あと、ジョイ・オービソンについておもしろかったのは、当時のUKの記事に〈これから紹介するのはエルヴィス・グリッスル……いや、ちがった、ジョイ・オービソンだ〉という文章があって。つまり、〈ジョイ・オービソン〉という名前は、〈ロイ・オービソン〉と〈ジョイ・ディヴィジョン〉を合体させたものなんじゃないかって言われていたから。〈キャバレー・コクラン〉じゃなくてね(笑)」

――〈エルヴィス・プレスリー+スロッビング・グリッスル〉でも〈キャバレー・ヴォルテール+エディ・コクラン〉でもなくて、ということですね(笑)。

野田「あと、UKってダンス・カルチャーが日本とは比較にならないくらい、ものすごく根付いてるからね。いまでもインディー・レーベルが多いし、DJをやるやつはみんなトラックを作っているし」

河村「そうなんですよね」

野田「みんなすぐにレーベルを作るし、レーベルの数自体がめちゃくちゃ多いから、新人が作品を発表できる場がすごくたくさんある。それは本当に素晴らしいことだよね」

UKダンス・カルチャーを受け継ぐジョイ・オービソン『still slipping vol. 1』​

――では、その流れでジョイ・オービソンについて話しましょう。彼がリリースした初のアルバム・サイズの作品『still slipping vol. 1』を聴いて、いかがでしたか?

野田「すごくうまいなって思ったな」

河村「そうですね。ちょうどいいところに全部落としこんでいますね」

JOY ORBISON 『still slipping vol. 1』 XL/BEAT(2021)

野田「リズムがこなれている。ジョイ・オービソンの基本は、やっぱりガラージだよね。シャッフル気味の、2ステップのビートで」

河村「このバウンシーな跳ねるリズムがUKの感じですよね」

野田「ハウスやテクノの4つ打ちじゃなくて、ジャングル由来のビートなんだよね。一言で言うと、〈UKの音〉。ジョイ・オービソンを聴いていると、イギリスに行きたくなるよね(笑)」

『still slipping vol. 1』収録曲“swag w/ kav (w/ James Massiah and Bathe)”

河村「ただ、すごくいいアルバムだけど、インパクトがあるシングルのような、それこそシーンの流れを変えてしまうような作品ではないかな、とは思っていて。もちろん、すごくよくまとまっている作品なんですが。〈ミックステープ〉と銘打たれているから、ちょっとスケッチっぽさも感じましたし」

野田「コアレスにしても、まとまった作品をリリースするまでに時間がかかったよね。だけど、UKは12インチ・カルチャーがずっと続いているから、それはある意味でしょうがない。シーンに属しているDJやプロデューサーだったら、12インチで作品を発表しつづけることは真っ当な行為だからね」

河村「ジョイ・オービソンに関しては、最近はデジタル配信の曲もありますけど、一時期まではストリクトリーにアナログ・レコードを出しているイメージがありました」

野田「たぶん、レイ・キースに生粋のものを叩き込まれたからだよ(笑)。レイ・キースはジャマイカ系移民だから、そう考えるとジョイ・オービソンの家族っておもしろいよね」

河村「従姉妹のお姉さんが彼にUKガラージを教えた、というエピソードもありますね」

野田「ジャケットがまた最高だよね。そのガラージを教えてくれたお姉さんの写真なんだけど、正直に言って、どう見ても労働者階級で、そこがすごくいいなと思った。きっと、彼のそういう背景もアルバムに影響している気がする。

『still slipping vol. 1』のカバー・アート

というのも、ちょっと話は逸れるけど、今回の〈ユーロ(UEFA EURO 2020)〉でおしゃれな若者たちが騒ぎまくっている光景を見て、昔ながらのフットボール・ファンとしては異様だなと思ったんだよね。90年代まではさ、サッカーっていうのはもともと労働者階級の娯楽だから、スタジアムはガラの悪いフーリガンかケン・ローチの映画に出てくるようなしがないオヤジ連中がいる場所だった。そんなフットボールでさえ、言い方は悪いけど、いまでは中産階級に乗っ取られちゃったんだよね。もちろん〈安全になって何が悪いんだ〉という反論はあるんだけど、逆に言うと入場料が上がっていて、労働者階級の人々はスタジアムに行けなくなってしまった。

同じことは、音楽についても言えるよね。クラブだって入場料が上がって、昔のように行く場所がない貧乏人が遊びに行ける場所ではなくなってしまった。そんななかでジョイ・オービソンのようなプロデューサーが出てきて、こういう作品をリリースするのは、UKのソウルというか、栄光の労働者階級文化だよね」

河村「去年、RAに対する批判記事が話題になっていて、そこでは〈ロンドンの労働者階級の主に黒人たちが作っていたUKファンキーやハウスのシーンをRAは一切取り上げなかった。それは人種差別的なんじゃないか? 中産階級の白人たちの視点から見た音楽しかここには載っていないんじゃないか?〉と書かれていたんですね。

ジョイ・オービソンも白人で、それこそRAのようなメディアから評価されてきたアーティストでもあるので、ローカルなシーンでどう思われているかはわかりません。でも、少なくとも本作を聴くと、UKファンキーに通じるUKガラージ由来のハウス的なビートの、彼の音楽への影響力の大きさを改めて感じます。しかも、UKガラージを彼に教えた人をジャケットに持ってきているわけで。そのあたりは音楽性を含めて、そういったシーンに対するリスペクトとか、彼がどんなシーンから出てきたのかとか、みずからのスタンスを示す作品でもあるのかなと思いました」

野田「あと、彼の作品にはソウル・ミュージックの要素があるからすごくソウルフルで、ノーザン・ソウルの時代から伝わるUKの労働者階級が好きなスタイルをちゃんと継承しているんだなって感じる。

それともうひとつ、コンセプチュアルなアルバムじゃなくて、こういう作品だったのがいいなと思ったな。同時代にデビューした人たちは、みんなコンセプチュアルな方向へ行ったじゃん。ジェイムズ・ブレイクなんて〈DMZ〉で朝まで回していたわけだけど、LAへ移住して、まったくちがう方向へ行った」

※マーラ(Mala)とコーキ(Coki)のデュオ、デジタル・ミスティックズ(Digital Mystikz)がブリクストンのクラブ〈マス(Mass)〉で主催していたパーティー。同名のレーベルも運営していた

河村「ジェイムズ・ブレイクは、初期のライブで“Anti War Dub”のカバーをやっていましたよね。さすがにいまはもうやっていなさそうですが、歌モノでもないシーンのアンセムをライブでやるというのは、自分たちがどこから出てきたのかを表明しているような気がしていたんですが」

ジェイムズ・ブレイクの2011年のライブ映像。デジタル・ミスティックズのダブステップ・クラシック“Anti War Dub”(2006年)をカバーしている

野田「いまでもリスペクトがあるんだろうけどね。でも彼は、もうあの場所には戻れないんじゃないのかな。マウント・キンビーにしてもそうだけど」

河村「その周辺のアーティストで言えば、アントールドもテクノとかインダストリアルとか、別の方向に行きましたね。ただ、彼のレーベル、ジェイムズ・ブレイクの作品もリリースしていたヘムロックは最近復活して、そちらはしっかりダブステップでしたが」

※Untold。ロンドンのプロデューサー/DJ、ジャック・ダニング(Jack Dunning)のステージ・ネーム。レーベル、ヘムロック(Hemlock)を主宰。ジェイムズ・ブレイクのデビュー・シングル“Air & Lack Thereof”や2011年のシングル『Order / Pan』はヘムロックからリリースされた

野田「そんななかで、ジョイ・オービソンが初心を忘れずに、デビューした頃から一貫している姿をこのアルバムで見せたっていうのはデカいんじゃないかな」

河村「なるほど。ブレていないと」

野田「そう。ブレなかった。本当にこのスタイルが好きなんだろうね。河村先生は厳しいことを言っていたけど、俺はすごく好きで、素晴らしいアルバムだと思います(笑)」

河村「いやいや(笑)。アルバムとして、すごくいいですよ。ただ、いままでシングルでインパクトのある曲ばかりを出していたことも僕としては重要なので、それとの比較での印象です」

野田「こういうDJやプロデューサーがアルバムを出して失敗する例って、けっこうあるじゃん。だから、アルバムは壁だったと思うけど、直球でいいなと思った。ただ、タイトルに〈vol. 1〉とつけたのだけはいただけないな」

河村「(笑)」

野田「〈vol. 2〉があるってことを言っちゃっているから、そうじゃなくて〈これなんだ〉って言ってほしかったね。でも、ジョイ・オービソンはきっとそういうタイプじゃないんだろうね。〈『Timeless』みたいなアルバムは作っちゃいけない〉ってレイ・キースに言われたのかもしれない(笑)」

※ドラムンベースのプロデューサー、ゴールディーが95年にリリースしたデビュー・アルバム。“Inner City Life”(94年)のような代表的なシングルが収められているが、2枚組で1時間40分以上ある長大な作品

河村「〈あんな壮大なアルバムを作ったら戻れなくなるぞ〉って(笑)」

野田「〈もっとフロアに近い音のアルバムを作れ〉ってね」

Photo by Daniel Swan

ウェールズの大自然のなかで生まれたトランス、コアレス『Agor』

――では、コアレスのアルバム『Agor』についてはいかがでしょう?

野田「テクノだよね。エイフェックス・ツインなんかが好きな人が聴いたらおもしろいアルバムだと思う」

河村「僕はすごくトランスっぽいなと思いました。ネイサン・フェイクとかイタリアのロレンツォ・センニとか、ポスト・トランス的なプロデューサーたちのトランス解釈に近いんじゃないかなと」

野田「たしかにね。メロディーはそんな感じがする」

河村「トランス的な音楽って、いますごく流行っているじゃないですか。そういうのに感化されたのかなと思いました」

野田「トランスや90年代初頭のプログレッシヴ・ハウスがリバイバルしているからね。4曲目の“White Picket Fence”がすごく好きで、アンビエントっぽい曲なんだけど、遠い彼方でトランスがかかっている感じがする」

『Agor』収録曲“White Picket Fence”

河村「ただ、リズムのような基部を変えてもコアレスの音になっている。まさに、2ステップ/ダブステップからまったくちがうところに行ったプロデューサーだと思います」

野田「コアレスは、もともと変わり種だったからね。グラスゴーの大学に行って、たまたまそこでダンス・ミュージックに出会った人だから、〈シーンのなかにいる人〉というのとはまたちょっとちがう。

グラスゴーっていうのがすごく重要で、というのもグラスゴーって、いちばんダンス・ミュージックがアツい場所なんですよ。アンダーグラウンドのミュージシャンがいちばん信用している場所で、たとえばジェフ・ミルズやUR(アンダーグラウンド・レジスタンス)がグラスゴーでしかライブをやらないとか、デトロイトのレーベルがグラスゴーにしかレコードを流通させないとかね。そのグラスゴーのクラブ・カルチャーに衝撃を受けたっていうのは、コアレスにとってデカいんだろうなと思う。

あと、グラスゴーってラスティとハドソン・モホークもいるじゃん。彼らの音楽に近い感じも、今回のアルバムにはあるよね」

ラスティの2010年作『Sunburst』収録曲“Hyperthrust”

河村「たしかに、ラスティとハドソン・モホークに近い感じはこのアルバムにありますね。ガチャガチャとした派手な音色で、変化が多くてミニマルじゃないところとか」

野田「ラスティは地元ではすごく影響力があったから、ひょっとしたらコアレスは彼のパーティーに行っていたのかも。

“4D”のすぐ後に出した“Lost In Tokyo”(2012年)は、またちがう方向性だったよね。だから、グラスゴーのシーンでさまざまな音楽をいっぺんに聴いて好きになって、特定のスタイルを突き詰めるよりも、いろいろな音楽の要素を同時に持っている人だと思う。

コアレスの2012年のシングル“Lost In Tokyo (Original Mix)”

それと、コアレスはウェールズ出身で、〈ウェールズでイビサのコンピCDを聴いて感動した〉ってインタビューで言っていたのがおもしろかったな。ウェールズみたいなイビサとかけ離れたところで『Cafe Del Mar』を聴いたっていう(笑)。だから、それもトランスっぽさに関係しているんじゃないのかな」

河村「そうかもしれないですね。メロディアスで、でもいわゆるフィジカルなダンス・ミュージックじゃない、ちょっと想像上のイビサというか、観念的なタイプのトランスに持っていっていますからね」

野田「でも、やっぱりコアレスならではの変な感じがあるよね。フロアで踊るテクノっていうよりは、完全にリスニングのほうのテクノ。それが、故郷に戻ったことでまた変形していて、視覚的な音楽になっている。

シングルの“Joy Squad”がすごくいい曲で、ゴールド・パンダに近い感じもしたな。インディー・ロックが好きなリスナーがアプローチしやすいエレクトロニック・ミュージックというか」

『Agor』収録曲“Joy Squad”

河村「そうですね。そういう意味で、ヤング・タークスというレーベルの個性にぴったり合っていると思います」

――先日〈ヤング〉に改名したヤング・タークスのアーティストといえばThe xxですし、まさにインディー・ロックとエレクトロニック・ミュージックの中間に位置するレーベルですよね。コアレスは、同じヤングのFKA・ツイッグスのプロデューサーもやっています。そして、『Agor』は野田さんがおっしゃったように、故郷のウェールズに戻って制作したアルバムです。

野田「ウェールズには93年に一回だけ行ったことがあって。なんでかというと、エイフェックス・ツインがトリのレイヴがコーンウォールで開催されるっていう広告をNMEで見て、〈行くしかない!〉と思ったから(笑)。それで、東京からコーンウォールのレイヴを目指して飛行機に乗って行ったんだけど、レイヴがキャンセルになって、イギリス人の友だちが〈かわいそうだから〉ってウェールズに連れてってくれたんだよね。

ウェールズは言葉もちがうし、標識もウェールズ語で読めなかった。当時のウェールズは、ちょっと奥に入ると道が舗装されていなかったり、人気のない細い山道の途中で馬に乗ったおじいさんに出会ったりしたな」

――〈Agor〉というアルバム・タイトルは、〈開く〉という意味のウェールズ語なんですよね。

野田「スコットランドやアイルランドもそうだけど、UKのなかでウェールズは文化的に、いまだにイングランドには屈していないところがあるしね」

河村「都会的な音ではないですよね。他人と関わらないところで作った内省的な作品、というか。ジョイ・オービソンの音楽は〈ロンドン〉という感じで、すごく対照的だと思います」

2021年、コロナ禍を経てUKのダンス・ミュージックはどこへ行く?

――冒頭で野田さんがおっしゃったように、2000年代末から2010年初頭のUKでは新しいDJやプロデューサーがどんどん現れました。いまのシーンの状況は、ポスト・ダブステップの時代とはちがっているのでしょうか?

野田「いや、わからないね。UKに住んでいるわけじゃないし、そもそも日本のレコード店に12インチが入ってこなくなったし、枚数も減っているだろうしね」

河村「あと、この一年はコロナ禍の影響があったから、シーンが止まってしまった感じがしますよね。僕は基本的にシングルはデータで買っていて、量もそれなりに出ていて流れがあるのは感じるのですが、なんか実体を伴わない変な感じがして」

――特に、ダンス・ミュージックはそうかもしれませんね。

河村「新しい人が出てくるチャンスも限られますよね。出てきても話題にならない。たとえば、ジョイ・オービソンのファースト・シングルのように、〈フロアでかかったあの曲のダブプレートを誰が持っていて、それがヤバい〉というようなことが起こらない。それは大きいんじゃないですかね」

野田「だけど、ロックダウンの期間を有効に使った面もあるよね。インディー・ロックなんか特にそうで、最近はいい作品がすごく多い。とはいえ、UKでは7月19日からクラブが解禁されたんだよね。どうなるのかね?」

河村「ジョイ・オービソンのアルバムもそうですけど、けっこうリスニング寄りの作品を作っているアーティストが多い気がします。オーヴァーモノの最近の曲を聴くと、ウワモノのシンセとかにちょっとそんな感じが表れていて。

だから、ダンスフロアが解禁されて、そういったサウンドとか、ロックダウン中の掘り返しの蓄積とかがフロアでプレイされることによって、これからどうなっていくのかは、逆におもしろそうだなと思います」

※Overmono。前述したテセラとトラス(Truss)ことトム・ラッセル(Tom Russell)の兄弟からなるテクノ・デュオ。レーベル、ポーリー・キックズ(Poly Kicks)を主宰。2019年にジョイ・オービソンとのコラボレーション・ユニット〈Joy Overmono〉としてシングル『Bromley / Still Moving』をリリース

――オーヴァーモノは、やっぱり注目の新人ですか?

野田「5、6年前にデビューしているから、もう新人じゃないけどね。テセラの才能がずば抜けていて。オーヴァーモノは自分たちのレーベルから出した新曲(『BMW Track / So U Kno』)が最高で、ジャングルのネクスト・レベルって感じだったね」

オーヴァーモノの2021年のシングル“BMW Track”

河村「あと、ぜんぜん新人じゃないですけど、今年はバグが新作を出すじゃないですか」

※The Bug。ロンドン出身のプロデューサー、ケヴィン・マーティン(Kevin Martin)によるプロジェクト。2021年8月27日(金)に7年ぶりのニュー・アルバム『Fire』をリリース

野田「バグは最高だよね。ダンスホールの再解釈は、彼がいちばん早かった。90年代末とか2000年代初頭とか、あの時点であれをよくやったよね」

バグの2021年作『Fire』収録曲“Clash (Feat. Logan)”

河村「ジョイ・オービソンのアルバムにもその要素が入ってますが、いまUKのダンス・カルチャーといえば、やっぱりダンスホールがひとつのトピックになっていますよね。最近、ダンスホールのリディムを編纂した『Now Thing 2』が話題になってますが、バグことケヴィン・マーティンは2011年にダンスホールを集めた『Invasion Of The Mysteron Killer Sounds』という先鋭的なコンピの編纂をしていて、ソウル・ジャズからリリースしています。ちょうど、『Now Thing』の1枚目と『Now Thing 2』の間の空白を埋めるような時期と内容ですね。

バグにしても、インダストリアルでありかつダンスホールだなんて、まさにいまの音じゃないですか」

野田「それと、今年はバイセップの新作(『Isles』)もよかったよね。シングルの“Apricots”は、BBCでずっとヘヴィー・ローテーションだった。

バイセップの2021年作『Isles』収録曲“Atlas” 

ジョイ・オービソンの新作をリリースしたXLは、今後オーヴァーモノの新作のリリースも控えているだろうし、最近すごくダンス・ミュージックに対して積極的だよね。XLにとって、ダンス・ミュージックは自分たちのルーツだろうからね」

河村「本当に根付いている感じがしますよね。たとえば、ロブスター・テルミン※1なんかはディストリビューターとしてもおもしろいものをガンガン扱っています。〈とにかく新しくて勢いのある流行っているものを届けよう〉というよりも、それが通常運行であることにエネルギーを感じますよね。彼らのBandcampを開くと、ディープ・ハウスやエレクトロもあれば、ジャングル、UKガラージのシングルをいっぱい、いろいろなレーベルから出していて、やっぱりUKらしいなと。

その一方で、トレンドとは関係なく、アンダーグラウンド・オブ・アンダーグラウンドというか、ダブステップ・オリジネイターのDJヤングスタ※2のような人が数年前に自分のレーベルを立ち上げて、新たな才能を呼び込みながら、オーセンティックなダブステップを作りつづけている。そういう文化がUKのシーンの足元に根付いているというのが、本当に大きいと思いますね」

※1 Lobster Theremin。ジミー・アスキス(Jimmy Asquith)が2013年に設立したロンドンのレーベル。〈Lobster Distribution〉としてディストリビューションも行う
※2 Youngsta。ロンドンのDJ/プロデューサー、ダニエル・ロックハート(Daniel Lockhart)のステージ・ネーム。ダブステップのオリジネイターの一人。2017年にレーベル、セントリー(Sentry)を設立

野田「それがいちばんデカいよ。今回は2ステップ/ダブステップ寄りの話が中心だったけど、10年前は同時にモダン・ラヴとかブラッケスト・エヴァー・ブラックとか、インダストリアル系のレーベルも活発だったから、当時のUKはものすごく勢いがあったんだよね。

いまはインディー・ロックが盛り上がっているけど、でもあの国からクラブ・カルチャーがなくなることは絶対にない。回り続けるんだよね。インディー・ロックの波が落ち着いてもう2、3年したら、きっと新世代のベリアルが出てくると思うよ」

記事内で言及された楽曲+αを選曲したSpotifyプレイリスト

 


RELEASE INFORMATION

JOY ORBISON 『still slipping vol. 1』 XL/BEAT(2021)

リリース日:2021年8月13日
配信リンク:https://joyorbison.ffm.to/stillslipping_vol1

■国内盤CD
品番:XL1188CDJP
価格:2,420円(税込)
解説・歌詞対訳付/ボーナス・トラック追加収録

■輸入盤CD
品番:XL1188CD
価格:2,490円(税込)

■輸入盤LP
品番:XL1188LP
価格:2,790円(税込)

TRACKLIST
1. w/ dad & frankie
2. sparko (w/ Herron)
3. swag w/ kav (w/ James Massiah and Bathe)
4. better (w/ Lea Sen)
5. bernard?
6. runnersz
7. ‘rraine (w/ Edna)
8. glorious amateurs
9. s gets jaded
10. froth sipping
11. layer 6
12. in drink
13. playground (w/ Goya Gumbani)
14. born slipping (w/ TYSON)
15. meandyou *Bonus Track for Japan

 

リリース日:2021年7月9日
配信リンク:https://koreless.ffm.to/agor

■国内仕様盤CD
品番:YT214CDJP
価格:2,200円(税込)
解説付

■輸入盤CD
品番:YT214CD
価格:2,490円(税込)

■輸入盤LP
品番:YT214LP
価格:2,790円(税込)

TRACKLIST
1. Yonder
2. Black Rainbow
3. Primes
4. White Picket Fence
5. Act(s)
6. Joy Squad
7. Frozen
8. Shellshock
9. Hance
10. Strangers