(左から)広瀬未来、片倉真由子
撮影協力:岡本太郎記念館

発足3周年を迎えた〈日本ジャズの新たなプラットフォーム〉、Days of Delight。2021年9月22日には、これまでの軌跡に迫るコンピレーションアルバム『Spirit of ‘Days of Delight’ vol.1』がリリースされたばかりだが、その動きは加速する一方だ。そして11月4日(木)には、トランペッターの広瀬未来とピアニストの片倉真由子によるデュオアルバム『Air』が登場する。

ふたりのデュオは、広瀬の前作『The Golden Mask』(2020年)のラストでも聴くことができた。曲目は“酒とバラの日々”。テーマメロディーだけの、1分数十秒のパフォーマンスだ。〈いったいどうして、ここだけデュオなんだ〉〈どうしてこんなに短い演奏なんだ〉〈次回作の予告編なのだろうか〉――ぼくはいろんな印象を受けた。はたして今回の『Air』は、全編がデュオで構成されている。新たにレコーディングされた“酒とバラの日々”は、アルバムの3曲目でたっぷり楽しむことができる。

会心のデュオアルバムで〈音の対話〉を繰り広げた広瀬未来と片倉真由子に、ここでは言葉で共演していただいた。

広瀬未来, 片倉真由子 『Air』 Days of Delight(2021)

 

NYで出会ってから10年を経て東京で再会したふたり

――広瀬さんの前作『The Golden Mask』のラストナンバーが、片倉さんとのデュオによる“酒とバラの日々”でした。そのときからデュオアルバムの構想はあったのでしょうか。

広瀬未来「いえいえ、まったく。なにせ真由子さんとデュオはあのときが初めてでしたから。『The Golden Mask』のレコ―ディングが、めちゃ早く終わったんですよ。そうしたら、〈真由子ちゃんとのデュオでもう1曲録ろうよ。アルバムのエンディングに、ごくごく短くテーマだけ、みたいな感じがいいな〉と言う平野(暁臣、Days of Delightプロデューサー)さんの声がヘッドホンから聴こえてきたんです。

そこで、その場の思いつきで“酒バラ”を演奏したんだけど、そのときの景色がすごく良くて。この感じをもっと味わいたい、もっとデュオで演奏したいという気持ちが高まって、今年の4月に彼女とデュオでツアーを回ったんです。それでツアーの前にその計画を平野さんに話をしたら、〈ツアー終わりにそのままレコーディングしよう!〉と言ってくださって」

広瀬未来の2020年作『The Golden Mask』収録曲“酒とバラの日々”。片倉真由子とのデュオ
 

――おふたりが初めて知り会ったのは?

広瀬「初めて会ったのはたしかNYの、サックス奏者の長谷川朗さん(現在は大阪・谷町で〈SUB〉を経営)の家だったんじゃないかと思います。真由子さんとはNY時代には何回か会っていたんですが、日本に戻ってからは10年くらい会う機会がなくて。

久しぶりにお会いしたのは、NHK-FMの『セッション』の収録のときでした。演奏中に〈すごい演奏だ。かっこいい!〉と思っていたら、終わってから真由子さんが〈今度一緒に演奏しない?〉って声をかけてくださったんです。それで〈こちらこそ、ぜひ!〉という感じになって、彼女のクインテットの一員として南青山のBODY&SOUL(2021年10月10日に渋谷へ移転)で演奏したんですね。そうしたら、それをたまたま平野さんが聴きに来ていて、終演後に突然〈君のアルバムをつくろう!〉って。平野さん、その日まで僕のことを知らなかったのに、いきなりですよ。そんなことって、あります(笑)? そうして出来たのが『The Golden Mask』です」

片倉真由子「NYにいたといっても、私は(ジュリアード音楽院の)学生だったけれど、彼がいたのは音楽シーンの現場です。学校は試験に受かれば行けるけれど、現場は自分からぶつかって行って、しかも通用させない限り居続けることはできない。そういう場所で活躍する彼のことは、当時から〈強い人だな〉と思っていました。音楽にも筋が通っているし。それから10年経って、NHKの収録で共演して〈あ、やっぱりすごいな、この人。絶対一緒に演奏しなきゃダメだ〉と思って」

デュオで演るときは〈土台作り〉を大切にしている

――『Air』の選曲は、どのように決めたのでしょうか。

広瀬「ツアーにはオリジナル2曲(“Sunlight”と“Air”)と、“Spartacus Love Theme”のアレンジを持っていきました。それ以外の曲は、ツアー中にいろいろ試してみて、〈これは面白いな〉〈レコーディングでもやってみようか〉と思った曲を集めたという感じです」

『Air』トレーラー映像
 

――オープニングは、スタンダードナンバーの“Embraceable You”です。いきなり無伴奏のトランペットから始まります。たとえばチャーリー・パーカーのバージョンだとデューク・ジョーダンのピアノが絶妙なイントロをつけているし、クリフォード・ブラウンのバージョンだとリッチー・パウエルのピアノがイントロを奏でて、途中からウィズ・ストリングスがそっと入ってくる。そうした演奏を聴いてきたので、〈おっ、出だしはトランペットのアカペラか〉とハッとさせられました。

片倉「ありがとうございます。でも、実はレコーディングのテイクがたまたまそうなっただけなんです。実際ツアーではピアノから始めたこともあったし。あのとき彼が〈僕から始めるので、入りたい時に入ってください〉って言ったからそうしただけ。どこでピアノが入るか、事前になにも決めずにスタートしたんです」

広瀬「いろんなアイデアを試した方が絶対にいいと思うんですよ。“Embraceable You”だから、過去のいろんなミュージシャンが演奏してきたアプローチを踏まえてこんな感じで……と始めると、そこで制限がかかっちゃう。あくまで自由にやるのが僕は好きなんです」

片倉「私の場合、デュオで演奏するときに大切にしているのは、〈土台作り〉みたいなこと。ベースやドラムがいないから、やっぱりちゃんとした土台を作らないといけない。デュオの場合、ソリストに反応するということ以上にやるべきことがあると思っているんです。

そもそもリズムセクションってそういうものですよね? 実際、昔のマイルス・デイヴィス・クインテットのリズムセクションだったレッド・ガーランド(ピアノ)、ポール・チェンバース(ベース)、フィリー・ジョー・ジョーンズ(ドラムス)は、フロントの人に反応しているというよりは、リズミカルに、分厚い土台を作っています」

広瀬「相手に反応することにすべてをかけると、音楽が少しチープに聴こえてしまうこともあるけれど、真由子さんは決してそうならない。それに、何と言ってもメチャクチャ吹きやすいんです。土台をバシッと作りながら、僕が行こうとしている方向を一緒に見てくれるから」

広瀬未来の2020年作『The Golden Mask』収録曲“The Golden Mask”。ピアノは片倉真由子
 

片倉「できるだけソリストと呼吸を合わせて演奏するようにしています。私はピアニストのなかではブレスが深いほうじゃないかな」

広瀬「真由子さんのフレーズは、ちゃんと息を吐ききるところで終わるんですよ。ほんまは息いらんはずのピアノなのに、真由子さんの演奏はちゃんと〈呼吸している感じ〉がする」

片倉「管楽器から大きな影響を受けているからかもしれません。実は普段から、ピアニストよりリー・モーガンとかジョー・ヘンダーソンとかソニー・ロリンズのような管楽器奏者をよく聴いているんです。あのふくよかに歌う感じをどうやったらピアノで出せるんだろう?って考えながら」

広瀬「どういうわけか、真由子さんと演奏するときは、デュオということを強く意識しなくても済むんですよね。演奏中は、ただ一緒に演奏している、っていう感じがあるだけで、編成のことは一切考えなくていい。それもまた彼女の大きな魅力の一つだと思います」

片倉「私も特にデュオで演っているという感じはしません。なんの制限もないんですよね、広瀬君と演奏すると。なぜそういう感じになるかは、その人の醸し出す雰囲気や音楽性によるものなのかもしれないけれど……よくわからないな」

広瀬「音楽をやるうえで、なるべく自分にリミットをかけたくないし、人にもリミットをかけたくない。〈こう演奏すればきっと楽しい〉と思うことをお互いが思うままにやって、それがそのまま成立する、っていうのが一番良いですよね」

 

ジャズの核心をついている広瀬未来のオリジナル曲

――60年代の人気ナンバーである“Spartacus Love Theme”も、新鮮に生まれ変わっています。

広瀬「僕がこの曲を知ったきっかけは、Nujabesの“The Final View”です。あるときクラブに行ったらそれが流れていて、〈あぁ、ええな〉って。そのうちに〈ジャズの曲なんや、ユセフ・ラティーフのオーボエをサンプリングしていたんだ〉と知りました。

アルバムには映画音楽から1曲入れたいと考えていたので、やったんです。これに限らず今回の選曲は、基本的に僕が担当しました。“Body And Soul”をワルツにしたのも、僕のアイデアです。ワルツでやったらもっと面白いかも、と思って」

Nujabesの2003年作『Metaphorical Music』収録曲“The Final View”。ユセフ・ラティーフ“Spartacus Love Theme”をサンプリングしている
 

――広瀬さんは“Sunlight”、“Air”、“Blues for TARO”と3つのオリジナル曲も提供していますね。

広瀬「初めて言うけど、“Sunlight”って、実は平野さんに捧げた曲なんです。平野さんって、いつ会ってもカーッて太陽が光や熱を放射しているみたいな感じじゃないですか(笑)。だから、“Sunlight”。“Air”はピアノの響きに包まれるイメージで書きました。こういう曲想で作曲したのは初めてです。今回はデュオを念頭において曲を書いたので、『The Golden Mask』のときのオリジナルとはずいぶん感じが違っているんじゃないかと思います。“Blues for TARO”は、なんとなく曲想だけを思い浮かべて現場に来て、あとは本番で完成させたという感じです。遊び心を楽しんでいただけたら嬉しいです」

片倉「彼の曲はジャズの核心をついているというか、おしゃれなんだけれど本質が見失われていない感じがします。メロディーもハーモニーのセンスも。今回のレコーディングでもそうでしたけど、クインテットで演奏するときも毎回、〈良い曲を持ってきたな〉と思います」

ピアノって生き物だな

――そして、片倉さんは岡本太郎記念館のアトリエにあるアップライトピアノ(ドイツのSteinberg Berlin社製)を演奏しています。太郎さんが亡くなられて以来、何十年も弾かれていなかったピアノが、ジャズの楽器として息を吹き返した。そこも個人的に嬉しいんです。

片倉「私、このピアノがすごく好きなんです。弾きやすいし、きっと相性が良いんですね。自分が出したいイメージの音、自分の出したいニュアンスが出せるっていうか……。

管楽器の人たちは自分の息をコントロールすることでニュアンスをつけることができますよね。でも、ピアニストはそれが難しい。鍵盤の上で指を揺らしてもビブラートがかかるわけじゃないし(笑)。それでもなんとかニュアンスを出そうとみんな努力しているんです。ジャズを演奏するうえでとても大事なことだから。

アトリエでピアノを弾くのはいつも楽しみなんです。音色もダークというか、深みがあって。ピアノって生き物だなと、つくづく思います」

――ヘッドホンやブースは使用せず、ライブさながらのレコーディング方法で。

広瀬「はい。同じ部屋ですから、ヘッドホンなしの方が演りやすいし。〈なるべく近くで演奏したい〉という考えに、エンジニアの小泉(貴裕)さんも応えてくださって。レコーディングは2時間か3時間で終わりました」

 

真摯で心優しいミュージシャン土岐英史との思い出

――そしてこの『Air』は、土岐英史さんと片倉さんの『After Dark』(2019年)に続く、Days of Delightからのデュオアルバム第2弾でもあります。広瀬さんは土岐さんと同じく兵庫県のご出身ですね。

広瀬「16歳くらいの頃、土岐さんが大阪音大に教えに来られていたときに、そこに行っている友人を通じてお会いするようになりました。幸運なことに、冗談も言いあうフランクな関係になることができました。いつも褒めてくださって、本当に嬉しかった。去年の11月くらいに大阪音大に真由子さんと一緒に来てくださったときに、久しぶりにお会いしたんですが、変わらず熱い気持ちでこれから先のことを話してくれましたし、自分がちょっと悩みっぽいことを言うと、それに答えてくれて。本当に土岐さんは、音楽と真摯に付き合ってきた人だと思います」

――そして片倉さんはレギュラーグループ〈土岐英史クインテット〉の一員としても濃密な日々を過ごされました。

片倉「土岐さんのクインテットは都内だけでもアルフィー、NARU、BODY&SOULと、毎月3本のライブを行なっていました。とにかくレギュラーバンドが大好きだったんです。そしてバンドメンバーのことをすごく信用していた。誰かが良い演奏をすると喜んで聴いてくれて。土岐さんは人間的にも優しくて、誰に対しても分けへだてなく接する人でした。絶対に馬鹿にしないし、生徒とかでも誰でも、一所懸命に人の演奏を聴くし」

土岐英史+片倉真由子の2109年作『After Dark』収録曲“枯葉”のレコーディング風景
 

広瀬「土岐さんから〈1回生のトランペッターの相談に乗ってくれへんか〉と電話がかかってきたこともありますね。入りたての1回生の子まで、ちゃんと面倒をみていたんです。本当に後輩思いの方でした」

 

自分のなかでライブが一層スペシャルなものになった

――コロナ禍のためライブがなかなか積極的にできない状況が続いてきましたが、音楽家として思うことは?

広瀬「僕は悲観的に考えないことにしています。コロナ前は日々の課題に追われていましたが、コロナ禍になって、改めていろんなことにゆっくり向き合うことができた。ほんとうに基礎から見直して、練習して。それは毎日仕事をしているとなかなかできないことだから、貴重な日々だと思っています」

片倉「私もそう思います。確かに練習時間は増えたし、あとは料理と筋トレかな(笑)」

広瀬「それともう一つは、自分のなかでライブがスペシャルなものになりました。誰かと一緒に音が出せて、それを観てもらえるってことが、こんなにもありがたいことなんやなって。ライブの本数はいまも戻っていないけれど、十分幸せです」

片倉「以前にも増して、音楽があるから自分がいるという感じがしています。〈音楽って、私にとってこんなに大事なものだったんだ!〉って。広瀬君が言うように、人前で演奏できるっていうのは特別なことです。私たちがジャズを演奏するのは、〈私はこういう人間です〉と自分の生きざまを表現するようなもの。それをわざわざ、しかもコロナ禍のなか、外に出るのも大変なときにお金を払って聴きに来てくださるのは並大抵なことじゃない。〈本当にありがとうございます〉と心から言いたいです」

広瀬「僕たちは音楽を裏切っちゃいけない。音楽にすべてを捧げて、がんばって表現する姿をお客さんに見ていただきたいと、より一層そう思いました」

――そしてこの『Air』は、ジャズクラブでもなく、レコーディングスタジオでもなく、自然光が降り注ぐアトリエ、しかも岡本太郎の気配が残る芸術空間という、非日常のシチュエーションでの収録です。

片倉「まさに特別な空間です。スタジオで鳴らす音とは質感の異なる、ここならではの響きがあります。キャンバスがあって、絵の具のにおいもして。なにより太郎さんに包まれている気分になります」

広瀬「なにしろいろんな芸術作品が生み出された場所ですからね、何も感じないわけはない。ここに来ると気分があがるんですよ」

片倉「ライブやスタジオと異なるシチュエーションも感じてもらえると嬉しいですし、それもこのアルバムの特徴だと思います」

広瀬「ぜひ、聴いてください!」

片倉「もう、それしかないですね」

 


RELEASE INFORMATION

広瀬未来, 片倉真由子 『Air』 Days of Delight(2021)

リリース日:2021年11月4日(木)
品番:DOD-019
価格:2,750円(税込)

TRACKLIST
1. Embraceable You
2. Body And Soul
3. Days Of Wine and Roses
4. Spartacus Love Theme
5. Sunlight
6. The Nearness Of You
7. Blues for TARO
8. Invitation
9. Air

(2021年4月20日、東京・岡本太郎記念館にて録音)

 

LIVE INFORMATION
広瀬未来+片倉真由子
2021年11月4日(木)東京・御茶ノ水 NARU
http://ocha-naru.com/reservation/
2021年11月5日(金)愛知・名古屋 Mr.Kenny’s
https://www.mrkennys.com/tickets-reservation/2021-11-rsv/
2021年11月6日(土)大阪 ロイヤルホース
http://www.royal-horse.jp/
2021年11月7日(日)岡山 Livehouse Bird
https://livehousebird.com/
2021年11月8日(月)兵庫・神戸 100BAN Hall
http://www.100ban.jp/posts/20211108hirosekatakura/