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重要プロデューサー ピエール・ボーンとゲーム音楽

リル・ウージー・ヴァートとプレイボーイ・カーティの両者と縁が深い人物として、ピエール・ボーンとフィルシー、マーリー・ロウが挙げられる。この三人は以前からレイジに通じるビートを作っているプロデューサーだ。まずはピエール・ボーンが受けた影響から辿っていく。

ピエール・ボーン(Pi’erre Bourne)はウィズ・カリファの大ファンであるとComplexのインタビューで明かしている。ウィズ・カリファが率いるテイラー・ギャングには、ゲーム音楽のサンプリングを好むプロデューサーのスレジェレン(Sledgren)が所属していた。ウィズ・カリファが2010年に発表した代表作の一つ、ミックステープ『Kush & Orange Juice』でもスレジェレンはゲーム音楽ネタを使用。ピエール・ボーンはこれらウィズ・カリファ作品での、スレジェレンのゲーム音楽ネタに魅せられていたという。そしてそれがゲーム音楽自体への興味へと繋がり、ゲーム音楽の研究を始めていった。

ウィズ・カリファの2010年のミックステープ『Kush & Orange Juice』収録曲“Never Been”。プロデュースはスレジェレン。ゲーム「クロノ・トリガー」(95年)の楽曲“サラのテーマ”をサンプリングしている

元々NY出身でサンプリングによるビートメイクを行っていたピエール・ボーンだが、アトランタに拠点を移して知り合ったDJバーン・ワンから〈ビートで金を稼ぐならサンプリングを使わない方がいい〉と助言を受けてサンプリングから脱却。そしてゲーム音楽からの影響を感じさせるシンセの使い方が特徴のスタイルを確立した。
その後、ピエール・ボーンはプレイボーイ・カーティと知り合い、二人で制作した2017年のシングル“Magnolia”をきっかけにブレイクしていく。

プレイボーイ・カーティの2017年のミックステープ『Playboi Carti』収録曲“Magnolia”。プロデュースはピエール・ボーン

ピエール・ボーンと共にブレイクしたプレイボーイ・カーティは、キャリア初期にはオーフル・レコーズに所属していた。そしてオーフル・レコーズを率いるイシリアル(Ethereal)もまた、ゲーム音楽を好み自身のサウンドに取り入れていたラッパー兼プロデューサーだ。プレイボーイ・カーティとイシリアルが初めて一緒に制作した楽曲“YUNGXANHOE”(2014年)でも、PlayStationの起動音をサンプリングしている。イシリアルと共に活動していたプレイボーイ・カーティが、ゲーム音楽の要素を持つピエール・ボーンのビートに惹かれたのは自然な流れだったと言えるだろう。

そしてプレイボーイ・カーティとピエール・ボーンのタッグは、2017年のミックステープ『Playboi Carti』でも多くの名曲を生み出した。同作に収録された二人で初めて一緒に作った楽曲、“wokeuplikethis*”にはリル・ウージー・ヴァートも参加。そしてこの後、リル・ウージー・ヴァート作品にもピエール・ボーンは関わっていく。

プレイボーイ・カーティの2017年のミックステープ『Playboi Carti』収録曲“wokeuplikethis*”。プロデュースはピエール・ボーン

 

フィルシーをインスパイアしたフロリダのプロデューサーの系譜

フィルシー(F1lthy)はフィラデルフィアのプロデューサー・チーム、ワーキング・オン・ダイイング(Working On Dying)のメンバーだ。ワーキング・オン・ダイイングにはほかにもウージー・メインやブランドン・フィネシンらが所属しており、リル・ウージー・ヴァートやフレディ・ギブスなどの楽曲を手掛けている。

ワーキング・オン・ダイイングとリル・ウージー・ヴァートは、ウージー・メインと元メンバーのフォーザがリル・ウージー・ヴァートと同じ高校だったことから繋がったとThe FADERのインタビューで明かしている。ワーキング・オン・ダイイングのメンバーはリル・ウージー・ヴァートの初期作品から関わっており、共に歩んできた盟友的な存在だ。

リル・ウージー・ヴァートの2016年のミックステープ『Lil Uzi Vert Vs. The World』収録曲“Myron”。プロデュースはスーパー・マリオとワーキング・オン・ダイイングのウージー・メイン(Oogie Mane)

フィルシーがビートメイクを始めたのは2012年。影響を受けたのは、フロリダのスペースゴーストパープやメトロ・ズーだったという。スペースゴーストパープの “Bringing The Phonk”(2012年のアルバム版)や、メトロ・ズーの2011年の代表曲“LSD Swag”などはサイバーなシンセが巧みに使われており、フィルシーの作風にも繋がる部分が発見できる。そしてそれはレイジにも繋がっている。

スペースゴーストパープの2012年作『Mysterious Phonk: Chronicles Of SpaceGhostPurrp』収録曲“Bringing The Phonk”

スペースゴーストパープメトロ・ズーは、これまでのインタビューでたびたび地元のヒップホップからの影響を語っている。フロリダのヒップホップ史を彩ったプロデューサーの中には、こういったサイバーなシンセを好むプロデューサーが多くいたからだ。

比較的早い例では、クール&ドレーが手掛けたジャ・ルールの2004年のシングル“New York”が挙げられる。ヒットに恵まれて2000年代半ばから売れっ子となったクール&ドレーは、その後リック・ロスの“Blow”(ヤング・)ジーズィの“Streets On Lock”(共に2006年リリース)などでサイバーなシンセを使用。また、クール&ドレーの少し後にブレイクしたランナーズもこのようなシンセを好んで使っていた。DJキャレドの2007年のシングル“I’m So Hood”などは、808のドラムを除けばほぼレイジ・ビートと言っても差し支えない。そのほかジム・ジョンシンが手掛けたスリム・サグの“I Run”(2008年)など、レイジに繋がるシンセの使い方は2000年代半ば~2010年代前半のフロリダ出身プロデューサー関連作で多く発見できる。

ジャ・ルールの2004年作『R.U.L.E.』収録曲“New York”。プロデュースはクール&ドレー

スペースゴーストパープやメトロ・ズーがこのサウンドを引き継いで発展させ、そしてフィラデルフィアのフィルシーへ。フィルシーはプレイボーイ・カーティ『Whole Lotta Red』でメイン・プロデューサーを務め、そこでの作風がレイジの流行に繋がっていく。

プレイボーイ・カーティの2020年作『Whole Lotta Red』収録曲“Stop Breathing”。プロデュースはフィルシー